24 猫を抱く少女
「そもそも今回災いの種が芽を出したのは、五月先輩殺害計画からでした」
「えっ、それって体育倉庫の事件のこと? でも殺されたのは南さんのほうだったろ?」
ノリ先輩が驚いて訊ねる。さらにシゲ先輩が質問を重ねてきた。
「だいたいそんな殺人の計画なんて誰がたてるんだい? 本当にそんなやついるのか?」
「います。それは南先輩と……裏の男、すなわち犯人です」
みんなの驚きが静まるより早く、シゲ先輩が身を乗り出した。
「おいおい、あの南さんが友達を殺そうとするような動機ってなんだよ」
――まさか『過去視で見たら、妊娠をタテに言い争いをしてました』とは言えない。
「……知りません」
「――って、動機すら知らないのになんで殺人の計画があったなんてわかるんだよ」
「知らなくても推理はできます」
全員が不思議そうな顔をする。
「例えばどこかの店が、夜真っ暗になってから営業していたとします。その店については、もちろん私もみなさんも何一つ知りません」
唐突な私の言葉に、みんな面食らった様子だ。
「ですがその場所に光源があることは、実際その店に行かず、見も知りもしなくても明らかです。これは普通暗闇の中で商売はしないと推理できるからです」
滝先生がうなずく。
「――なるほど。じゃあどうして動機がわからないのに動機があると推理できたんだい?」
「いえ、殺害計画が推理できたからこそ動機が存在するとわかったのです。動機は後付けで探したにすぎません。殺人計画があれば、そこに動機が存在するのは明らかですから」
「まあ確かに動機もなしに人を計画的に殺すことなんてありえないわね」
佐和先生がつぶやく。
「それじゃ、その殺害計画なんて物があった証拠は?」
ノリ先輩の質問に、私は逆に聞き返す。
「……先輩、事件当日に体育倉庫へ呼び出す手紙があったのを覚えていますね?」
それがノリ先輩へのなすりつけの計画であった事をみんなに説明する。
そしてその上で、私は動機となった三角関係について触れた。
――南先輩の『恋人がいる』発言。
――校内や林でのあいびきの痕跡。
――南先輩が五月先輩の恋人を奪い、もめていたという証言。
――ただの一中学生にすぎない五月先輩を殺さなければならないほどの理由を持ちうる人物。
――そして南先輩と共犯関係になるほど親しく、また五月先輩とも殺害の動機ができるほど親しい人物。
「――以上の事から、この事件には二人の愛人であり、いまだ表に姿をあらわしていない『裏の男』が存在するとわかります」
「でもその男はどうして殺害まで計画したんだい? そいつは五月さんとも付きあってたんだろ?」
そう言ったのはシゲ先輩。
「そうです。単に五月先輩と縁を切りたいというだけでは動機が不十分です。おそらく裏の男には相当な弱みがあったと思われます。――すなわち、殺害を計画しなければならないほどの動機が」
――そしてそれは妊娠をタテに脅迫された事だったというわけだ。
私はそこで計画実行についての話に移った。
「殺人の実行役である南先輩は、あの日の早朝、体育倉庫で五月先輩を殺そうと襲いかかります。ところが落ちていたレンガで逆に反撃を受け、返り討ちにあってしまいます」
「なるほど、それで南さんの方が死んでたんだ」
ノリ先輩が納得したようにうなずく。
「動揺した五月先輩は体育倉庫を飛び出し、そこで私と鉢合わせをしました」
私はあの時の五月先輩の姿を思い出す。鬼気迫る表情ではあったけど、今思うとむしろおびえたような感じだった。
「体育倉庫の惨状を見て、私は先生を呼ぼうと職員室へ走ります。そこで廊下を歩いていた滝先生と出会ったのです」
「ああ、そうそう。思えばあの時が始まりだったね」
「私は滝先生を連れて、急いで体育倉庫に向かいました。ところが――」
「死体は消えていた、ってわけね」
佐和先生が後を続ける。
「その死体を運び出したのが誰かもわかったのかしら?」
「わかるはずがありません」
きっぱりと言う私に、佐和先生はとまどった様子を見せる。
「――なぜなら、誰も体育倉庫から死体など運び出していないからです」
騒然となる部室。
しばらくすると、みんな反論しようとする態度を見せたので、私は機先を制して言う。
「――実は、南先輩はレンガの一撃では死んでいなかったのです。これは私が動揺していたため、死亡をしっかり確認しなかったせいで起きた大変な誤認でした」
私は死亡推定時刻のずれをその証拠としてあげ、みんなに頭を下げてわびる。
「ひねりさん、それでは南先輩は……」
愛子の言葉に私はうなずいた。
「そう、自らの足で体育倉庫を出たのです。私が去ってすぐに」
「……ですが、それならなぜ南先輩は姿をあらわさなかったのですか?」
「おそらく、表に出れば殺人未遂で逮捕されてしまうためでしょう。裏の男がそう脅したのかもしれません」
「では、南先輩はその後どうしたのですか?」
「その前に、まずここで逃げた五月先輩の行動を明らかにしておきたいと思います。逃走した先輩には、その後どんな道が残されていたでしょうか?」
一拍おいて私は自答する。
「自首か、自殺か、逃亡です。――ですがこの場合、逃亡の線はないと思われます。なぜなら、逃げるならあんな書き置きを残す必要がないし、また金銭的にも無理があるからです」
スフィーはこのために財政状況を調べさせたのだった。
「となれば、残された道は明らかです。あの後自宅に戻った五月先輩は、深い後悔から書き置きを残すと、また家を出ました。……自首するつもりだったのか、それとも自殺するつもりだったのかはわかりませんが」
だがどちらを選んだにしても、ひとりで悩み苦しみ抜いた末の決断だったろう。
「ところが先輩は、そのどちらもしないうちに殺されてしまいました。それはすなわち、残された二つの行動の前に、犯人側の人間と接触したということになります」
「それって裏の男が五月先輩を探し出して殺したってこと?」
いっきの疑問に私は首を振る。
「いえ、おそらく五月先輩が自ら会いに行ったのでしょう。当日は学校もあったのに、犯人側がその日のうちに、しかも自首や自殺をする前に探し出すのはまず無理だと思われますから。――となれば、犯人側の人間で五月先輩がわざわざ会いに行くのは、元恋人である裏の男しかいません」
「んじゃ、わざわざ自分を殺そうとしてる奴に会いに行ったってこと?――あ、そっか、五月先輩は裏の男が自分を殺そうと計画してるって知らないんだ」
「そう、五月先輩はその男こそが首謀者であるとも知らず、自ら会いに行き――そして殺されました。この時点で南先輩はまだ生きのびていたため、死亡推定時刻が逆になってしまったのです」
私はそこで言葉を切り、みんなが落ちつくのを待った。
「その後、裏の男と南先輩は死体を処分するため林へ行きます。五月先輩が首つり自殺したように偽装して」
そしてあの夜私が聞いた叫び声は――。
「ところが南先輩もそこで裏の男に殺されてしまいます。はじめから始末するつもりでいたのかどうかはわかりませんが」
「ひねりさん、どうして南先輩を殺す必要があったのですか? 口封じ?」
「それもあったかもしれません。ですがおそらく二人は林に来る以前からもめていたと思われます。といっても、林での死体処分を手伝っている事と、後に述べるもう一つの行動から、決定的な仲たがいではなかったと思いますが」
二人がもめていたのも、その『もう一つの行動』から推測した事だ。
「――さて、それでは具体的な犯人側の行動を話す前に、他の殺人に関してまとめておきましょう」
愛子といっきが固くなる。
「そう、まずはユイさん殺しです。ユイさんが殺害された理由……それは怪しい人物に勘付いて直接会いに行ったからです」
「……ひねり、どうしてタダさんの動きまでわかるの?」
「ユイさんが残した言葉からです」
私はユイさんのノートにあった『南、五月の恋人は……』という走り書きに触れる。
「だけど、それだけじゃタダさんが怪しんだ人物まではわからないよね。その先に何を書こうとしたのかさえわかれば――」
「ユイさんはこの先に『犯人の名前』か……『透明人間か?』と書こうとしたのでしょう」
『透明人間?』
数人の声がハモる。
「これも後で説明します。最後に残り一つの殺人――いえ、殺人未遂を片付けてしまいましょう」
もちろん今は病院にいる久栖先輩の件だ。
「久栖先輩もまた、裏の男の正体を知ったため狙われました。最大の疑問は、犯人の方から久栖先輩に電話があったことです」
私は予備知識として久栖先輩の行動と証言をみんなに伝えておいた。
「見られた事を知らないはずの犯人が、なぜ先輩をおびきだしたのか?……この矛盾を解く鍵となる人物こそ南先輩です」
「って、なんで南先輩? ここではなんも関係してないじゃん」
「なぜならあの日久栖先輩は、南先輩も目撃していたからです」
私は先輩が『あいつ』、『あの野郎』と言い分けた点を指摘する。
「でもそんなの証拠にならないんじゃないかい? たとえ生きていたって、姿を隠している南くんが学園にいるのはおかしいし」
滝先生の疑問に私は言う。
「もちろんこれは単なる補強で、根拠は別にあります。あの時南先輩は確かに学園にいました」
言い切った私に、佐和先生は腑に落ちない様子で聞いてくる。
「それじゃ南さんは、久栖くんが犯人を目撃している場面を都合よく目撃し返したってこと?」
「違います。犯人は見られた事に気付いていませんでした。犯人側は見られたのは南先輩だけと思い、そちらの口封じのために電話でおびきだそうとしたのです」
証拠として、先輩が電話の男に対して『おまえも見たぜ』と告げた事実を挙げる。
「おそらく久栖先輩は南先輩を探している途中、偶然走り去る犯人の姿を見かけたのでしょう。しかし犯人にしてみれば、単に殺す動機が強まったに過ぎません。久栖先輩は周到な準備のもと、命を狙われます。ですがその計画は未遂に終わった――と言っておきましょう」
私は祈るように目をつぶり――またゆっくりとひらいて全員を見渡す。
「さて、これで今回の事件には一通り触れました。それによってはっきりしたのは――すべての殺人が一人の手によって行われたという事実です」
ざわめく。
「その者こそ『裏の男』にして……すべての事件の真犯人なのです」
みんな不安げに視線を交わしあう。――犯人の姿を求めて。
「その正体を知る大きな鍵となったのは、私が校内で見た、逃げた人影でした」
「え、人影って、五月先輩?――って、あれ……?」
いっきが不思議そうな顔をする。どうやらおかしな点に気付いたようだ。
「そうです、人影は五月先輩ではありえないのです。五月先輩はもうその時には殺されていたのですから」
「でもあれは五月先輩だってはっきりしてなかったっけ? 眼鏡も落ちてたし」
「それでは、そもそもあの人影が五月先輩だとされた根拠は何だったでしょう?」
「何って、眼鏡と目撃証言が――」
「誰の?」
「誰のって……みんなの――」
「違います。そもそもこの話は、ただ一人の証言と、落ちていた眼鏡のみによって成立していたのです」
そう、いとも簡単にくつがえってしまう事実だけに頼って。
「すなわち、その偽証をした人物――する必要があった人物こそが、この事件の真犯人なのです」
そしてその『犯人』こそ、私達が捜し続けてきた『裏の男』であり――『依代』なのだ。
「では人影が五月先輩だったと証言したただ一人の人物とは誰だったでしょうか?」
私はその人物を見据えた。
「それは滝先生……あなたです」
その言葉に、視線の中心が一斉に私から滝先生に移る。
「先生、なぜこの世に存在しない人を見たのですか?」
その答えが返る前に、私はたたみかける。
「いまさら『見間違いだったかも』とはおっしゃらないでくださいね。本来落ちているはずのないビン底眼鏡まで出てきて、先生の発言を裏付けてくれたわけですからね」
「――あ、そうだよ、ひねり。眼鏡が落ちてたのはどういうこと?」
「眼鏡は誰でも落とせます。それを持ってさえいれば」
そこでみんなも気付いたようだ。
「そう、五月先輩がすでに死んでいた以上、眼鏡が偽装証拠なのは間違いのない事実です。そしてそれは『あの人影を五月先輩という事にしたがっていた人物』しか行いません。さらに言えば、眼鏡を手に入れられるのは『失踪後の五月先輩に接触した人物』のみ。それはつまり――」
「滝先生――すなわち犯人、ということですね」
愛子の言葉にうなずく。
「ではなぜそんな嘘をつかなければならなかったのでしょうか?……それはあの人影が南先輩だったからです」
そうまでして正体を隠す必要のある人物は、当然他にはいない。
「南先輩が生きていると知られてはまずい滝先生は、いもしない五月先輩が目の前の校舎に逃げこんだと嘘をついて私を誘導し、時間をかせぎます」
おかげで私は、五月先輩が消えたのだと思いこんでしまった。
「その隙に、滝先生は急いで南先輩と接触します。――おそらく会ったのは駐車場の自分の車の中でしょう」
なぜならその時久栖先輩が駐車場へ向かって走る先生の後ろ姿を見ているからだ。
「先生はあの後ずっと校舎の外で見張っていたと証言しましたが……そこを通って逃げたノリ先輩は誰にも会わなかったそうですよ?」
「あ――うん、間違いなくあそこの校舎周辺には誰もいなかったよ」
私はうなずいて話を続ける。
「それでは南先輩は、どうして見つかる危険をおかしてまで学園にきたのでしょうか? 特に犯人側にアクシデントがあったとも思えないのに」
「――確かに見つかる可能性が高いのに、南先輩がわざわざ出向いてくるのは変ですわね」
「そう、そこから二人の間に何か問題があった事が推測できます。会いに来なければならないほどのもめごとが。……あるいはその行動から考えると、南先輩は自首を望んで滝先生と対立していたのかもしれません」
単なる推測に過ぎないが、先生の帰りを待てばいいのにわざわざ出歩いて学園まで来るなど、見つかる覚悟があったとしか思えない。
「……そういえばひねり、さっきの透明人間ってどういうこと?」
「心理的透明人間ということです。なぜよくあいびきをしていながら、これまで裏の男だけ一度も目撃されなかったか? それは男が放課後よく残っていても不自然でない人物――すなわち教師だったからです。開きっぱなしになっていた教師一覧から考えても、ユイさんはそこに気付いたのでしょう」
たまたま一枚ページがめくれて、佐和先生の所が開いてしまっていたが。
「そっか……南先輩と五月先輩の方はさんざん目撃されてたんだからね」
私への脅迫状をカバンに入れるのも『透明人間』ならば簡単だ。
「さらに久栖先輩の件もあります。なぜ先輩は走り去る後ろ姿だけで誰だか判別できたのでしょうか? 普通なら候補が多すぎて、よほど特殊な髪型か体型でないと判別不能ですよね――もし目撃した人が学生服だったなら」
「あ――」
いっきが声をあげる。
「そう、これも裏の男が教師である事を裏付けています。そしてさらなる補強として、犯人は車を持っている可能性が高い事が上げられます。死体や人の運搬等、これだけの行動をして目撃されていないんですからね」
言い終えた私が滝先生を見つめると、再び変わるみんなの視線の先。
先生は青い顔をしてうなだれ、力なく首をふった。
「……その通りだ。全部僕がやったんだ」
騒然となる部室。
「では話していただけますね――すべてを」
「……始まりは五月くんが、復縁を断れば妊娠したとバラすと言ってきた事だった。それで体育倉庫に呼び出して殺そうとした。――ところが僕の車に逃げ隠れていた梓から失敗したって聞かされて……その上、日根野くんに警察を呼ばれて、あわてて梓を僕の家にかくまったんだ。これでもうおしまいだと思ったけど――」
「ところが死んだのが南先輩という事になった上、五月先輩の方から会いにきてくれた、というわけですね」
「そう。今から自首すると家まできたのを――僕は殺してしまった。やってしまった後で、首つり自殺に偽装して林に捨てればすぐには見つからないだろう、死亡推定時刻も絞殺の痕跡も白骨化すればわからないだろうと考えついて……」
先生は苦しそうに言葉をしぼりだす。
「……でも、梓は実際に死体を見て、自首しようと言った。もともと梓はあまり殺害に乗り気じゃなかったんだ。体育倉庫へも凶器を持って行くよう勧めたのに、使いたがらなかったし……」
「やはりあの時の『消えた人影』は、自首をすすめにきた南先輩だったんですね」
「そうだ。あの時は何とか思いとどまらせたけど――死体を捨てに行った林で、また口論になってね。殺すつもりなんてなかったのに……」
声をふるわせ、両手で頭をかかえる。
「その時から、僕はもう後戻りできなくなってしまった。次は梓と僕の姿を見てしまった久栖くんを呼び出して殺そうとした。そしてついさっきは……」
「……ユイさん、ですね」
「駐車場でいきなり問いただされて動揺してしまって……『僕ではないけど、犯人に心当たりがある。ここだとそいつが来るかもしれないから』とおびきだして――首をしめたんだ」
いまわしいものを見るように、自分の両手を見つめる。
「――最初は人殺しなんて恐ろしくてしょうがなかった。でもだんだん良心が麻痺してきて……自分が自分じゃなくなっていくような……殺人を計画して以来、全てがどんどん悪い方へ行ってしまって……」
そう言って滝先生は嗚咽する。
その時、スフィーが初めて言葉を発した。もちろん私だけにそっと。
「呪いが植えつけた負の感情は、本人や周囲の者を狂わせ、取り返しのつかぬ所まで暴走させる。こやつも呪いの影響さえなければ、道を誤る事もなかったろうにな……」
……結局、先生も呪いの被害者ってことか……。
「――滝先生、署までご同行願えますね」
お父さんが静かに立ち上がる。滝先生はうなずき、うなだれたまま立ち上がった。
「……それと五月さんの件ですが、妊娠したという事実はありませんでしたよ」
みんな驚いてお父さんを見る。だがスフィーだけはそれを予期していたような反応だった。
「……五月先輩、ただ先生とよりを戻したかっただけなんですね……そんな嘘をついてでも」
私の言葉に、滝先生は床に伏して泣きくずれた――。
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