第二十三話
「
連れ帰った
もし体の自由が効いたとしても、そうそう出来るものではないだろうし、むしろそのときはセイが面倒をみる側だろう。
ただその頃本当にセイのことを、自分と何ら変わらない、いち人間であると思えていたのかといえば、恐らくは違う。
誰から聞いて覚えたのか何なのか、拾ったなら拾った人間が面倒をみるべきだと主張していたから、犬猫を拾うのと区別は出来ていなかったのかも分からない。
ただ、自分がきちんと見ていてやらなければならないという責任感は確かなもので、認識の違いによって優劣をつけるべきものではなかった。
セイはまだ子供であるのに、何もかもに疲れた老人と同じ顔をしていて、顔付きだけでいうならば邸に出入りする人間の中で誰より、老け込んでいるようだった――例えば、爺である
そんなセイを気にして、
文字だけでなく、本で得た色々なことを教えて、始めは全てに興味のない顔をしていたセイが、少しずつ変わっていく。
何故手放したのかと、預けるにしても他に良い人間が、良い方法があったのではないのか、あのときの己は何と愚かだったのかという自責の念と、見付け、拾ってくれた
そしてそこには確かに、自らでは成し得なかったことを成してみせる
「それで、セイ青年は
ゆったりと目を瞬く。
「貴女には伺わなくてはならないことがある。それらは恐らく、この事件の、核心に近いところに存在しているだろうと思っています」
「なんで御座いましょう」
問い返す
姿勢を維持することも億劫なのか背筋は少し丸くなって、いっそ老婦人と称したくなるほどだ。
「
言い切れば、ふ、と小さな溜め息が耳へと届いた。
最早、驚くこともしないか――
開きかけた唇が
一瞬だけ見えた
「代替わりしたのは、五年ほど前のことです。あの人が……死にましたので」
そこまで呟いた
反応を窺っているらしいけれども、だからといって
何かを見出そうとすることを諦めたのか、
「蝶を……採集しに出掛けて、山道から滑落したようで。追いかける内に足を滑らせたと……そういう、筋書きであったようです」
セイが邸のおかしさに気付いたのは、
それまでは、自らの心と体のまともさを取り戻すのにかかりきりであったからだろう。
一等初めに気付いたのは、
はしゃぎ過ぎてしまったと
それで納得するほど素直な性格ではなかったことが、セイを苦悩へと
育った環境のせいなのか、セイは人をよく見ている。
「セイは……あの子は……何か証拠になるようなものを見つけたわけでもないのに、
セイは、
過去、助けて貰った恩を今ここでと、未だ子供であるのに、セイは思っていたらしかった。
それを
何せ、困るのだ、あまり深入りされては。
真実に辿り着かれては、困る。
暴かれては、困る。
せっかく、
「全てがお前の思い過ごしだと、言い聞かせました。そのときは納得したような顔をして……けれどあの子は、よりによって、あの人に……ッ」
愚直にもセイは
慌てて諌めようと、なんとか誤魔化せはしないかと焦る
そして、片方の眉だけを上げ、不愉快そうに言ったのだ――私のものを私が好きにして何が悪いのか、と。
真っ青になっている
もう駄目だと、
「セイは、次の日から蝶のことを急に学び始めました」
「それは」
「あの人へ、取り入るために。人嫌いであっても、語らえる相手がいることは、中々に面白いと思ったようで。段々とあの人も気を良くし、セイを呼び付けては蝶の話をしながら、酒を飲みました。採集へも時たま連れて行くようになって……それで、あの人は……いつものようにセイを供に採集へ出て……死んだのです」
「今や幻のウスバキアゲハ……それを追いかけて滑落したと、セイは言いました。にたりと唇の片方だけ、引き上げて」
「そのとき
返されたのは頷きがひとつ。
その口元は、自らがつい数秒前に語ったセイのように、片方だけが引き上げられている。
そういう筋書き――
つまりは仕組まれたことだったのだろう。
他ならぬ、セイによって。
正確な手段は、今ここでは単に想像することしか出来ないけれども、
「あの人が死に、子……ということになっている、
なるほどと
無意識にか漏らされた溜め息は、陰鬱な湿気を室内へもたらす。
「貴女は、何を詛いましたか」
「私は……私は……私の血を、詛いました」
「……それは、何故」
「恨まれるように」
一瞬だけ煌めいて見えた落ち窪んだ眼から伝わってくるのは、あまりに強い意志だ。
「私を恨み、家を恨み……まるでこの世の地獄であると思うように」
言葉とは釣り合わない、あまりに穏やかな笑みを
作られたものでなく心の底から溢れ出たそれは、異質で、異様で、何より哀れに思えて仕方がない。
「貴女は……
「あんな家など、なくなってしまえば良いのです」
穏やかな笑みを脳裏に留めるかのように、ゆったりと目を瞬く。
足掻いて、足掻いて、足掻いて――結局、
守るため創り上げたはずの繭を、子供達は破ることもないまま、膿に溺れ、生きながらにして腐っていったのだ。
後を詛兇班副長である
深々とした溜め息と、がしがしと頭を掻きむしる音が
「胸糞悪いったらありゃあしねぇ」
数歩前を行く
勢いのまま廊下の壁を殴り付けようとする拳を、
腕へ走る痺れは、むしろ頭を冷やしてくれるようだと
「思春期の男子ではないのだから、壁に穴を開けようとするのはやめて貰えますか」
「コンクリじゃあさすがに開かねぇよ」
凹むがな、と鼻で笑う
けれども
「あの女の言い分は分かった。分かったが、結局今回の事件は何なんだ。生首になったあの女当主だって、本当は死にたかなかったんだろう。だってのに結局……ああ糞ッ」
一気に吐き出し、ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしる。
気持ちは分かると
ただ、その姿形には寸分の乱れもなく静謐さがあって、端からでは普段通りにしか見えないだろう。
ゆったりと目を瞬く。
そうして、
「
「そりゃあ……そうなるか」
「勿論」
そうして二人はまた、廊下を歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます