エピローグ

 数日後のヤコージュ学園――慰霊の庭で、慰霊祭が行われた。

 犠牲となった命すべてに、鎮魂の祈りが捧げられた。

 土蜘蛛と眷属も祀られ、今度はこの学園を守るモノとして取り鎮められる。

 祭儀が終了すると、参加した人々もそれぞれの日常へ戻っていく。

「…………」

 慰霊塔の前に、学園長と一磨かずま、そしてらいらが残った。

岡留おかどめ先生は……」

 岡留美之よしのは犠牲になった退魔士として葬られた。

 鬼に成る宣言をしたのも、鬼に成ったのも、鬼に呪われた末の出来事だったとして片付けられた。学園を、退魔士の名誉を守るための、汚い大人の事情やりかただった。

 真実は違う。岡留はおのれの意志で鬼と成り、学園長が殺した。

「鬼を主人とし、玉石たまいし君たちを罠にはめ、人間を食べた。彼女は自分の意思で人外の者になったのだ。ああするのが、彼女への報いであり、救いだった」

 死ぬことが、救済になることもある。

 あまりに大きな罪の前では、それが唯一の救いであるのかもしれない。

「だが、鬼児おにごになる前に彼女を救う道はなかったのか。私は考えてしまうよ」

 じっと慰霊塔を見つめ、学園長はつぶやいた。

 彼女の闇はいつ生まれたのか。家族を鬼に殺され、退魔士に助けられ、退魔士になって、妖怪を倒して、倒して――果てに、鬼に成った。

「俺の父が、あの人を助けたときから」

 一磨は思う。

「あの人はもう……鬼児だったんです」

 純粋な暴力に魅せられた。

 その時から、彼女の心は鬼となっていた。

「恐ろしいものだな、鬼は」

「はい」

「玉石君は、打ち勝ったのかね?」

 おのれの中の鬼に――。

「いいえ」

 一磨は首を横に振った。

「助けてもらったんです」

 鬼に成るさがではなく。

 仏に成る性を目覚めさせた。

 表裏一体の性を転じさせることができたのは、助けがあったからだ。

「彼女に」

 らいらに視線を向ける。

 彼女もほほえみを返した。

「ははは、やはり君たちはいいコンビになったな」

 学園長はおだやかに笑った。

 学園長のポケットから振動音がした。携帯電話のバイブレーションのようだ。

「失礼」

 電話を取る。

「私だ。ええ、大丈夫です。どうしました?」

 知り合いからの電話らしい。

「付喪神が盗まれた?」

 不穏な単語が聞こえてくる。学園長は二言三言やりとりして、電話を切る。

十口屋とぐちや端山はやまさんは知ってるな」

「はい、介爺さんですね」

 古道具屋「十口屋」の店主からの電話だったようだ。

「あそこのガラス細工のトンボが盗まれたらしい」

「えっ、あの付喪神の!?」

「知ってるなら話が早い。二人に来てほしいそうだ」

「わかりました! 行くぞ、らいら!」

「はい、一磨さん!」

 二人はパッと走り出した。

 学園長は、若い二人の背をいつまでも見つめていた。


 ここは国立退魔士養成高等専門学校ヤコージュ学園。

 三年五組所属、退魔士の資格を有する特待生が二名。

 その名は、玉石一磨。

 その名は、竜野らいら。


 二人の日々は始まったばかり――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

付喪神のオレと神虫のキミ 南紀和沙 @nanayoduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ