挿話拾壱/憤る女

数日前の事である。


京の町で何者かに虎次郎こじろうが斬られていた。


今、京の町は尊皇攘夷で揺れている。


一年程前には当時、隠岐おき家の当主だった源太郎げんたろうも何者かに斬られていた。


単なる道場主の源太郎が被害に遭うくらいなので、新撰組の隊士である虎次郎が被害に遭っても、何ら不思議は無い状況ではある。


実はどちらも虎士郎こしろうの別人格がやった事なのだが、周囲には明らかになっていない。


当の本人でさえ、その自覚がないくらいであった。


それはともかく一年前の悲劇が再び繰り返されたのだ。


そんな隠岐家では虎次郎の悲報を受けてからというもの、その対応に追われる事になる。


そして前日に虎次郎の葬儀も無事に終えて、周囲の人々も日常へと戻ろうとしていた。


しかし数人だけが、まだ虎次郎の死を受け止められずにいる。


その内の一人は隠岐四兄弟の母であった。


隠岐四兄弟の父であり、夫であった源太郎を亡くしてからというもの、めっきり元気を無くしていたが、実の子の虎次郎まで失う事となって、更なる落胆を顕さずにはいられなかったのである。


何とか虎次郎の葬儀には出席したものの、その後はずっと床に伏せっていた。


もう一人は虎次郎の許嫁であった、おそのという女子おなごである。


お園と虎次郎は、この秋にも結婚をして、晴れて夫婦となる予定だった。


そんな矢先での悲報でもあった。


そのお園が虎士郎の家に来ている。


「虎士郎ちゃん、どうして虎次郎様が死ななければならないの?」


お園が泣きながら虎士郎に、どうしようもない様な事を訊いた。


それでも少しの間を置いて、虎士郎が俯きながら応える。


「ごめん。お園ちゃん。僕がもっと確りしていれば、」


「こっちこそ、ごめんなさい。虎士郎ちゃんも辛いんだよね」


虎士郎の様子を見て、少し我に返ったお園が謝り、更に虎士郎を気遣った。


気遣われた虎士郎も、お園に対して率直な心情を吐露する。


「うちで僕に、よくしてくれたのは、母上以外では虎次郎兄さんだけだったから、」


お園は泣き続けている。


暫くの間をおいて、虎士郎が独り言の様に呟く。


「でも、僕は虎次郎兄さんが羨ましいな」


「なんで?」


お園は虎士郎の呟きに疑問を示した。


虎士郎はお園の疑問に素直に答える。


「だって虎次郎兄さんは新撰組にも入隊出来たし、一応は武士としての道を全う出来たと思うんだ」


しかし虎士郎の答えを聞いて、お園の疑問が更に強まる。


「武士って、なんなの!?」


「僕なんか、武家に生まれたにも拘らず、人を斬る事すら出来ない出来損ないだから」


どうやら虎士郎は卑屈になっている様だった。


虎士郎の卑屈な言葉に対して、お園が更に詰め寄る。


「だから武士って、なんなの!?人を斬る事が武士なの?」


虎士郎は何も言えなかった。


お園はどうしても納得がいかずに語気を強める。


「そんな理由で虎次郎様は死ななければならないの?ねぇ、答えてよ!」


「お園ちゃん、」


虎士郎はどうしたらいいのか分からずに、それだけを言うのが、やっとだった。


お園が叫びながら虎士郎に縋り付く。


「お願いだから、答えてよ!」


虎士郎は何も言えず、虚空を眺めるしかなかった。

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