第3話 俺の彼女はこんなに可愛い


 翌日の朝、学校へ登校してきた俺は校門の前で姫宮ひめみやを見かけた。

一瞬躊躇われたが、勇気を振り絞って話しかける。



「お、おはよう、姫宮」



 俺が声をかけると姫宮はこちらに振り返り、ニコリと笑って挨拶を返した。



「あ、おはよう。一ノ瀬くん!」



 姫宮のその眩しい笑顔に俺はついドキッとしてしまう。



(やっぱり姫宮は可愛いなぁ)



 老若男女誰もが見惚れる容姿端麗なその姿は、校内はもちろん、校外でもちょっとした噂になっている。

 そんな彼女が自分なんかの恋人だということが、今でも信じられない。

 しかし、彼女と俺の会話はそこで終わってしまった。



(き、気まずい……。昨日あんなことがあったせいでまともに顔も見れない!!)



 どうやら姫宮も同じことを考えているらしかった。

 顔を真っ赤にしながら下を向いて硬直している。



(恥ずかしがってる姫宮も……ありだな!)

 


 そこで俺は腕時計で時間を確認する。

 時刻は八時三十分、そろそろHRホームルームが始まる時間だ。

周りにいた生徒たちの動きもだんだん慌ただしくなってきた。



「と、とりあえず行こうか。そろそろHRが始まっちゃうし」



「そ、そうだね!」



 すると突然、姫宮が俺の手を握ってきた。

 なんの前触れもなくいきなりの出来事だったので、俺はつい手を離してしまう。



「あっ、えーと……」



 俺は驚きすぎてなんて言ったらいいか分からなくなってしまうが、どうやら姫宮は俺以上に驚いている様子だった。



「あっ!ち、違うの。いや、違くはないんだけど……その、ボーッとしてて」



(焦る姫宮もかわい……じゃなくて!)



 ついテンパっている姫宮を温かい目で傍観しようとしてしまうが、すぐに正気を取り戻す。



「いやいや!別に嫌だったわけじゃないんだ。むしろその、なんというか」



「?」



 姫宮が不思議そうな顔で俺を見てきた。目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 そんなにショックだったのだろうか。



(えぇい!覚悟を決めろ、一ノ瀬和也!)



 俺はおもむろに姫宮へ左手を差し出した。

 姫宮は目をパチパチさせて俺の手をジッと見ている。

 



「手、繋ごう。その、俺たちもう……恋人なんだからさ」



「ふぇぇえ?!」



 急に姫宮が変な声を上げた。

 どうやら俺の発言が予想外だったらしい。

 再び顔を赤くして、手足をモジモジさせ始めた。

 そんな姫宮をずっと見ていたい気もするが、できれば早くしてほしい。

 俺は今、現在進行形で死ぬほど恥ずかしい思いをしているのだ。



「えっと、できれば早くしてくれると助かる」



「あ、ごめん!そ、それじゃあ……」



 姫宮はゆっくりと俺の手を握った。

 姫宮の手はとても小さくて、ほんのり温かい。



(こ、これが女の子の……姫宮の手か。すごく柔らかい)



 俺は姫宮の手の感覚をじっくりと堪能する。

 それにしても……手をつないだくらいでこの反応、俺たちちょっと初々しすぎないか?



「あの、一ノ瀬くん。一つ、ううん。二つお願いがあるんだけど……」



「お願い?」



 姫宮の頼みを断るわけはないが、一体なんだろうか。

 そもそも残念な事に姫宮からの頼まれ事を聞けるようなスペックを俺は持ち合わせていないのだが。



「一つ目は……これからは『和也くん』って呼んでもいいかな?」



 なんだ、そんなことか。それくらいおやすい御用だ。

 好きな人から名前で呼ばれるなんて、むしろこちらからお願いしたいくらいだ。



「もちろん。もう恋人同士だしね」



「じゃ、じゃあこれは二つ目なんだけど。わたしのことも名前で呼んでほしいな〜なんて……」



「えっ?!」



 お、俺が姫宮を名前で呼ぶのか?!

 嬉しいような恥ずかしいような……。

 それにいきなり名前呼びなんかして周りから不審に思われたりしないだろうか?



「あ!い、嫌ならいいの!!一つ目のお願いを聞いてくれたんだからそれだけでわたしは……」



「い、嫌じゃないよ!わかった、これからは名前で呼ぶよ。えっと、葉月?」



 名前を呼んで後から恥ずかしくなってきた。

 女子を名前で呼ぶなんて経験、あんまりなかったからな。

 いや、そもそも女子と話す機会自体が……。

……泣いてなんかいないぞ!!



(いきなり呼び捨てはマズかったか?でも苗字の時は呼び捨てだったし……)



いきなり名前を呼び捨てなんてずうずうしいだろうか?

 一瞬そんなことを思ったが、葉月の顔を見た途端、俺の迷いは吹き飛んだ。



「ありがとう、和也くん!」



 そう言った葉月は今までに見た事がないくらい満面の笑みを浮かべていた。


 

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