挿話拾伍/不敵な男
そして、その提灯の灯りの先に一人、不審な者の姿が浮かび上がる。
虎三郎はやっと兄や同志の敵に巡り会えたのではないかという期待と、そうであった場合を考えての緊張に、体が身震いする様に感じていた。
すでに、その者は虎三郎の存在に気付いている様である。
こちらを見ながら、薄気味悪い笑みを浮かべている様に虎三郎には見えた。
近づくにつれて、その者の正体が少しずつ明らかになっていく。
どうやら、その者は男ではあるらしい。
虎三郎は十分に注意払いながら、その男に向かって歩を進め、剣の間合いの数歩手前で歩を止めた。
そして虎三郎が男に問う。
「何をしている?」
「お前にそんな事を言う必要はねぇだろ」
不敵な笑みを浮かべたまま男は答えた。
虎三郎が男に向かって、いつでも刀が抜ける様、十分に用心をしながら丁寧に述べる。
「私は新撰組の
「新撰組かよ。新撰組ってぇのは弱虫集団じゃなかったのか!?」
男が虎三郎を挑発する様に言った。
虎三郎は男の白地な挑発に対して、不快感を表情に出す。
「なに!?」
「どうやら、図星だった様だな」
男は虎三郎の反応を楽しむ様に言った。
今度は不快感を言葉にする、虎三郎。
「新撰組と私を侮辱する気か!?」
「こんな時間に一人で出歩いて、小便を漏らしてるんじゃねぇのか。ふはははは、」
男が虎三郎を侮辱する言葉を吐き、声に出して虎三郎を嘲る様に笑った。
虎三郎は提灯を放り出して刀を抜き、男に向かって構え、声を張り上げる。
「もう勘弁出来ん!刀を抜け!」
道端で提灯が燃えていく。
その炎と夜空に浮かぶ満月の月明かりが二人を照らしていた。
「この俺とやろうって言うのか!?新撰組は頭も悪ぃのかねぇ」
それでも男は動じずに、そう言いながら刀を抜いて、無防備に片手で刀を握り、虎三郎と向き合う形になった。
男には、まだ、不敵な笑みが張り付いたままである。
二人は数瞬の間、睨み合う。
道端で燃えていた提灯の炎が消えていく。
その炎が消えた瞬間を切っ掛けに、虎三郎が先に動いた。
虎三郎が男に向かって鋭く斬り掛かって行く。
男は難無く片手で握った刀で虎三郎の刀を受け流して、体を入れ替えると同時に、そのまま虎三郎に刀を振った。
虎三郎は男の刀を躱したつもりでいたが、脇腹辺りを羽織と共に皮一枚程、斬られていた。
二人は再び向き合って、男が虎三郎に声を掛ける。
「ほほう、中々やるじゃねぇか」
虎三郎は男を睨みつけたまま無言で応えた。
再び男の方から虎三郎へ話し掛ける。
「冥土の土産に教えてやるよ」
虎三郎は無言のまま次の言葉を待つ。
「俺の名は
そう言いながら男は声を上げて笑った。
岡田以蔵。
通称、人斬り以蔵である。
土佐出身の浪人で、倒幕派の志士達の間では名の通った男であった。
当然に新撰組からしたら、真っ先に捕らえなければならない相手でもある。
すると突然、男の背後に一人の男が現れた。
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