36 「役所や国がアニメなどを利用してくれるのなら、オレたちみたいなアニメとかでメシを食っている人達の食い扶持を増やすことが出来るんだ」

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 伊河市観光課――美湯を公開してから十日間が経過していた。


 幸一は平岡の背後に立ち、平岡と共にディスプレイを凝視していた。画面には、数値や棒グラフが表示されていた。幸一たちは市のホームページのアクセス解析を行なっていたのである。


「どうですか、平岡さん」


「う、うん。いま、アクセス数を算出してみたけど、美湯を公開してから、伊河市のサイトへのアクセス数が、普段の五倍は行ってるよ」


「本当ですか!」


 幸一が驚きの声をあげると共に、薫が話しに加わる。


「五倍って、凄いですね!」


「ああ。湯乃花祭りとか、こういったイベントがある時は、そ、それなりにアクセス数が増えるけど、流石にここまでは……」


 平岡はIPアドレスやリンク元を解析して、アクセス数が増えた推察をする。


「美湯を公開してから、い、色んな所からリンクを、貼って貰えたのが大きいね。と、特に、大手のニュースサイトに、取り上げられたものだから、そ、それで一気にアクセスが増えたんだね」


「ん~、これが萌えの力ってヤツですか。ちょっと半信半疑でしたけど、ここまでとは……」


 好結果に感心する薫。萌え興しとなるものが、他の所でも行われているのは、幸一の資料や自分で調べて把握していた。こういう結果を残すのだから、他の所でも萌え興しが行われる訳だと、改めて納得した。


「これ(美湯)は、成功ですかね?」


 気分上々の幸一たちに、


「まだ浮かれるのは早いんじゃないのかね。全部が全部、それ(美湯)のお陰ではあるまい。今回は、稲尾市長が各方面に行脚して宣伝してくれたんだから、それのお陰の方が強いんだよ」


茂雄が水を差してきた。

幸一はすかさず反論する。


「いえいえ、課長。美湯の特設ページのアクセス数がトップページに次いで、二番目に多いんですよ」


「物珍しいだけだろう。これが伊河市を訪れるような宣伝になってなければ意味がないんだよ。いいかね、そこん所を忘れないように」


 未だ茂雄は、美湯については納得できていないようで、少々イヤミ的な態度であった。

 少しむっとした薫が幸一に小声で話しかける。


「少しくらいは認めてくれても良いのに……」


「まだ始まったぱかりだからね。これぐらいで浮かれるな、という叱咤激励だよ。多分……」


「そうですかね……。あ、そうだ。高野先輩。聞きましたか?」


「なにを?」


「今回の湯乃花祭りのパンフレットが、いつもよりもはけているんですよ」


「え、そうなの?」


「さっき、広報課の広橋さんから言われたんですけど、駅前に置いているパンフレットがんなりの数が持って帰られているらしくて、追加受注を受けたみたいなんですよ」


「そうなの?」


「なんでも、中学生や高校生らしき人たちがよく持っていくそうですよ。やっぱり、今回のパンフレットに美湯のイラストを載せたから、それのお陰かも知れない。って」


 その報せに幸一は笑顔で返した。


 観光案内用配布物としてパンフレットを作るのはよくあることだが、毎回伊河市の風景や去年の祭りの様子を載せているだけだったが、今回、美湯を表紙の全面に載せたのである。


 当然、色んな所からの反対の声が上がったが、これまた稲尾市長の鶴の一声で決まったのである。しかし、他の観光地……埼玉県の川越などでも、そこが舞台になったアニメのキャラクターを使用したパンフレットがあったりして前例があるので、なんとか許諾されたのであった。


「やっぱり、こんな風にキャラクターが載ってあると、見栄えが良いし、若者たちにも受けが良いんですね」


「そうだね……。おっと、飯島さん仕事、仕事。湯乃花祭りでの、神輿のルート確認用の資料は出来ている?」


「あ、はい。そちらにデータを送りますね」


 茂雄が苦い顔を浮かべているのを察し、通常業務に戻る幸一たち。そんな茂雄とは打って変わって、幸一たちの気持ちは晴れやかだった。


 美湯の効果に手応えを感じ、そしてそれを自分たちが創りだしたことに、自信と充実感に満ち溢れていたのであった。


   ~~~


「今の所、好評みたいだよ。サイトへのアクセス数が増えたり、美湯を載せたパンフレットのハケも良いみたいだし」


 市役所の休憩室。幸一は、恒例となった志郎へと状況報告の電話をしていた。


『それは良かったな。美湯がニュースサイトとか某巨大掲示板とかでも取り上げられていたから、話題は上々だな』


「そうみたいだな。先輩も、そう言っていたよ」


『やっぱり、ああいったものは取り上げられ易いよな。流石は日本って感じだな。普通にやっていたら、ここまで取り上げて貰えなかっただろうし。そういえば、ネットの方でも、湯乃花祭りなんて初めて知ったとか、そういう書き込みがちらほらあったな。大方、狙い通りだな』


「ああ……。なあ、伊東……。協力してくれてありがとうな」


『はは、なんだよあらたまって……。好きで協力しただけだ。それに、言っただろう。オマエさんたちが、役所や国がアニメなどを利用してくれるのなら、オレたちみたいなアニメとかでメシを食っている人達の食い扶持を増やすことが出来るんだ。そういった意味でなら、感謝するのはこっちだよ。ありがとうな、高野』


 お互いが礼を述べ、お互い気恥ずかしくなってしまった。志郎は、なんとか話題を変えようと、一つ気になっていたことを訊ねる。


『そういえば、伊吹まどかはどうなったんだ?』


 伊吹まどかが、この仕事を最後に声優業を廃業するというのを、志郎は幸一からある程度は教えられていた。もちろん、他言しないようにと釘を刺してはいる。


「あ、ああ……。一応、事務所に伝えているみたいだよ。ただ、事務所の方も辞めないで欲しいと言われているらしく、まだ保留中な状態みたいだよ」


『そうか。声の方も評判が良いから、伊吹さんにも注目が集まってきているというのに……』


「続けるのも辞めるのも、その人自身だからね。僕たちがアレコレ言う資格は無いよ」


『まぁな。去る者は追わずは、何処の業界でも共通の認識だな……。そうだ、高野……』


 志郎が何かを言おうとしたが、思わず口をつぐむ。


『あ、いや。別にいいや』


「なんだよ。気になるじゃないか?」


『これは、まだ秘密事項なもんでね。まぁ、近いウチに発表されるから、その時にでも話すよ。おっと、これからオレは原画を回収しなきゃいけないから、これで切るぜ』


「ああ。また、何か電話するよ」


『ああ、いつでも連絡してくれ。それじゃーな』


 通話をオフにする幸一。志郎が言いかけていたことが気になるものの、「まぁ、良いか」と呟いた。そして、缶に入っているコーヒーを一気飲みした。


 幸一の本心としては、伊吹まどかに声優を辞めないで欲しいと思っている。


 それは美幸の声に似ているからでもあり、自分たちが創りだした美湯を、このままで終わらせたくないからである。


 伊吹まどかが声優を続けて貰う為にと、美湯の新しい台詞を収録など、こちらが仕事を作り出せたらと思案していると、


「あ、高野先輩! 居た!」


 薫が焦り顔を浮かべて、大声で呼びながらこちらへと走ってきた。


「どうしたの、飯島さん。そんなに慌てて?」


「大変なんです! と、とにかく来てください!」


 尋常では無い薫の慌てぶりに疑問に抱きつつ、幸一は背中を押されながら観光課へと連れ戻された。

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