挿話拾参/優しき男

初夏の日差しの中、数人の子供達が遊んでいる。


そして、その中に虎士郎こしろうの姿もあった。


先程まで此処、壬生寺の境内では新撰組の訓練も行われていたが、今は隊士達の姿も無く、子供達の楽しそうな笑い声が響いている。


よく虎士郎は新撰組の訓練が終わる、これぐらいの時間に壬生寺に来て、子供達と一緒に遊んでいた。


そこへ一人の男がやって来て、虎士郎に声を掛ける。


「虎士郎さん、ちょっといいですか?」


「はい、なんでしょうか」


虎士郎が応えた。


「ごめんよ。ちょっと虎士郎さんをお借りするよ」


子供達に向かって男はそう言った。


子供達は口を揃えて、その男に対して文句を言ったりしていたが、すぐにまた遊びに夢中になっていく。


虎士郎は男に促されて、二人でちょっと離れた所まで移動して、子供達が遊んでいる姿を見る形で隣り合って腰を下ろした。


「なんでしょうか?総司そうじさん」


先ず虎士郎が用件を尋ねた。


総司と呼ばれた男、沖田おきた総司は少し言い辛そうに言う。


「いや、虎次郎こじろうさんが亡くなられたでしょう、」


「はい」


虎士郎が短く応えた。


沖田と虎士郎は、よく此処で一緒に子供達と遊ぶ仲であったのだ。


沖田は虎士郎に気遣いを示す。


「で、ちょっと心配になって、」


「そうですか。でも、もう大丈夫です。心配して頂いて、ありがとうございます」


虎士郎は気丈に礼を述べた。


沖田が視線を下に落として話を続ける。


「それにしても虎次郎さんが斬られるとは、」


「はい、」


虎士郎が相槌を打った。


沖田が虎次郎の死を残念がる。


虎三郎こさぶろうさん程じゃないにしても、中々の使い手ではあったのに、」


「はい、」


虎士郎が再び相槌を打った。


そして沖田は視線を虎士郎へ戻して、突然に尋ねる。


「虎士郎さんは新撰組に入る気はないのですか?」


「なんですか!?いきなり??」


当然に虎士郎は吃驚して訊き返した。


沖田は視線を前方に向けて話し出す。


「虎三郎さんは最近、虎次郎さんの敵を取る為に、毎夜の様に見廻りをしている様です」


「そうですか、」


今度は虎士郎が視線を下に落とした。


淡々と話をする、沖田。


「虎士郎さんも、これを機にと私は思ったのですが、」


「僕には無理ですよ」


虎士郎は沖田の言葉を否定した。


沖田も虎士郎の言葉を否定して返す。


「そんな事はないと思うけどなぁ。以前一度、入隊試験を受けた時の動きは、中々筋が良い様に思えましたよ」


「僕には、とても他人を斬るなんて事は出来ませんから」


虎士郎は自分が新撰組に入隊が不可能と思われる、率直な理由を述べた。


沖田は虎士郎に視線を戻して言う。


「そう言えば、入隊試験の時も攻撃は全然しませんでしたね」


「はい」


虎士郎は短く応えた。


踏み込んで訊く、沖田。


「なんで、ですか?」


「怖いのかもしれません」


虎士郎は素直に答えた。


更に踏み込んで訊く、沖田。


「何がですか?」


「他人を斬る事も、自分が斬られる事も、」


虎士郎は再び素直に答えた。


沖田は虎士郎の言葉を一通り聞いて、納得が出来た様に話す。


「確かに他人を斬る事は自分が斬られる、と云う事に繋がるのかもしれませんね」


「総司さんは怖くはないのでしょうか?」


今度は虎士郎が沖田に訊いた。


淡々と応えていく、沖田。


「怖くない、と言ったら嘘になるのかもしれませんが、」


「はい、」


虎士郎が相槌を打った。


沖田も素直に応えていく。


「今は自分の力を試したい、その様な思いの方が強いのでしょうね」


「自分の力、ですか、」


虎士郎は沖田の言葉を自分へ向けて呟いた。


淡々と言葉を続ける、沖田。


「今、時代は揺れ動いています。そんな中で自分がどれだけの事が出来るのか」


虎士郎は何も言えず、沖田の言葉を待つ。


「あの子供達の為に、私が何か出来る事は、と、ただただ、そう思うのです」


沖田は子供達に優しい眼差しを向けている。


虎士郎は俯いて、拳を握り締めていた。

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