48 命(アニマ)の声が聴こえる

   48


 それから――


 幸一たち観光課の職員は通常業務をこなしつつ、祭りの残務処理(後片付け)をしていた。


 湯乃花祭りへの観光客数は前年と比べて微増であったものの、減少の一途を辿っていたのを食い止められた結果となった。


 祭りの時のアンケートやイベントの盛り上がりなどで、少なからず美湯が貢献してくれていたと認められ、美湯は町興しとしての一定の成果を果たしたと見ても良かった。そのお陰で、次回の祭りではもっと前面に美湯を出したり、桑井園子をゲストとして正式に招待しようと話しがあがったりしている。


 そして暫くして、久しぶりに帰省してきた志郎が一人の中年男性を連れて、観光課に訪れてきたのである。


 その男性は、美湯の知名度を大いに上げてくれたアニメ・宇宙姉妹の監督を勤めた長原始(通称・原始)だった。

 その原始が、なぜ伊河市役所にやって来たというと……。


「伊河市を舞台にしたアニメですか!?」


 幸一が驚きの声を上げる。


「はい。といっても、企画段階なので通らなければ、この話しは泡となって消えるので、まだ喜んだりはしないでください。ぬか喜びになっちゃいますから」


 机に資料を広げ、簡単なプレゼンを原始が執り成していた。


「いえいえ、そういった話をして頂けるだけで光栄ですけど……。なぜ、伊河市を舞台に?」


「美湯で伊河市のことを知って、勝手ながら似たキャラクターを登場させてしまいまして、ちょっと話題になって……。あっ、あの時は勝手にキャラクターを拝借してすみませんでした。なんか、騒動になってしまって」


 原始は話しの途中で浅く頭を下げ、折り菓子を差し出す。SNSで呟いたことを果たした。


「で、その時に伊河市をメイン舞台にしたアニメを作れないかなと思ったんです。まぁ、それに油谷熊七さんという人の人生記がとても面白かったので、それを題材にと考えたんです」


 十何年前に伊河市が、ある二時間ドラマの撮影ロケ地として使用されたことはあったが、アニメの舞台というものは耳にしたことは無かった。


「でも、最近の流行りみたいで、そういった実在する街を舞台にしたアニメ作品はあるにはあったり、街も一緒くたに盛り上げたりしているぜ」


 原始の隣に座っていた志郎が補足説明を入れる。


「それもあるけど、ここだったら良い作品が出来そうだと思ったし、面白い題材(油谷熊七)が有ったのでね。コンセプトは朝ドラみたいな作品を目指しています」


「はぁ……。ちなみに、その企画が通る可能性というのは?」


「宝くじで一等が当たるよりは期待できると思いますが、結局は会社のお偉いさんたちの判断次第ですので……。期待しつつ、あまり期待せずにお待ちして頂ければ。それで。もし正式に決定しましたら、伊河市や商工会議所などに、出来れば協力して頂ければと」


 原始の上申に幸一の今の立場ではすぐに返事ができなかったものの、ひとまず課長や市長には報告すると伝えた。

 しかし、美湯の成功のお陰で、アニメの舞台になると説明しても、反対も無く賛成されるだろうと見込んではいる。


 その後、原始は観光と取材を兼ねて伊河市巡りをする予定らしい。そして志郎が別れ間際に幸一に訊ねた。


「そういえば、伊吹まどか……おっと。桑井園子だったかな。どうしているか解るか?」


「いや全然。連絡を取ろうと思えば取れるけど、湯乃花祭り以来、連絡とか何もしていないよ」


「冷たいヤツだな。オマエって……」


 もし園子に連絡をするとしたら、良い知らせを伝える時にと決めていたのだった。だが、それも時間の問題であろう。


「おーい。シローちゃん、タクシー来たよ。行くよ~」


 原始は早々にタクシーへ乗り込み、志郎を招き呼ぶ。


「とりあえず、高野。今回の件は、まだ内密にな」


「解ってるよ。所で、その企画が正式に決まるとしたら、いつ頃なんだ?」


「さぁ? 早ければ、夏頃とかじゃないかな。決まったとしても、製作委員会とかスタッフとか色んな準備が必要になってくるから……。もし決まって、アニメが放送されるとしたら、来年の四月頃かな。まぁ、原始さんが言っていた通り、期待しつつ、あまり期待せずにってな」


 再び原始の呼び声が飛ぶ。


「シローちゃん、まだー?」


「おっと、それじゃーな。また何かあれば連絡するよ」


 短い別れの言葉を言い、そそくさと志郎もタクシーに乗り込んでいった。

 それを見送る幸一。美湯によって、自分……いや、伊河市の展望が大きく変わったことを実感していた。


   ◆◆◆


 夏が来て、秋が来て、冬が来て――そして、また湯乃花祭りの季節がやってきた。


 今年の湯乃花祭りのイベントの一つに、一風変わったものが催されることになった。

 それは、伊河市を舞台にしたアニメの先行上映会が行われることになったのである。

 この上映会には監督はもちろん、声優などのキャストも招いての大きなものだった。


 幸一はそのイベントの様子を舞台袖で見ていた。


 壇上には監督の長原始とプロデューサーの人、司会進行役としてなぜか志郎が立ち、場を仕切っていた。

 話しを聞いた限りでは、地元出身だからとかの単純な理由であった。

 そして、主賓席には主演声優たちが列席し、原始や志郎たちとのトークに参加していた。


 イベントは滞り無く進行し、本日のメインイベントのアニメが上映されることになった。


 内容は原始が言っていた通り、伊河観光の父・油谷熊七をモデルにしたものだったが、なぜか油谷熊七が女性になっていた。


 それが伊河市の年長者たちを唖然とさせて、一騒動が起きたりしたが、幸一たちがなんとか執り成したりして、こうしてお披露目されることになった。


 幸一はその事を思い出し、「あの時は本当に大変だったな」と、えも知れない疲労感を吐き出すように溜息が出た。

 だがそれも、主人公の声を聴くと疲れなんてものは一気に吹っ飛んだ。


「さて、遙々伊河市に来てくれました声優さんたちのご紹介をしたいと思います。まずはじめに、主人公の油谷七子の声を演じてくれた――」


 主人公の声は――あの日、命を感じさせてくれた声――


 今日も、アニマの声が聴こえる――


                               ―了―

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命(アニマ)の声が聴こえる 和本明子 @wamoto

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