23 真実を見る猫

「二人の死亡推定時刻?」

 私は現場に来たお父さんを校舎の陰に呼び、単刀直入に訊ねた。

「そう。それで事件の真相も犯人も全部わかるの。推理通りなら――」

「……鋭利、私は父親としてはおまえを信じている。だが刑事としてはおまえは容疑者だ」

「なら父親として教えて」

 即座に言い切る。一歩も引くつもりはない。

「……おまえもだんだん母さんに似てきたな」

 苦笑する。

 ……そんなにお母さんに似ているのだろうか?

 そこへスフィーが口を挟む。

「うむ。見た目に反して強情で強引な所は特にな」

「――母さんもよくスフィーと一緒に来て推理してくれたよ。いつも的確に真相を言い当てて、事件を解決させてくれたものだ」

 ――そうか、お母さんもスフィーと事件を解決してたんだ。

「――お願い。ユイさんのかたきをうちたいの。これが事件解決に必要な最後の証拠だから――」

「……本当にそれで真相がわかるのか?」

 力強くうなずく。スフィーを信じて。

 ――だがお父さんは迷っている。

「……ひねり」

 スフィーが声をかけてくる。そして次に発せられた言葉。それに驚いて、私は思わずスフィーの方を見そうになった。

 私は何とか平静を装い、その言葉をお父さんに伝える。

「……お父さん。南先輩と五月先輩の死亡推定時刻、逆だったんでしょ?」

 お父さんは表情を変えない。だが私にはわかった。

「やっぱりそうなんだね」

 私に見つめられて、諦めたようにうなずく。

「……ああ、その通りだ」

「――お父さん、みんなを集めて」

 私はスフィーとの打ち合わせ通りそう告げた。

「私がみんなに真相を話すから」

 集める場所と人を伝え、いったん別れる。

 そしてスフィーと二人きりになった瞬間、私はつかみかからんばかりの勢いで訊ねた。

「ねえ、一体どういうこと?」

「どうもこうも、全てが推理通りだったということだ」

「じゃあ、何もかもわかったってこと?」

「うむ。これで真実は白日のもとにさらされた。さあ、犯人と決着をつけるぞ」

「それってもちろん、私が……だよね?」

 急に心配になってくる。

「そうだ。おぬしが犯人の前で暴露せねばならん。これは破呪者にしかできん事だ」

 ……私にできるだろうか。

「まあわらわがすぐそばに付いて助言してやる。そう固くなるな」

「――わかった。それじゃ、真相を教えてくれる?」

 やっとスフィーの推理を聞くことができる。

「ああ、今こそ全てを話そう。しっかり頭に叩きこめよ」

 そしてスフィーは事件の全貌を話し始めた。

 その口から語られる真実。スフィーが言葉をつむぐたび、疑問が氷解して行く。

 間に挟む私の質問にも、スフィーは的確に答えてくれた。

「……それが……真実――」

 すべてを聞き終えた私は、ただ呆然とするばかりだった。

「この推理を犯人に突きつけろ。おぬしの手でカタをつけるのだ」

 私はうなずく。失敗は許されない。

 ――これが最後の戦いだ。犯人であり、依代であり、ユイさんのかたきである者との――。

 私は集合場所に向かう前に、推理の要点を覚え、スフィーと細かく打ち合わせをした。

「……本当に大丈夫かな」

「大丈夫だ。おぬしは意外と神経が太いからな。それに記憶力だけはかなりよいと言っていい」

 ……励ましているのか、けなしているのかわからない。

「それと前にも言ったが、おぬしは追いつめられるとネズミのように力を発揮するからな」

 私は苦笑する。

「――そうだね。窮鼠猫をかむ、って言うもんね」

「ああ。わらわでなく、犯人にかみついてやるがよい」

 なんだかスフィーのおかげで開き直ることができそうだ。

 今日は授業も中止だし、対決の時間はたっぷりある。

 私は集合時間になるまで、これまでの現場を歩いて事件を振り返った。そうすることで全容をしっかりと頭に叩きこむ。

 ……そして始業のベルが鳴る。それが開戦の合図だった。

「よし、それじゃ出陣といこうか!」

 目指すは部室。集合場所は探偵部の本拠地であるそこに指定していた。

 私とスフィーは力強い足取りで決戦の地へと向かった。

「――いよいよだな、ひねり。臆するな」

 扉の前に立つと、スフィーが固い調子で語りかけてきた。

 ……何だか、今となってはスフィーの方が緊張しているようだ。それがかえって私を落ちつかせる。

 その様子を見たスフィーがおかしそうに言う。

「……おぬし、本当に土壇場には強いな」

 私はスフィーに微笑みかけた。もうまな板の上の鯉だ。

 私は扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。

 一斉に集まる視線。

 だがもう動じたりしない。今、私の肩にすべての運命がかかっているのだ。

 私は全員を見渡せる場所にイスを見つけ、そこに腰かけた。そして膝にスフィーを抱く。

 テーブルなどは片付けられ、みんな思い思いの場所に座っていた。ここにいるのはお父さんを除いて、今回の事件に関わった全ての人――すなわち容疑者達。もちろん病院にいる久栖先輩は呼べなかったけど。

 私は一人一人を順番に見渡す。

 ……愛子。いっき。ノリ先輩。シゲ先輩。滝先生。佐和先生。

 その全員に向けて私は言う。

「お集まりいただきありがとうございます。今日来ていただいたのは、今回の事件の真相を――犯人が誰かをお話しするためです」

 室内が驚きと動揺に包まれる。

 それが静まるのを待ち、私はゆっくりと話し始めた。

 ――真実を。

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