挿話弐/物騒な男達

ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、


はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、


二人の侍が足を止めて、年配の方の男から若い方の男に声を掛ける。


「大丈夫か?嘉兵衛かへえ?」


「はい、なんとか。六郎ろくろう殿は如何でしょう!?」


嘉兵衛が六郎の言葉に応えて、更に六郎を気遣った。


ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、


はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、


二人の侍は息を切らしていた。


更には顔から汗が吹き出している。


それも当然であろう。


二人は京の町中から此処まで必死に走って、逃げて来たのである。


「いや~、参った、参った。ちょっと、あそこの木陰で休むとするか」


六郎が嘉兵衛を誘った。


嘉兵衛が短く応える。


「はい」


二人は歩を進める。


ハァ、ハァ、ハァ、


はぁ、はぁ、はぁ、


少しずつ息が整って、汗も引いていく。


六郎と嘉兵衛の目線の百尺程、先に、大きな桜の木があった。


幹の太さは大人が四人で手を繋いで、輪になったくらいの太さであろうか。


花も散り終わって、葉桜もまた、趣を異にして中々に美しい。


そんな桜の根と根の間に先ず、六郎が腰を下ろして幹に背を預ける。


続いて根を一本挟んで隣の根と根の間に、嘉兵衛が腰を下ろして幹に背を預けた。


そして六郎が嘉兵衛に話し掛ける。


「まだまだ夏は先とは言え、さすがに、これだけ走ると暑くて堪らんな」


「そうですね」


嘉兵衛は短く応えた。


ハァ、ハァ、


はぁ、はぁ、


大分、息も収まってきた様だ。


再び六郎が嘉兵衛に話し掛ける。


「全く、今日は付いてないな」


「いや、逃げ切れた様なので、そうでもないのかもしれません」


嘉兵衛の方が前向きな考えを言った。


六郎が嘉兵衛の言葉に納得する。


「なるほどな」


ハァ、


はぁ、


「なんか、あったのか?」


突然に幹の反対側から、声を掛けられた。


途端に六郎と嘉兵衛は立ち上がって、桜の木から距離を取り、刀の柄に手を添える。


そして六郎が訊く。


「何奴?」


「おいおい。声を掛けただけで刀に手を掛けるってのは、どういう了見なんだ?」


桜の木の反対側から、何者かの声だけが届いて来る。


「うるさい!いいから、出て来い!」


先ず嘉兵衛が怒鳴る様に言いながら、素早く刀を抜く。


それに続く様に六郎は黙って、ゆっくりと刀を抜いた。


六郎と嘉兵衛の息の乱れは、すでに収まっている。


代わりに二人の間で緊張感が張り詰めていく。


「物騒な奴等だなぁ。俺の顔を拝みたけりゃあ、こっちに来ればいいだろ」


桜の木の反対側に居ると思われる、何者かは、ぶっきら棒に言った。


六郎達の緊張感なんて、関係が無いかの様である。


何者かの言葉を聞いて、六郎と嘉兵衛はお互いの顔を見合わせた。


二人は一瞬、拍子抜けしたが、すぐにまた気を引き締め直す。


そして六郎が嘉兵衛に目配せをした。


それを受けて嘉兵衛は二歩程、更に距離を取って桜の木の右側から、反対側へと回り込もうとする。


六郎も二歩程、更に距離を取って桜の木の左側から、反対側へと回り込もうとした。


必然的に二人は挟み込む様な形で、徐々に桜の木の反対側へと回り込んで行く。

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