壱章

人斬り

挿話壱/柄じゃない男

時は幕末、此処、京都では、倒幕派の志士達と新撰組と云う集団に因り、毎日の様に血が流されていた。


─────


タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ、


ットットットットットットットットットット、


余り身分の高くない格好をした侍が二人、通行人の間を縫う様に避けながら、時には接触したりしながらも、京の町中を駆け抜けていた。


前を行く男が後に続く男へ叫ぶ様に言う。


嘉兵衛かへえ!こっちだ!」


「分かりました。六郎ろくろう殿!」


嘉兵衛と呼ばれた男が前を行く六郎に応えた。


二人の侍は汗だくになりながら、必死に何者かから逃げている様である。


前を行く六郎は三十歳くらいであろうか、ちょうど貫禄が出てき始めたくらいに感じられた。


後に続く嘉兵衛の方は二十代、或いは十代であっても納得してしまうくらいに、あどけなく見える。


その嘉兵衛が大声を出す。


「どけぇい!」


どた~ん!


大勢の通行人の中、一人の男が嘉兵衛に押し退けられて、地面に倒れ込んだ。


男は前のめりになって、倒れ込んでいる。


その男も侍の格好ではあったが、六郎達よりも小綺麗な出で立ちではあるので、それなりに身分のある家柄なのかもしれない。


六郎と嘉兵衛は、男が倒れ込んだ事を気にも留めずに、そのまま走り去って行く。


周囲の通行人の内、多くの者達が倒れ込んだ男に視線を向けていた。


同情の目を向ける者、好奇の目を向ける者、色々な者が居るであろう。


そんな野次馬の中から倒れた男の所へ、女子おなごが一人、駆け寄って来た。


そして倒れ込んだ男に女子おなごが声を掛ける。


「大丈夫!?虎士郎こしろうちゃん!?」


「いててて、」


虎士郎と呼ばれた男が顔を上げながら呻いた。


顔立ちからすると、年齢は二十歳に満たない、と云うところだろう。


端正な顔立ちではあった。


「全く、名前は強そうなのに、てんでだらしがないんだから」


女子おなごは少し笑いながら、そう言った。


とても愛嬌が溢れる女子おなごである。


その表情から年の頃は、まだ若く、十代後半であろうか。


振袖を着ているので、まだ生娘であると思われる。


「待てー!」


「逃がすなー!」


六郎達が来た方向から、数人の者共が追い掛けて来た。


その者共は皆、一様に浅葱色の羽織を纏っている。


新撰組の隊士達であった。


新撰組の姿を確認した通行人は自ら道を空ける。


新撰組に絡まれると面倒な事になりかねないからだ。


そして、その空けられた道を新撰組の隊士達は六郎達を追って、あっという間に走り去って行く。


虎士郎がゆっくりと立ち上がって、裾に着いた土を払い、手に着いた土を払う。


「おそのちゃん、ありがとう」


虎士郎は女子おなごに対して礼を言った。


お園と呼ばれた女子おなごは虎士郎を叱咤する。


「どういたしまして。それよりも、さ。虎士郎ちゃんも一応は、お侍さんなんだから、もうちょっと確りしなきゃ駄目よ」


お園の虎士郎を叱咤する言葉から、お園と虎士郎はそれなりに近しい間柄である事が伺える。


「う~ん、僕はどうも、お侍って柄じゃない様なんだよねぇ」


申し訳なさそうに虎士郎はそう言った。

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