第2話 ゲームの彼女
教室での一件の後、俺は姫宮を家へ送ってから帰宅した。
姫宮の家は学校と駅の間にあり、俺はその駅で電車の乗り降りを行っている。
「ただいまー」
「カズ兄おっかえり〜……ってうわぁ!なんでそんなにニヤニヤしてんの?!気持ち悪っ……」
出迎えるやいなや俺に罵倒を浴びせてきたのは、妹の
中学三年生で、俺と同じ中高一貫校の清秋学園の生徒である。
生意気で乱暴な雫とは、昔から喧嘩ばかりしている。
これで陸上部の部長を務めているというのだから、世の中よく分からない。
「え、そんな顔してたか?」
「うん、いつにも増してすっごい気持ち悪かった。学校で何かいいことでもあったの?」
まるでいつも気持ち悪いみたいな言い草だったがここはあえてスルーしておく。
この愚妹の口の悪さは今に始まったことじゃない。
いちいち突っかかってたらキリがない。
「なんだなんだ、聞きたいのか?んん?」
「うっざ……いや別にいいよ。興味ないし」
素っ気ない態度でそう言いながら、雫はどこかへ行ってしまった。
なんだよ、つまんないやつだな……。
◆◆◆◆◆◆
夜の十時、俺はいつものようにパソコンを起動してゲームを開始する。
俺が今一番ハマっている大人気のオンラインRPG『ファイナルクエスト』、通称『FQ』だ。
ログインするとギルドのメンバーたちからギルドチャットで挨拶をされた。
ギルドチャット(ギルチャ)というのは同じギルドのメンバーのみ見ることができるメッセージだ。
このギルドはログイン・アウト時の挨拶が義務化されている。人数も多いので、一人がログインする度に挨拶の嵐が巻き起こることになる。
俺もすぐにキーボードで文字を打ち込んだ。
「えーっと……『こんばんは〜』っと」
『カズくんこんばんは♪』
怒涛の挨拶ラッシュの最後に表示されたのはこのギルドのアイドル、『あかりん』からのメッセージだ。
ちなみに『カズくん』というのは俺のことだ。俺の
「お、あかりんはもうログインしてるのか」
あかりんは俺が中三の時にFQではない他のオンラインゲームで出会った女の子で、意気投合した俺たちはそれからずっと仲良くしている。
初めはネカマ(ネットオカマ)の類かと思っていたが、通話をした時は完全に女声だったので、おそらく本物だ。
通話といっても最近流行りのテレビ電話ではなく、ただの音声限定の通話なので、顔を見たわけではない。
それにあかりんはオフ会にも参加しないタイプなので、彼女の素顔を見た者はおそらくいないだろう。
ちなみに彼女は俺と同い年で、住んでいる所も同じ市内らしい。
偶然にしてはできすぎている気がしないでもないが……。
(まぁ楽しくゲームできるなら老若男女だれでもいいんだけどな)
今日はあかりんと一緒にタッグマッチ限定クエストを受ける約束をしている。
したがって今日はあかりんと二人きりだ。
(二人きりって言えば聞こえはいいんだけどなぁ)
所詮はゲーム内の話である。
女の子と一緒にゲームができるだけでも嬉しいが……少しやるせない気持ちになってしまう。
俺はあかりんに個人チャット(コチャ)でメッセージを送った。
コチャはギルチャと違い、特定の個人しか見ることができないようになっている。
『こんばんは、あかりん。例のクエストだけど今からいける?』
『ぜんぜんダイジョーブだよ!あ、でもその前に日間クエスト終わらせてもいいかな?』
「日間クエストか。確かにタッグクエスト終わらせてからは厳しいな」
一日一回限定の日間クエストは、日付が変わる前に終わらせなければならないのだ。
例のクエストの期限は一週間後なので、クエスト中に日付をまたいでも問題はない。
『りょうかい。俺も手伝うよ』
『わーい!カズくんありがと〜』
日間クエスト中、俺はあかりんに今日の出来事を話すことにした。
家族や友達に話すのは少し恥ずかしい気もするが、『親友』であるあかりんにはぜひ話しておこうと思ったのだ。
俺はおもむろにチャットへ文字を打ち込んだ。
『あかりん、実は今日、彼女ができたんだ』
俺は勇気を振り絞ってエンターキーを押す。
しかし、あかりんからの返信がなかなか来ない。
(あれ?いつもならすぐに返してくれるのにな)
ゲームが上手い人はチャットを打つのも早い人が多い。俺も早い方だが、あかりんのチャットを打つ速度は尋常じゃない。
女子高生はメールを打つのが早いとよく言うが、あながち嘘ではないのかもしれない。
「もしかして反応に困ってるのか?」
たしかに長い付き合いとはいえ、いきなり「彼女が出来ました!」なんて言われたら誰でも戸惑うだろう。
しかも相手は(自称)同い年の女の子なのだ。
(悪いことしちゃったな)
送信してから二分ほどたっただろうか。やっとあかりんから返事が送られてきた。
『おぉ〜!おめでもう、カズくん!』
おめでもう……?
あ、『おめでとう』か。
チャットの誤字はよくあることだ。わざわざ指摘するのはマナー違反である。
すると続けてメッセージが送られてきた。
『ごめんカズくん!急用ができちゃった……クエストは明日でもいいかな?』
「ん?あかりんがゲームを切り上げるなんて珍しいな。まぁ急用なら仕方ないか」
『俺は大丈夫だよ。それじゃまた明日』
『ホントにごめんね!』
チャット欄に『あかりんがログアウトしました』という文字が表示される。
するとギルドのメンバーからギルチャでメッセージが送られてきた。
『あれ、あかりんもう落ちたの?』
『珍しいね〜』
そういえばアウト時の挨拶もしてなかったな……。
どうやら相当焦っていたらしい。
「フォローを入れておかないとマズイな」
ギルドのルールを守らない人が追放されるというのはよくある話だ。
厳しいかもしれないが、ある程度名のあるギルドでやっていくためにはルールに従うしかないのだ。
逆に明確なルールがないと勝手な行動をとる人が増えて収拾がつかなくなってしまう。
そうなったが最後、ギルドは破滅だ。
『どうやら急用ができたみたいですよ。日間クエスト切り上げたくらいなんでよっぽど急いでたのかと』
『あかりんが日間サボったの!?』
『どうしたんだろ、心配だな〜』
次々とあかりんを心配する声が上がった。さすがギルドのアイドルだ。
こういう場合は大抵次の日に理由を問いただされることになる。別にルールを破ったからとかそういうわけではなく、単に出会い目的の男性プレイヤーが自分をアピールしたいだけなのだ。
数々のオンラインゲームをこなしてきた俺にはそういうのがよく分かる。
「まぁ、あかりんには逆効果だけどな」
彼女はゲーム以外の目的での他人との関わりをあまり好まない。
その気持ちは分からなくもないが、男性プレイヤー達にとっては無念極まりないだろう。
残念だったな、出会い厨の諸君。
◆◆◆◆◆◆
「彼女、かぁ……」
しかし、あかりは諦める気などさらさらない。
あかりは考えているのだ。どうやったら『親友』が自分を選んでくれるのかを。
「こうなったらもう自分からアプローチしていくしかないみたいね」
あかりはメール画面を開き、キーボードに文字を打ち込み始めた。
宛先 カズくん
件名 デートのお誘い(笑)
本文
今度一緒に遊びに行かない?
ゲームじゃなくてリアルで。
拒否は許されないからね!!
「覚悟していてね、カノジョサン?」
十六歳の少女の個室にしてはあまりに大きな部屋で一人微笑みながら、あかりは送信ボタンを押した。
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