其の死

義実よしみは立ち上がった。


先程、この崖の上で横になってから、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。


まだ風は強く吹いていた。


台風は今、どの辺なのだろうか。


そんな事を気にしても仕方がないが、気にしてしまう。


崖の下を覗く。


「怖いな~」


つい、口から声が漏れた。


義実は崖の上で目を瞑って、直立不動になる。


そして手を振りながら、何度か深呼吸をした。


突然に、更なる強風が義実を襲う。


義実はバランスを失って、崖下へと落下して行く。


『あれ!?まだ心の準備は出来てなかったのに』


『まあ、いいか』


『これで、もう死にたいなんて、思わなくても済む様になれるのかな』


義実はそれだけ思って、気を失った。


─────


義実は夢を見ている様だった。


自分の目線の先に、幼き日の自分が居る。


幼い自分は泣いていた。


いつの事だろう。


何で、泣いているのだろう。


いつも泣いていたから、何も特定は出来ない。


でも、あの頃はまだ幸せだったんだな。


そんな事、忘れていた。


そう言えば、いつからだろう。


自分が笑わなくなったのは。


そうだ。


母が死んでからは笑った覚えがないな。


少なくとも、それよりは前であろう。


勿論、作り笑いや苦笑いは別である。


とにかく懐かしい。


目の前の自分は泣いているけど、この頃はまだ笑う事も出来た。


ああ、本当に懐かしい。


なんか、泣けてくるな。


泣いたのも、いつ以来だろう。


もう、分からない。


そして消えていく。


夢が消えていく。


           ☆参章/死望者☆

                    完

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