挿話拾肆/彷徨える男
夏本番になって日は長くなったが、数刻前に日は落ちて辺りは闇に包まれている。
夜空には綺麗な満月が姿を現していた。
日中は少し雨が降ったりもしていたが、日が暮れる前には雨も上がって、今はもう晴れている様だ。
時折、雲が月を掠めていく。
そんな中、
─────
先日の
「一体、誰なんですか?」
虎三郎が天竜に訊いた。
天竜が話し出す。
「誰かどうかは、ともかくよ、」
「はい、」
虎三郎は相槌を打った。
ぶっきら棒に言う、天竜。
「そいつは夜な夜な人斬りに、京の町を彷徨っている様だぜ」
「そうなんですか?」
虎三郎は天竜に訊き返した。
自らの考えを天竜がきっぱり言い切る。
「恐らく此処しばらくの京の町における、人斬りの大半は奴が絡んでいると俺は考えている」
「はい」
虎三郎は短く応えた。
話を続ける、天竜。
「勿論、倒幕派の連中の仕業も何件かは考えられるが、」
「はい、」
虎三郎は再び相槌を打った。
天竜が虎三郎に同意を求める。
「斬られた奴等の大半は倒幕派の連中だろ!?」
「そうですね」
虎三郎は天竜に合わせた。
話を続ける、天竜。
「ちょっと考えたんだがよ、」
「はい、」
虎三郎は何度となく相槌を打っている。
強い口調で言い切る、天竜。
「奴は誰彼、構わずに出くわした相手を斬る」
「なるほど」
虎三郎は天竜の話に納得した。
天竜がいきなり衝撃的な私見を述べる。
「そして恐らく、
「えっ!?」
当然に虎三郎は吃驚した。
話を続ける、天竜。
「これは憶測にしか過ぎねぇけどよ、」
「はい、」
虎三郎は天竜の話の邪魔をしない様に、相槌を打ち続けている。
更に話を続ける、天竜。
「源太郎を斬れる奴なんか、そうは居ねぇだろうからな」
「はい、」
虎三郎が、再び相槌を打った。
自らの考えを次々と述べてく、天竜。
「とにかくよ、
「はい、」
相槌を打ち続ける、虎三郎。
天竜は自らの結論を述べる。
「夜、出歩いていりゃあ、その内に出くわすだろうよ」
─────
この様な天竜の話を聞いて、虎三郎は虎次郎の敵を討つべく毎夜の様に、こうして京の町中を一人で彷徨っているのである。
更に、そいつは虎三郎達の父親であった、源太郎の敵でもあるのかもしれない。
そう考えると、自分がなんとしてでも敵を取らなければならない、と強い気持ちを抱かずにはいられなかった。
虎次郎を斬った奴は、決して他の誰にも斬らせる訳にはいかない。
だから一人なのである。
本来、新撰組では単独行動が禁じられていた。
その禁を破ってでも、なのである。
新撰組は新撰組で、そんな隠岐家の事情を理解する様な形で静観していた。
例え咎めなければならなくなったとしても、全ての片が付いてからでいいという意味で、今すぐ口を出す必要は無かったのである。
そして虎三郎が兄の敵を探して、夜な夜な京の町を彷徨い始めて、一週間は過ぎたのだが、不審な人物に遭遇する事も無く、それどころか誰とも出会う事すら無かったのだ。
そして今日もまた、何事も無く過ぎていこうとした矢先に、一人の不審な者の姿が虎三郎の視線の先に捉えられた。
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