挿話陸/黒谷天竜という男
出身は備前(現在の岡山県)で元々は武士と云うよりも、忍者の家系であった黒谷家の五男(末っ子)として生まれて、幼少の頃より忍術の修行に明け暮れる。
その修行の際、父親に顔を額から左頬にかけて斬られたのだ。
当時、まだ天竜は五歳であった。
そして、その様な厳しい修行の成果と天賦の才に拠って、五人いた兄弟の中でも一番の使い手となる。
十歳くらいで肉体も実力も兄達を凌駕していた。
末弟である天竜は家庭の中での食事は思う様にはならなかったが、幼い頃から身に付けた忍術を用いて、自然の中で好きなだけ食べていた様である。
その様な事も天竜の肉体と実力を成長させていたのだろう。
そんな中、厳しい修行を課す父親を憎む様になって、兄達からは嫉妬に因る嫌がらせを受け続け、兄達をも憎む様になっていった。
更に父親の衰えに拠って父親以上に強くなると、それでも厳しい修行を課す父親に、更なる憎しみを募らせてゆく様になる。
末弟であった事で自由に育った事が、抑圧に対する反発を強める事になったのかもしれなかった。
そして天竜が十六歳になった時、唯一の理解者であった母親が病気で他界する。
天竜はそれを機に、家族全員を虐殺する事になったのだ。
因みに、この時から殺した人数分の自傷をする様になる。
その後、天竜は当てのない放浪の旅へと出た。
その放浪の旅の道中、とある人物との出会いに因って、天竜は自身の身の振り方を決める事になる。
そして天竜が二十一歳の時、江戸に辿り着いて、ちょうど、その頃に出来たばかりの浪士組に参加。
後の新撰組である。
天竜は幕府側に身を置く事に決めたのだった。
その浪士組の屈強な者達の中でも、ずば抜けて強かった天竜は暗殺役を任される様になる。
実は浪士組、新撰組が関わった暗殺の殆どにおいて、この黒谷天竜が大きな役割を果たしていた。
ひょっとしたら天竜が居なければ、新撰組は歴史の中で埋もれてしまったのかもしれない。
また天竜は組織の中で、かなりの存在感と影響力があったが、組織の政治的な活動には一切関わろうとしなかった。
あくまでも人を斬る仕事に徹していたのである。
そして浪士組が上洛して新撰組へ変わると同時に、暗殺役として新撰組零番隊隊長に任じられた。
隊士はいない。
実はこの時に一部、内部分裂を起こしてはいたが、幕府側に身を置く事を決めた天竜は、当然に新撰組に残る事にしたのである。
その後も新撰組零番隊隊長として人を斬り続けて、今、天竜の体には約百五十箇所もの傷が刻まれる事となった。
天竜は決して、やたらに人を斬ってきた訳ではない。
仕事上、仕方なくであったり、自らに降りかかる火の粉を振り払う為だったり、自身が斬る価値を感じない相手を斬る事もあったが、それ以外は自身が斬る価値を感じた相手を斬ってきた。
因みに父親に斬られた顔の傷以外は、全て自傷に因るものである。
その数が約百五十なのだ。
天竜は決して表舞台には立たず、ただただ人を斬る理由を求め、新撰組に身を置いているのである。
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