• 風を掬う者

  • 壱章
  • 人斬り
  • 挿話弐拾肆/不安に駆られる男

挿話弐拾肆/不安に駆られる男

闇が静寂に包まれる中、虎士郎こしろうの刀が虎三郎こさぶろうの喉を貫いていた。


隠岐おき流剣術の必殺剣である月影つきかげに依り、勝負がついたのである。


─────


とは。


隠岐流剣術に古くから伝わる必殺剣である。


隠岐流剣術は元々、暗殺剣であった。


しかし源太郎げんたろうの曾祖父が立身出世の為に京都に出て来て道場を開くと、剣技の一部は門下生の為に使い易くしていく事になる。


それでも幾つかの奥義は今も直系の者達に限って伝えられていた。


はそんな奥義の一つである。


特徴はを基本とした剣技であった。


一般的な剣術におけるとは直線的に相手を突き刺すものである。


しかし隠岐流剣術の必殺剣であるは相手の動きに合わせて曲線的に相手を追い掛けて、相手を突き刺すものであった。


だからを使いこなせる者が放ったは先ず、百発百中と言っていい程、確実に相手の急所である喉を外す事はない。


しかしは繰り出す機会を作る事が大変に難しく、また、人並み外れた観察力も必要としていたので、誰にでも使いこなせる訳ではなかった。


この物語の登場人物でも、隠岐四兄弟の父であった源太郎、そして後継ぎの虎太郎こたろう、更に虎太郎以上の可能性を秘めた虎三郎の三人が修得をしていた様である。


虎次郎こじろうも使えない事はなかったが、百発百中という程のところまでは使いこなせていなかった。


そして虎士郎は周囲に知られる事無く、密かにを修得していたのだ。


虎士郎はそのを用いる事で基本的な剣の腕でまさった相手を斬る事も出来た。


─────


この対決も実は虎士郎よりも先に虎三郎が、そのを繰り出していた。


しかし虎士郎はなんと、そのを躱したのである。


そして、その躱されるはずのないを躱した時点で勝負は決まったのだ。


元々、剣術そのものの腕では虎三郎の方が上であった。


だから先にを繰り出す機会を作ったのは虎三郎だったのだが、虎士郎は神業とも思える体裁きで虎三郎の放ったを躱し、その隙をついてを繰り出したのである。


こうして、この哀しむべき双子の勝負は幕を閉じたのであった。


虎士郎は表情一つ変える事なく、虎三郎の喉から刀を引き抜くと、刀を空で一振りして、刀に付いた血を振り払い、ゆっくりと刀を鞘に収める。


虎三郎の体は倒れ込み、地面に血溜まりを拡げていった。


虎士郎は何事もなかったかの様にそのまま闇の中へと消えて行く。


そして暫くの間をおいてから、その場に大きな男が現れた。


額から左頬にかけての大きな刀傷が目立っている。


黒谷天竜くろたにてんりゅうであった。


天竜は虎三郎と虎士郎の勝負を観察するべく、虎三郎の後を付けていたのである。


そして闇の中に身を潜めて、二人の勝負を観察していたのだ。


天竜は虎士郎との対決をする前に虎士郎の実力を測っておきたかった。


しかし実際に観察をした事で虎士郎の底知れぬ実力に不安を強めてしまう。


「やはり虎三郎には無理だったか。いや、俺でも奴は斬れるのだろうか」


天竜は闇に向かって一人呟いた。

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