37 「実は、掲示板に変な書き込みがされているんです」

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「実は、掲示板に変な書き込みがされているんです」


「変な?」


 伊河市役所のサイトには、市民の声を投書出来るように、ふれあい掲示板なるものが設置されている。

 幸一は薫に促されるまま、パソコンにて掲示板を閲覧すると、


『美湯の中の人って、エロゲー声優ですよね? 良いんですか? 公共の場でそんな声優を使うなんて、……伊河市民として恥ずかしいです』

『美湯の声優はMAKAですね。クリアレス・マーメイドの美原美希ですね。市役所の中の人はエロいな~。』

『市民の税金をアダルトに使うなんて、最近の公務員は品性が落ちているんですね』


 などと、美湯……特に美湯の声優についてのことが書かれていた。


「な、なんだ、これは? エロゲー……?」


「さっきから、こんな変な書き込みがされるんですよ」


「……と、とりあえず、誹謗中傷や意味の無い書き込みは、削除出来るから削除して貰おうか」


「削除しているんですけど、すぐに似たようなことが書き込みされるんです」


「そ、そうなのかい……?」


 右往左往していると、薫のデスクの電話機が鳴り出す。着信音からして内線からだった。


「あー、もう、こんな時に!」と、薫はうろたえつつ電話に出た。


「はい、観光課の飯島です。あ、はい……はい。解りました」


 薫は左手で受話器の通話口を覆い、


「高野先輩、情報推進課の倉重さんからです」


 情報推進課とは、主に伊河市役所の電子機器やネットワークなどを管理しており、その中にWEB(伊河市のウェブサイト)なども管理している所でもあった。幸一は電話を転送して貰い、変わる。


『高野くん、掲示板の件なんだが』


「ええ。こっちも今、問題を確認した所なんですけど……」


『そうなんだよ。変な書き込みをしている人達をアク禁にはしているけど、色んな人が書き込んでいるみたいで、追いつかない状態なんですよ』


「複数人が行なっているということですか?」


『ああ。で、やりたくはいが、ひとまず掲示板自体を閉じたが良いかも知れないな。ここまで変な書き込みがあると、他の市民に気味が悪く感じるだろうし……』


「そ、そうですよね……」


『とりあえず、そっちの課長……村井さんかな。村井さんに、掲示板を閉じる確認を取って貰いたい。こちらの課では既に上司の許可は貰っているので、あとはそっちの課長の許可が降りれば、掲示板を閉じることができるから』


「わ、解りました。ちょっと待って下さい」


 幸一は直ぐさま茂雄の元へ行き、今回の事情を簡潔に説明した。


「止む得まい。そんなものを出し続けていては、伊河市の恥だ。至急に使えなくするんだ」


 茂雄は渋い顔をしつつ、掲示板を閉じることの承諾をした。そして、幸一は受話器を取り、保留を解除し、倉重に連絡を取る。


「倉重さん、高野です。村井課長の許可を貰いました」


「解った。今すぐ掲示板の利用を出来ないようにするよ」


 その十数分後には、掲示板のページは『ただ今、メンテナス中につき、掲示板は使用することはできません。ご迷惑をおかけします。』といった文章が表示され、利用が中止されたのであった。


 掲示板はひとまずとして、幸一たちは今回の件について話し合っていた。そして、薫が掲示板に書かれていた謎のワードについて訊ねる。


「先輩。さっきの書き込みされていたエロゲーとか、なんとかのマーメイドって何ですかね?」


「それは、僕には解らないよ……。平岡さん、なにかご存知だったりします?」


「え、えっと……」


 平岡は少し困り顔を浮かべて、幸一たちとの視線を外す。その行動が、何か知っているような素振りに見えた。


「何か知っているんですね?」


 薫が問い詰める。


「えーと……そ、それを、こういう所で言うのは、はばかれるというか……その……。た、高野くん。ちょっと……」


 平岡は幸一を手招きして呼び、内緒話しをするように小声で話しかける。


「あんまり大声では言えないんだけど……。クリアレス・マーメイドというのは、そのなんというか、十八禁ゲームなんだよ」


「十八禁ゲーム?」


「要は、エッチなゲーム。エロビデオみたいな、ものだよ」


「そ、それは……」


 薫の方をチラっと見る幸一。確かに女性の前では、はばかれる内容だった。


「で、書き込みの内容から予測するには、そのエロゲーに、伊吹さんが出演している、ことじゃ、ないかな?」


「出演って……。ゲーム、ですよね?」


「ん~。ゲームでも、公序良俗に反するゲームものだからね……。こう叩かれても、おかしく、ないけど……」


「……つまり伊吹さんがそのゲームに出演していると?」


「ちょっと調べてみたけど、そのゲームにMAKAという人が出演しているんだけど、そのMAKAという人の声が伊吹さんの声にそっくり、みたいなんだよ。」


「声が、そっくり……?」


 その後、幸一たちは“クリアレス・マーメイド”の製品ページで、調査の名目上で疑惑になっていることを調べることにした。


 ただ、仕事場……ましてや役所で、エロゲーの製品ページを見るのはかなり抵抗はあったが、真偽を確かめないといけないので仕方なかった。


 もちろん、平岡と幸一はひっそりとモニターが他の人たちに見えないように角度を変えて。


 ページにはサンプルボイスが設置されている。幸一が事も無げにそれをクリックして再生しようとしたが、平岡が慌てて止めに入る。


 この手のサンプルボイスは十八禁の内容になっているので、大っぴらに再生するものではない。なので、イヤホンを付けて聞くようにと促した。


 幸一が美原美希の声を確認すると、確かに伊吹まどかの声にそっくりだった。


「こ、声が似ているというか、まったく同じに……聴こえるね。やっぱり、このMAKAという人は、伊吹さんかも知れないな……」


「そんな、まさか……。声が似ているなんて……。よく、いる訳では無いけど、ただ声が似ているという可能性はゼロでは無いでしょう?」


「……とは言ってもね、ネットの情報では……」


 平岡がパソコンを操作して、一つのウィンドウを前面に表示させる。それはウィキ(Wiki)ようなサイトで、題名はストレートに『十八禁作品に出演している一般声優』とあり、そして『伊吹まどか=MAKA』と記載されていた。


「こ、これは……」


「ネットの情報を、全て鵜呑みするのは、アレだけど……間違い無いみたいだね……」


「そんな……」


 伊吹が十八禁ゲームに出ていることに、ショックを覚える幸一。だが、動揺する幸一にゆっくり落ち込んでいる時間は無かった。


「それで、高野先輩。どうしますか?」


 薫が不安な表情を浮かべ訪ねてくる。


 たかが声が似ている……いや、十中八九、本人かも知れない。それに十八禁のゲームに出演しているからといって、ウチ(美湯)には関係無い。と言っていられない。


 大なり小なりに、被害(悪質な書き込みで掲示板の利用中止)が出てしまっているので、このまま放置できる問題では無かった。


 ましてや市民の鑑であるべき役所が、公序良俗に関わっていることは言語道断である。その違反の的に立たされている美湯が、最悪公開停止になってしまう……そんな展開が、幸一の頭に過ぎった。


「そ、そうだね……。まずは……」


 幸一は出来る限り落ち着いて、自分の考えを述べる。


「事実確認を取るべき、だと思う。確かにネットでは、そう書かれているかも知れないが、単に声が似ているだけの別人かも知れない。本人や事務所にちゃんと確認を取ろう。その後、どうするか考えよう」


 それは時間稼ぎだと言うことは重々承知だった。そして、伊吹まどかが十八禁ゲームに出演して欲しくない、という願いでもあった。


 幸一は一先ず村井に、今回の件について簡潔に説明した。村井に怒鳴られたりはしたが、起きたものはしょうが無かった。幸一は伊吹まどかが、本当に十八禁のゲームに出演しているかの確認を取ることになった。

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