挿話参/異様な男

六郎ろくろう嘉兵衛かへえは戸惑っていた。


突然に桜の木の反対側から何者かに声を掛けられて、正体を確認する為に、二人で挟み込む様に反対側へと回り込んだのだが、二人の目に飛び込んできた光景は、二人の経験に依る予測を遥かに超えていたからである。


一際大柄な男が桜の根と根の間に腰を下ろし、両脚を投げ出して背を幹に預けたまま大欠伸をしていた。


その体の大きさが先ず、これまでに出会った事のない程に大柄な男である。


腰を下ろした状態で十分に、その大きさが常識外れのものである事を理解が出来る程の大きさであった。


立ち上がった時には、もっと驚く事になるのかもしれない。


しかし、体の大きさだけであるなら驚きはすれども、こうまで戸惑う事は考えられないだろう。


二人を戸惑わせていた要因は、その大きさ以上の異様な風体にあった。


顔を見ると、額から左頬にかけて大きな刀傷があり、よく見ると他にも、首から胸にかけて、袖から見える腕、裾から見える脚と、至る所に切り傷がある。


更に髷も結わずに蓬髪であった。


出で立ちは六郎達とそんなには違わずに粗末なものに見える。


侍と云うよりは相撲取りと云う事であれば納得が出来そうだった。


しかし脇に刀が置いてある事から、侍ではあるらしい。


年齢は二十代、いや、三十代でも、おかしくはないだろう。


そして、その異様な容姿に戸惑いながらも六郎が再び尋ねる。


「何奴?」


「俺に刀を向ける奴には答えたくないね。もし、やるってんなら覚悟だけはしておけよ。俺は強いぜぇ~」


その異様な男は楽しそうに言った。


六郎達と違って、全くと言っていい程に緊張感は感じられない。


六郎と嘉兵衛は往なされた様な感じになって、顔を見合わせるばかりである。


そして、この異様な男をどの様に対処すべきか迷っている様だった。


「いたぞ!あそこだ!」


突然に六郎達が来た方角から、叫ぶ様な声が上がる。


六郎と嘉兵衛は声が上がった方へ視線を移す。


そこには新撰組の隊士の一人が居た。


そして二人、三人と数を増やしながら、次々と六郎達の方へ向かって来る。


それを見た六郎と嘉兵衛は、すぐさま身を翻して逃げようとした。


しかし、その視線の先にも浅葱色の羽織を纏った者達の姿が次々と飛び込んでくる。


「やばい!囲まれたぞ!」


六郎は嘉兵衛に言った。


嘉兵衛は混乱している様だ。


六郎はすぐ異様な男に向き直って話し掛ける。


「失礼なのは重々承知の上で、貴殿にお頼みしたい事がありも」


「なるほど。そういう事か」


六郎が言い終わらぬ内に、その異様な男はそう言いながら、立ち上がって刀を横に一閃した。


途端に六郎の頭部は地面に転がって、首の切断面から血が噴き出す。


幾らもしない内に体は地面に倒れ込んで、血溜まりを拡げていく。


混乱していた嘉兵衛は、それを目の当たりにして怯えている様だった。


そんな嘉兵衛には構わずに、異様な男が言う。


「悪いなぁ、俺も一応は新撰組の隊士なんだよな」


今度は刀を縦に振り下ろして、嘉兵衛を頭から胸まで断ち割った。

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