挿話拾漆/掴み所のない男
その男はかなり大柄な体格をしていて、髪も髷を結わずに蓬髪である。
更に出で立ちも粗末なものに見えた。
これだけだと、まるで
当然ながら男には顔の刀傷も無かった。
そして二人はまだ、剣は抜かずに無防備な状態で向き合っている。
空には綺麗な満月が姿を見せていた。
時折、雲がその月を掠めていく。
更に二人共に灯りを持っていなかったので、月明かりだけが二人を照らしていた。
そんな中で男から虎士郎に話し掛ける。
「俺に何か用があるのかい?」
虎士郎は無言のまま、男に対して刺す様な視線を送っていた。
何とも言えない様な空気が二人を包み込む。
痺れを切らしたのか、続けて男が虎士郎に声を掛ける。
「おいおい、何か言ってくれなきゃ、何がなんだか分からんだろうよ」
虎士郎はただただ男を睨み続けている。
男は呆れる様に呟く。
「一体、どうしたもんかねぇ、」
そして男は頭をポリポリと掻いた。
虎士郎はまだ男を睨んでいるだけである。
続けて男は、ぼやく様に言う。
「俺はお前さんの相手をしていられる程、暇じゃねぇんだけどなぁ」
その言葉を聞いて、虎士郎はやっと動きを見せた。
ゆっくりと刀を抜いて構える。
その様子を見て男が虎士郎に問う。
「いきなり俺を斬ろうって言うのかい!?」
虎士郎は男の言葉には構わずに、じわりと間合いを詰める。
男は詰められた分と同じ距離だけ、間合いを拡げながら言う。
「俺もそう簡単に斬られる訳には、いかねぇんだよな」
虎士郎は足を止めて、再び刺す様に男を睨んだ。
「ひぇ~、おっかない、おっかない」
男はおどける様に言った。
虎士郎はじっと男を睨んでいる。
男は再び、ぼやく様に言う。
「勘弁してくれよなぁ。俺は余り、戦いたくはねぇんだよ」
すると今度は虎士郎が一気に間合いを詰めて、男に鋭く斬り掛かって行く。
男は今度は間合いを取らず、逆に虎士郎へと向かって行きながら、虎士郎の刀を紙一重で躱して体を入れ替える。
先程とは位置を違える形で、二人は再び向き合った。
数瞬の間、睨み合う、男と虎士郎。
静寂が闇の中に溶け込んでいく。
「何をしている?」
その静寂を切り裂いて、虎士郎の背後から何者かの声が届いてきた。
三人の男達の姿が提灯の灯りの中、ぼんやりと浮かび上がる。
左右の男達が提灯を持っていて、真ん中の男は何も持ってはいない様だった。
「あばよ」
虎士郎が背後から来た三人に注意を向けた途端、虎士郎と対峙していた男はそう言って、闇の中へと去って行った。
実はこの男、
坂本竜馬。
岡田以蔵と同じく土佐出身の浪人ではあったが、一概には倒幕派と言い切れない、ややこしい男だった。
それでも新撰組からは敵視されていたりと、掴み所のない男である。
虎士郎はそんな事は知る由もなく、今度は後から来た三人と対峙していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます