挿話伍/見込まれた男

新撰組の屯所である前川まえかわ邸の廊下で二人の男が話をしていた。


月明かりと部屋から漏れた灯りが、薄らと二人を照らしている。


一人は取立てて言う程の事もないのだが、もう一人は一際大柄な男であった。


この大柄な男、名を黒谷天竜くろたにてんりゅうと云う。


天竜は夜空を見上げながら地面に立っていた。


「まさか、あんな奴等が以蔵いぞうの情報を握っているなんて、思いも寄らなかったぜ」


「人斬り以蔵ですか」


相手は隠岐おき虎三郎こさぶろうと云う男である。


虎三郎は廊下の縁で正座をしていた。


天竜が虎三郎の方へ向きを変えながら言う。


「ああ、奴は俺が斬るぜ。だから俺もちょっと後悔してるのさ」


「後悔してる様な顔には見えませんよ」


虎三郎は少し微笑んで言った。


そんな虎三郎の言葉を受けて、天竜は強気に言い放つ。


「うるせぇ!虎三郎。お前もいずれは俺に斬られるんだからな。覚えておけよ!」


「僕なんか斬っても、なんの面白味も無いですよ」


虎三郎はまだ微笑んでいた。


そんな虎三郎に合わせる様に、天竜も微笑みながら言う。


「そんな事はないぜ。隠岐流剣術の突きは十分に面白い」


「突き、ですか。天竜さん、何か知っているんですか?」


微笑みが天竜に移ってしまったかの様に、今度は虎三郎が微笑むのを止めて天竜に訊いた。


惚ける様に外方を向きながら言う、天竜。


「いや、俺は何も知らねぇよ。ただ隠岐流剣術の突きには何かがあると睨んでいる」


「そうですか」


虎三郎は短く応えた。


天竜が虎三郎の方へ振り返りながら、楽しそうに訊く。


「どうだ?図星か?」


「さあ、どうでしょうか」


虎三郎が再び微笑みを浮かべながら、はぐらかした。


再び天竜も微笑みながら言う。


「そりゃあ、言える訳ねぇよな。とにかく突きも含めて、まだまだだけどな。虎三郎はな」


「じゃあ僕は、もっと、もっと、精進しなければなりませんね」


今度は真顔で虎三郎が応えた。


再び天竜が向きを変えて、夜空を見上げながら言う。


「是非にでも、そうしてくれよ。源太郎げんたろうの奴は何者かに斬られちまうしよ」


「父上ですか」


虎三郎が寂しそうに言った。


夜空を見上げたまま言う、天竜。


虎次郎こじろうよりは、お前の方が強いだろ。虎太郎こたろうもいずれは斬るにしてもよ」


虎士郎こしろうはからっきしですもんねぇ」


虎三郎は苦笑した。


まだ夜空を見上げている、天竜。


「隠岐家の恥晒し、か。俺は虎士郎とは会った事ねぇけどよ。しかし双子でこうも違っちまうんだな」


「虎士郎もその気になりさえすれば、そんな事もないと思うんですけどね」


虎三郎が虎士郎を擁護する。


天竜は虎三郎の方へ振り返りながら言う。


「そうなのか!?じゃあ今度、自分の目で確かめさせて貰うよ」


「いえ、その必要はないでしょう。虎士郎は性格上、その気にはなれないでしょうから」


今度は虎士郎を突き放す様に虎三郎が言った。


天竜が会話を〆に掛かる。


「そうか。じゃあ、そろそろ行くぜ」


「はい」


虎三郎は短く応えた。


微笑みながら天竜が言い放つ。


「手柄はまた今度の機会にくれてやるよ」


「いえ、手柄なんて要りません。また切腹させられそうになるのは勘弁です」


虎三郎も負けずに微笑みながら言い返した。


苦笑しながら言う、天竜。


「ははは。それもそうだな。虎三郎が切腹する事になったら、後悔するのも俺の方だしな」


そして天竜は一人、闇の中へと消えて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る