挿話弐拾弐/誉める女

夏の暑さが残る日差しの中、虎士郎こしろうはおそのと二人で京の町中を歩いていた。


あちらこちらから蝉の鳴き声が届いてくる。


町人達も蝉に負けないくらいの活気に満ちていた。


そんな中で、お園が虎士郎に虎三郎こさぶろうの話題を振る。


「虎三郎ちゃんが三番隊の隊長さんに、なったんだってねぇ」


数日前に虎三郎が新撰組の三番隊の隊長に任じられていた。


「隊長だった斉藤さいとうさんが何者かに斬られちゃったから」


虎士郎は何とも言えない様な表情で応えた。


詳しい事情を知らなかった、お園は言葉を失う。


─────


実は虎士郎が斉藤を斬ったのだが、別人格の虎士郎がやった事なので、主人格の虎士郎にその自覚は無い。


また斉藤は虎三郎を通じて隠岐家と親交があったので、虎士郎とも顔見知りではあったが、別人格の虎士郎には、その事も一切の関係が無い様であった。


ひょっとしたら実の父の源太郎げんたろうを斬った時や兄の虎次郎こじろうを斬ったも、相手が肉親であるとの認識はしてなかったのかもしれない。


別人格の虎士郎はただ目の前の相手を斬る。


それ以外の余計な感情の様なものが抜け落ちてしまっているのかもしれなかった。


その様な事も含めて別人格のした事を主人格の虎士郎は何も覚えていない。


─────


そのまま黙って歩き続ける、お園と虎士郎。


暫くしてから、虎士郎が寂しそうに言う。


「それにしても、虎三郎はすごいや。僕とは大違いだ」


「そんな事を言わないで、」


お園が虎士郎の言葉を嫌がった。


言われて言葉に詰まる、虎士郎。


暫くしてから、今度はお園の方から虎士郎の長所を挙げる。


「虎士郎ちゃんの優しいところが、虎士郎ちゃんの良いところじゃない」


「慰めは要らないよ。優しくたって何も出来やしないんだ」


虎士郎はそう言うと、俯いて立ち止まってしまった。


お園は数歩進んでから、虎士郎が立ち止まった事に気付き、虎士郎の方に振り返って少し怒った様に言う。


「虎士郎ちゃんの馬鹿!私は慰めてなんか、いないわよ!」


虎士郎は何も言えず、俯いたまま微動だにしなかった。


周囲の通行人が足を止めて、遠巻きに二人に対する好奇の目を向ける。


しかし幾らもしない内に周囲は普段通りに動き出す。


そして俯いている虎士郎の様子を見て、お園が率直な疑問を虎士郎にぶつける。


「人を斬る事がそんなに偉い事なの?」


虎士郎はまだ何も言えないでいた。


次々と疑問をぶつける、お園。


「だったら、虎次郎様を斬った人は、斉藤さんを斬った人は、そんなに偉い事をしたって言うの?」


「そういう訳じゃないけど、でも、」


虎士郎はそこまで言って言葉に詰まった。


そんな虎士郎の様子を見て話を続ける、お園。


「でも、何!?人なんて斬れなくたって、いいじゃない」


虎士郎はまた何も言えない。


すれ違う通行人が少しだけ二人に関心を寄せるが、すぐに通り過ぎて行く。


少しの間をおいて、お園は虎士郎に自分が思っている事を素直に伝える。


「子供達と遊んでいる虎士郎ちゃんが、私は素敵だと思うよ」


「ありがとう」


虎士郎は俯いたまま一言だけ応えた。

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