挿話弐拾参/決意する男と決意を必要としない男
昼間はまだ暑さも残っているが、日が落ちると大分、涼しくなってきた。
夜空には三日月が浮かんでいる。
まるで夜空という大海を行く舟の様であった。
そして今日も
これまでに何度かは不審な人物に遭遇する事もあったのだが、これまでは全て空振りであった。
そして今日もまた、お目当てには有り付けそうもない、そんな風に虎三郎は思い始めている。
その矢先、虎三郎の目線の先に何者かの人影が薄ら見えてきた。
虎三郎が左手で持った提灯の灯りと月明かりが、その人影を怪しく照らしている。
虎三郎はその人影を目で捉えた瞬間から、好きな
更に一瞬、体が金縛りで動けなくなる様な緊張に陥って、その緊張を解す様に何度か呼吸を整える。
そして、その人影の方へゆっくりと歩を進めて行った。
顔を確認が出来る様な距離に入ると、虎三郎の緊張が一気に緩む。
「なんだ、
虎三郎から虎士郎に声を掛けた。
しかし虎士郎からの返事はない。
「どうしたんだ?」
虎三郎はそう声を掛けると同時に虎士郎のその異様な雰囲気に気付いて、背筋に虫が這い上がってくる様な感覚に襲われた。
「ま、まさか、」
虎三郎の口から漏れる、悪い憶測。
虎士郎は無言で虎三郎を見据えている。
途端に再び虎三郎の中に緊張の糸が張り詰めた。
そして虎三郎が虎士郎に尋ねる。
「お、お前が、虎次郎兄さんや斉藤さんを斬ったのか!?」
虎士郎は何も言わずに、まだ、虎三郎を見据えている。
虎三郎は虎士郎の沈黙と異様な雰囲気を自らの問いに対する肯定と受け取った。
そして戸惑う、虎三郎。
まさか兄と同志の敵が双子の弟の虎士郎だったなんて。
しかし例え身内であったとしても見逃す訳にもいかないし、自分も虎士郎を殺すつもりで掛からなければ、自分が斬られる事にもなるであろう。
虎士郎の沈黙が虎三郎にとっては殺気にも感じられたのである。
「そうか、虎士郎よ」
虎三郎はそう言って意を決した様に、ゆっくりと刀を抜いて構える。
虎士郎も虎三郎の動きに合わせ、ゆっくりと刀を抜いて構えた。
静寂が闇を包む。
虎三郎が虎士郎に目で問う。
〈お前が虎次郎兄さんを斬ったのか?〉
〈お前が斉藤さんを斬ったのか?〉
虎士郎が沈黙で応える。
〈お前は双子の兄をも斬ろうというのか?〉
〈お前に僕が斬れるのか?〉
再び虎士郎が沈黙で応える。
今度は虎三郎が自らに問う。
〔お前に双子の弟が斬れるのか?〕
〔斬る!〕
〔斬らなければならない!〕
静寂を破って、虎三郎がゆっくりと間合いを詰める。
虎士郎は虎三郎を見据えたまま微動だにしない。
後一歩、いや後半歩で剣の間合いに入る。
そこで虎三郎は歩を止めた。
再び静寂が闇を包む。
しかし今度の静寂は今にも破裂しそうなものである。
そんな闇の中で、虎三郎と虎士郎と云う双子の兄弟が対峙していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます