挿話参/偽善と現実の間で

炎の大陸、元、しゃくの国にあるれつと云う大河の辺にある小さな村。


先の統一戦争に拠り、以前、此処で暮らしていた者達は兵士として駆り出されて、その生死に関しては不明だが、その後、此処で暮らす者は居なくなっていた。


しかし、その様な状況もそう長くは続かない。


三日程前に、とある十数人の者達がこの村にやって来て寝食を共にしていた。


この村は周囲の殆どを熱帯雨林に囲まれており、唯一、視界が開けているのは烈と云う大河の方だけである。


そして一人の男が腕を組んで一本の木に背を預けて、その大河の方を厳しい眼差しで眺めていた。


体格はかなり大きめで、顔立ちは好き嫌いが分かれそうな感じである。


しかし決して醜いという訳では無い。


そこへ一人の女が駆け寄って来る。


小柄で大変に美しい容姿をしていた。


その女が男に声を掛ける。


「何を考えているの?」


「何も考えてなんか、いないさ」


男は素っ気なく応えた。


女が不満そうに言う。


燿炎ようえんって、つまらない男ね」


「悪かったな」


燿炎と呼ばれた男は不機嫌そうに応えた。


再度、女が燿炎に不満をぶつける。


「どうせ炮炎ほうえんの事でも考えていたんでしょう」


「言うな、麗羅れいら


厳しい表情で燿炎は言った。


燿炎にとっては触れられたくない事だったらしい。


そこへまた一人、男が駆け寄って来て燿炎に向かって言う。


「来ました」


「映してくれ」


燿炎は応えた。


すると突然、中空に画像が現れた。


そこには一人の男が映し出されている。


そして必死に何かを訴えている様だった。


それを聞き付けてか、周りに人が集まって来る。


画像に映し出された男が何を言っているのか、それは。


『長い長い戦乱の日々を乗り越えて、多くの犠牲の下、やっと手に入れた平和。それを何故、再び戦乱の日々へと戻そうとするのか。反乱軍の者達へ告ぐ、どうか、これ以上、新たな哀しみや憎しみを作り出す事は止めて欲しい』


それを聞いて、周りの者達が騒ぎ出す。


「何、勝手な事を言ってやがるんだ!」


「新たな哀しみや憎しみを作り出してるのは、そっちじゃねぇか!」


「過去はともかく、今も尚続く、この非道の数々。解っているのか!?露衣土ろいどよ!!」


周囲の者達は思い思いに画像に映った露衣土という男へ向かって、非難する様な言葉を浴びせていた。


どうやら、この者達と露衣土は敵対関係にあるらしい。


そんな中、燿炎は黙ったまま厳しい表情で画像を睨んでいた。


そして麗羅が燿炎に声を掛ける。


「燿炎も何か言ったら?」


「いや、俺には言う資格はねぇよ」


燿炎は自らを卑下する様に言った。


燿炎の言葉に腹を立てる、麗羅。


「馬っ鹿じゃないの!まだ、そんな事を言ってるなんてさ」


「うるせぇ!」


燿炎も腹を立てた。


再び麗羅が炮炎を引き合いに出して、燿炎を責める。


「何の為に炮炎が犠牲になったと思ってるのよ!」


「それは言うな!」


燿炎は叫んでいた。


画像の中では露衣土が演説を続けていたが、周りの者達は騒ぐのを止めて、その場から思い思いに立ち去って行く。


今、この場にいるのは燿炎、麗羅、そして画像を映し出したと思われる男。


数瞬の沈黙が三人を包み込む。


その沈黙を破って、燿炎が画像を映し出していたらしい男に声を掛ける。


風電ふうでん、もういい。ありがとうな」


「では、失礼します」


そう言って、風電と呼ばれた男もこの場から立ち去って行く。


もう中空の画像は消え去っていた。

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