第4話 マドンナの彼氏も楽じゃない
「和也くんのお家に行ってもいいかな?」
昼休み、授業が終わるやいなや俺のところへ来た葉月がそんなことを言った。
そしてその言葉を聞いた瞬間、俺も含めてクラス中が一斉に凍りついた。
「……え?」
「「「えぇぇぇぇぇ!?」」」
俺に続いてクラスメイト達が一斉に驚きの声を上げた。どこか悲鳴のようにも聞こえる。
いやいや、なんでお前らが叫ぶんだ。一番驚いてるのは紛れもなく俺だよ。
「は、葉月さん?自分が何を言っているのか分かっておいでですか?」
とりあえず葉月に発言の訂正を求める俺。
女子が男の家に来るなんて聞いたら不純な理由があるのではと思われかねない。
「え、えっと……和也くんのご両親が仕事の都合で今日は帰れないって話を雫ちゃんから聞いたから。よかったらわたしが夕食を作ろうと思ったんだけど……」
葉月が首を傾げながらそう言った。
なんだ、そういうことだったのか。
俺はてっきりこの歳で早くも大人の階段を登ることになるのかと……。
まぁ、葉月にかぎってそんなこと言い出すわけないか。
なんだか彼女を見ていると自分の心の汚い部分が浮き彫りになってくるな。
「あー、葉月。気持ちは嬉しいんだが……」
それでもやはり男の家に一人で来させるわけには行かないだろう。
ピュアな葉月は自分が言ったことの重大さに気づいていないようだが……。
しかし葉月は俺の言葉を別の意味で受け取ってしまったのか、急に悲しそうな顔をした。
「あっ、ご、ごめんなさい!そうだよね、わたしの手料理なんて食べられないよね……」
「ち、違う違う!そういう意味じゃないんだ。わかった、じゃあ葉月にお願いするよ」
葉月の表情が明るくなる。
どうやら元気を取り戻してくれたようだ。
つい勢いで言ってしまったが、結果オーライだろう。
「ありがとう!!それじゃあわたしはこれから生徒会の仕事があるから。詳しい話はまた放課後に」
そう言い残して葉月は教室から出ていった。
なんだかすごくご機嫌そうに見えたが、そんなに俺の家へ来るのが嬉しいのだろうか。
(まぁ、お礼を言いたいのは俺の方なんだけどな)
「お、おい一ノ瀬。お前やっぱり……」
今までなぜか俺たちの会話をジッと聴いていたクラスメイト達の一人、
葉月と同じく、高一の時に出会って以来ずっと仲良くしている俺の親友だ。腐れ縁ともいう。
「ん?なんだよ渡辺」
「なんだよじゃねーよ!姫宮と手を繋ぎながら教室に入ってきたと思ったら……放課後はお家デートだと!?爆ぜろバカ野郎!」
そうだった。手を繋いだのはいいものの、いつ離せばいいか分からない俺たちは、そのまま教室へと突入してしまったのだ。
(あかりんにだけ言っておこうと思ってたのに……結局学校中に知れ渡っちゃったな)
生徒会の役員でもある葉月は全校生徒の憧れの的だ。俺も一応別の意味で有名だ。噂はすぐに広まるだろう。
(中等部まで広まったら雫にもバレちまうじゃねーか!!)
そしたら両親にも……。
いやいや、それはさすがに恥ずかしすぎるだろ!
当然いつかは紹介することになるのだろうが、別に今すぐ報告する必要はないはずだ。
俺自身、まだ気持ちの整理がついてないし……。
「おい、聞いてんのか一ノ瀬!」
俺が考え事をしているうちに渡辺はさらに苛立ってしまったようだ。いや、渡辺だけじゃない。クラスメイトの全員の視線が俺に注がれている。
「なんでお前なんかが姫宮さんと仲良くしてんだよ!」
「気安く名前で呼びやがって!」
「俺の姫宮を返せ!」
野郎共の激しい罵倒が俺に降りかかってきた。
八つ当たり以外の何物でもないが……気持ちは分からないでもない。
俺も同じ立場だったらあちら側にいただろう。
だが……。
(今『俺の』姫宮って言ったやつ誰だ!?)
さすがにその言葉だけは看過できない。
彼女は俺の恋人だ。それだけは譲れない。
「葉月ちゃんに近づくなー!」
「そうだそうだ!」
「葉月ちゃんは私のだ!」
「そうだそう……え?」
女性陣からも批難の声が上がり始めた。
あと『葉月は私のもの』宣言したやつ、友人もフォローしきれてないぞ。
(こりゃ当分収まりそうにないな……)
そう思った俺は走って教室から逃げ出した。
あのまま教室にいたらろくなことにならないような気がしたのだ。
「あ、逃げたぞ!」
「捕まえろ!俺たちのマドンナを取り返せ!」
クラスメイト、主に男子たちが俺を追いかけてきた。
怒り狂った獣と化した彼らを先導するのは渡辺だ。
彼はあれでもバスケ部のエースで、時期キャプテン候補とまで言われているほどだ。
そして当然、体力が全国平均以下の俺がそんな相手から逃げ切れるはずもない。
俺は階段や曲がり角を利用することでなんとか振り切ろうとする。
「とりあえず昼休みが終わるまで中等部に隠れているか。雫に匿ってもらおう……」
ため息をつきながらそう呟いた俺は、高等部の隣の校舎にある中等部へ向かって走っていくのだった。
ゲームの彼女とリアルの彼女 @yuuki-zin
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