挿話弐拾伍/闇の中の男達

蟋蟀の鳴き声が闇に溶け込んでいく。


隠岐おき剣術道場のちょうど真ん中辺りに一人の男が座していた。


隠岐 虎太郎こたろうである。


明かりは一切、点けていない。


闇の中で己の闇を見詰めているかの様だ。


隠岐流剣術は元々、暗殺剣である。


こうして外の闇と内の闇と闘うのも大切な鍛練の一つなのであった。


しかし、この鍛練は隠岐流直系の者だけが行っている。


外から隠岐流を学びに来る門下生が帰った後、直系の者だけが行っているのだ。


以前は虎太郎の後に虎次郎こじろう虎三郎こさぶろうも順にこの鍛練を行っていた。


しかし今はもう、その二人は居ない。


虎太郎だけが、こうして毎日、闇の中に身を置いているのであった。


「いつから居た?」


突然、虎太郎が闇に問うた。


闇が惚ける。


「さぁな、」


「こんな時間に何用だ?」


虎太郎が再び闇に問うた。


闇は虎太郎の問いには構わずに虎三郎の死を惜しむ。


「虎三郎は惜しい事をしたな」


「ああ、」


表情一つ変えずに虎太郎が短く応えた。


闇が勿体振る様な言い方をする。


「俺は虎次郎と虎三郎を斬った奴を知ってるぜ」


「ほほう、」


虎太郎は闇の言葉に関心を示しはしたが、まだ表情にも姿勢にも変化はなかった。


闇が虎太郎に訊く。


「知りたいか?」


「教えてくれるのか?」


闇に訊き返す、虎太郎。


闇が応える。


「俺に勝ったら、教えてやるぜ」


「なるほど。お前らしいな、天竜てんりゅう


そう言いながら虎太郎は立ち上がって、背後の闇へと向き直る。


そして虎太郎が向き直った先の壁に天竜は腕を組んだ状態で背を預け、虎太郎に向かって微笑んでいる様にも見て取れた。


「明かりを点けようか?」


虎太郎が天竜に問うた。


天竜はぶっきら棒に言い返す。


「いや、このままで構わねぇよ。俺も闇には慣れてるぜ」


「ほほう」


虎太郎が少し感心をした。


自らの出自を明らかにする、天竜。


「うちは元々忍者の家系だったんでね」


「なるほど。私に気付かれずに道場に入って来れたのも忍術の為せる技って事かな」


天竜の言葉に納得した、虎太郎。


天竜は珍しく謙遜する。


「忍術って言う程のもんでもねぇけどな」


「しかし忍者って割には目立ち過ぎるんじゃねぇのかい!?」


虎太郎が天竜を揶揄う様に言った。


揶揄われて言い返す、天竜。


「うるせぇ!でかくなっちまったもんは仕方がねぇだろ」


「よくも、そんなにも育ったもんだよ」


虎太郎は皮肉を言った。


天竜は話を変えようとする。


「それよりもよぅ、」


「なんだ?」


虎太郎が訊き返した。


今度は天竜が虎太郎に対しての皮肉を言う。


「早く気付いてくれて助かったぜ。お前が朝まで気付かなかったら、どうしようかと思ったよ」


「そうすれば良かったかな」


虎太郎がそう返した途端、二人は合わせる様に声を出して笑い出す。


「はははははは、」


「ふふふふふふ、」


数瞬の間、笑い合った後、虎太郎が天竜を促す。


「さて、そろそろ始めようか」


「いいぜ」


天竜はそう応えながら背を壁から剥がして、数歩、虎太郎の方へと近付いた。


剣の間合いには、まだ数歩程、距離を詰めなければならない。


その距離で二人はどちらからともなく互いに刀を抜いて構えた。


二人は闇に飲み込まれて、闇が静寂に包まれる。

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