挿話拾弐/勿体振る男
「どうだ?少しは腕を上げたか?」
一際大柄な男は言った。
額から左頬にかけての大きな刀傷が目立っている。
「どうでしょうか。毎日、欠かさずに鍛錬はしてますが、僕が強くなったのかどうかは自分では測りかねます」
話し相手の男には取り立てて言う程の事はなかった。
強いて挙げるなら、端正な顔立ちだ、と言うくらいである。
そして天竜がぶっきら棒に言う。
「そういうもんかもしれねぇな」
「はい」
虎三郎が短く応えた。
とある旅籠の一室で、二人は向き合って言葉を交わしている。
部屋にある行灯の灯りが二人の男達を薄らと照らしていた。
外はすでに闇に包まれているだろう。
そして二人はお互い思い思いに酒を酌み、酒を飲んでもいた。
天竜が虎三郎に期待を寄せる。
「とにかくお前には、もっと、もっと、強くなって貰わんと」
「余り期待はし過ぎないで下さい」
苦笑しながら虎三郎は応えた。
虎三郎の言葉を受けて、天竜が更に付け加える。
「いや、期待は勿論なんだがよぅ。忠告でもあるんだよ」
「僕が他の誰かに斬られる事を心配しての事でしょうか!?」
虎三郎は天竜の言葉の真意を伺った。
今度は冗談混じりに言う、天竜。
「そういう事だ。俺が虎三郎を斬る事が出来なくなるんじゃないかと心配でな」
「天竜さんらしいですね」
虎三郎は再び苦笑した。
そして天竜が話を本題に乗せようとする。
「で、実はよぅ、」
「なんでしょうか?」
虎三郎は天竜に視線を送った。
いきなり衝撃的な話を打ち明ける、天竜。
「俺は
当然にすぐには信じられないので訊き返す、虎三郎。
「本当ですか?」
更に虎三郎は身を乗り出して、続け様に尋ねる。
「誰なんですか?」
「いんや、それは言わんでおくわ」
天竜は勿体振った。
勿体振る天竜には構わずに、虎三郎が天竜を問い詰める。
「なんでですか?教えて下さい。お願いします」
「それよりもよぅ、」
天竜は話をはぐらかす。
はぐらかされても構わずに食い下がる、虎三郎。
「身内の敵も取れずに武士と言えましょうか」
「そうなんだよ、だからよぅ、」
天竜は不満そうに話を続ける。
虎三郎が相槌を打つ。
「はい、」
「そいつを俺が斬る訳には、いかねぇんじゃねぇかと、」
珍しく天竜が言い淀む。
そんな天竜の様子を見て、虎三郎がきっぱりと言い切る。
「僕が必ず敵を取ってみせます」
「本当はよ、どっちも俺が斬りてぇんだけどな」
天竜はまだ不満を表していた。
虎三郎が天竜の不満を余所にして詰め寄る。
「僕に敵を討たせて下さい。そうして頂けるのなら、その後、僕が天竜さんに斬られる事になったとしても、」
「だからよぅ、決めたんだよ」
天竜が虎三郎の言葉を遮って言った。
虎三郎は天竜に訊く。
「何をですか?」
「敵を取るなら、勝手にしな」
天竜が突き放す様に言った。
不貞腐れる様に応える、虎三郎。
「そうさせて頂きます」
「俺は虎三郎と奴とで生き残った方を斬る」
天竜は仕方がなさそうに、そう言った。
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