21 明けない夜
……私はスフィーと一緒に、疲れた足取りで家路についた。
またも私が現場に居合わせた事で、警察はますます疑いを強めていた。
取り調べでもかなりしつこく不自然だと強調され、事件への関与を疑われた。――しかも自分の父親に。
もちろん露骨におまえが怪しいとは言わなかったし、表向きは優しかったけど――。
……まあ、それでも今回はいっきと愛子が証人になってくれたのと、呼び出しの電話が男の声だったのでまだマシといえた。
とは言っても、親にまで疑われるのは正直つらい。たとえ仕事だとわかっていても。
しかしそれより心配なのは久栖先輩だ。帰り際に聞いた話では意識不明の重体とのこと。
……せめて先輩だけでも助かってほしい。でなければ何も救いがない。
「……ひねり、そう気を落とすな」
ずっと外で待っていてくれたスフィーが優しく言う。
「解決まであと少しの我慢だ。真実はもう目の前にある」
……本当にそうだろうか?
まさか最悪の結果に向かっているのではないだろうか。
……ふとそんな不安に襲われる。
「とにかく今日はゆっくり休め。明日に備えてな」
明日か……。
私にはそれが遠い事のように思われた。
だが家まではもうすぐだ。とにもかくにも、ようやく休める。
私は最後の力をふりしぼって足を進めた。住み慣れた家が今は安息の地のように思える。
そして遠くにわが家が見えて――。
「……え……?」
思わず立ち止まる。
「……スフィー、あれって私の家だよね……?」
馬鹿な事を聞いてしまう。
だがそれもそのはず、家の前には信じがたいほど大勢の人間がたむろしていた。
私は思わず隠れ、遠目で様子をうかがう。
――持っているテレビカメラからすると、どうやらマスコミの人達らしい。
「おそらく事件の――すなわちおぬしの取材だろうな」
「もう今日の事をかぎつけたの?」
「いや、署の前にマスコミはおらんかったし、警察もこれほど早く発表はすまい。おそらく林で五月と南の死体を発見した件だろう」
まあこのさいどちらであるかは問題ではない。
「ど、どうしよう……」
「ノーコメントで押し通せばよいではないか」
「無理だよ……そもそもあの中に入って行けないし」
困ったな……このままじゃ家にも帰れない。私は立ち往生したままどうしようか考えた。
「うーん……やっぱり今は家に入らない方がいいかな……」
それによく考えると、帰ったら夜になってお父さんと顔をあわせてしまうかもしれない。もっとも、今日も帰ってくるのかわからないんだけど。
……なんだか、急に帰るのが気が重くなってきた。しかし、だからといって野宿するわけにもいかないし……。
「お姉ちゃん……」
後ろから弱々しい声。振り向くとそこには――。
「くりお……」
弟のくりおが大きな荷物を持って立っていた。
「お姉ちゃん、今は帰らないほうがいいよ」
――それは単にもみくちゃにされるというだけの意味ではないだろう。
おそらく、今や私は周りから最有力容疑者――ヘタをすると犯人あつかいされているはずだ。取材もそれなりのものになるのは察しがつく。
「僕も今日は友達の家に泊めてもらうから、お姉ちゃんも誰かに泊めてもらうか、これでどこかに――」
自分のサイフを差し出す。
……小学生の弟に、ここまで心配させてしまうとは……。
「――私はいいの。それよりくりおは大丈夫? 学校だって――」
「大丈夫、なんにもなかったよ」
「ごめんね……私のせいで」
「ううん、謝ることないよ。お姉ちゃんは何も悪いことなんてしてないんだから」
「……くりおは信じてくれるの?」
「うん。――お父さんだってそうだよ」
思わず泣きそうになる。そうか……そうだよね、お父さんだって……。
「――ありがとう、くりお」
「ううん、いつも僕の方が甘えちゃってるから」
照れくさそうに微笑む。
「あとこれ、学校の制服とか」
学校のカバンと大きなバッグを渡してくれる。――ほんとに気がきく子だ。
「洗面用具とかも入ってるから。あの……し、下着とかは――入れられなくて……ご、ごめん。かわりに僕のを入れといたから――あ! もちろん新品の!」
……わが弟ながらかわいい。
「いいの。ありがとう」
ぎゅっと抱きしめる。
「――じゃ、じゃあもう行くよ。お父さんには僕が電話しとくね」
照れたくりおは私の腕から逃れ、あわてて走り去る。
一部始終を見ていたスフィーはため息をついて言った。
「……まったく、栗男のやつはいつまでたっても姉ラブだな」
「そこがかわいいんだよ」
男の子にしては気弱だが、優しくて頭の回転も早い。
「――さて、それじゃ今夜泊まる所を確保しよっか」
くりおのおかげでいくぶん前向きになった私は、近くの公衆電話に向かった。
もちろん急にこんな事を頼める人など限られている。
いっきの家は親兄弟がいるので気兼ねしてしまう。となると、あとは愛子だけが頼りだ。
私は学園の寮に電話して、愛子に取り次いでもらった。さっき警察から解放されたばかりなのに、いきなりこんな電話をするのは気がひけるけど――。
だが愛子は規則で禁止されているにも関わらず、私の頼みをこころよく引き受けてくれた。その上スフィーまで連れてきてもいいという。
「――愛子のやつも太っ腹だな。持つべきものは友というわけか」
「うん、そうだね。……で、スフィー、この中に入ってて」
バッグを開けて地面に置く。
「馬鹿者! わらわを荷物あつかいする気か!」
「だって見つかったらまずいよ。当然ペットは禁止なんだし」
「わらわは高貴なスフィンクスなるぞ。こんな密航者まがいの事ができると思うか」
「でも私と離ればなれになるのはだめだし……」
「かような屈辱に甘んじるわけには行かん。そもそも居候しに行く事すらわらわのプライドにさわるというのに――」
「……どのみち私の家に居候してるじゃない」
「居候ではない。わらわは主にあそこを活動拠点にしておるだけだ。誤解するな」
――ああもう、めんどくさい。
私はスフィーをつまみあげてバッグに押しこんだ。
「こらやめぬか無礼者!」
チャックを閉める。
「――これでよしと」
私はスフィー入りのバッグを持ち学園に向かった。
待ち合わせ場所に着くと、先に来ていた愛子が出迎えてくれた。
私達は人目につかぬようこっそり寮の敷地に忍びこむ。……とはいえ、他の生徒に対してはそれほど隠す必要もないとのこと。
こそこそしていてはかえって目立つので、裏口から寮に入ってからは注目を集めないよう普通に歩く。さいわい私達は誰とすれ違うこともなく部屋に入ることができた。
愛子の部屋は二段ベッドの置かれた二人部屋だが、今はここをひとりで使っていた。
「私の城へようこそ、ひねりさん」
愛子が冗談っぽく言う。
「お世話になります、女王様」
私もうやうやしく頭を下げる。
「ひどいですね、ひねりさんは私をそんな風に見ていたのですか?」
「そ、そういう意味じゃないよ」
……そう答えたが、よく考えればあながち間違った表現でもなかったかもしれない。
と、その時バッグがもぞもぞにゃーにゃーいいだす。
……あ、忘れてた。
私はバッグを開けてスフィー出してやる。
「――馬鹿者! わらわを殺す気か!」
「ごめんごめん」
「あら、スフィーちゃんもいらっしゃい」
スフィーは愛子のひざに乗りながら言う。
「まったく、おぬしも意外と女王様体質だな。わらわは下僕ではないぞ、粗末なあつかいをするな」
――確かに私も悪かったが、スフィーに女王様呼ばわりはされたくない。
「女王様なのはそっちでしょ。いつも高飛車なくせに」
その言葉に愛子がうつむく。
「……すみません。やはりそう思われますか」
あ、しまった! またやっちゃった!
というか、今といい前といいスフィーにハメられてるとしか思えない。
「ご、ごめん! 愛子のことじゃないから! 誤解だよ!」
「いえ、ご指摘のとおりです。どうか気になさらず」
愛子はさらに落ちこんでしまう。
ああ……私が親友からどんどん誤解されて行く。
「そうじゃないの! 今言ったのはスフィーのこと! ひざの上のそれ!」
愛子が顔を上げ、不思議そうに私を見つめる。
う……これはこれでまずい。……だが他にごまかしようもない。
「いや、これがなんか文句がありそうな顔してたから。ほら、なんとなく女王様ぶって澄ましてるでしょ? 生意気な顔付きだし」
「……黙っておればえらい言われようだな」
私は殺気をこめた視線でスフィーを黙らせる。
「……ひねりさん、スフィーちゃんの考えたことがわかるんですか?」
「――え、いや、まあ、なんとなく……」
まさか猫と会話してますとは言えない。これ以上誤解を広げるのだけは避けなければ。
「そうですよね、長いつきあいですものね」
愛子は納得したように言い、スフィーを優しくなでる。
……わかってもらえたのだろうか?
「ところで、ひねりさんはブリーフ派なのですか?」
「え?」
唐突な言葉に面食らう。
愛子の視線を追うと、開いたままのバッグから顔をのぞかせた白いブリーフ。
あ! これ、くりおの――。
「ち、違うの! これは――」
「ご心配なく。他人の趣味に口出しするつもりはありませんから」
私への誤解が止まらない。
「これはくりおのなの! 私が使ってるわけじゃ――」
「心得ております。そういう事にしておきますから」
人差し指を口にあて、『ないしょ』の仕草をする。
「誤解だよ! さっきの発言も含めて、本当に……」
「……ひねり。おぬし、からかわれておるぞ」
言われてよく見ると、愛子は笑いをかみ殺している。
「……愛子?」
「……ごめんなさい、ひねりさん。冗談です。ちゃんとわかっておりますから」
笑いをこらえながら言う。
「そもそもひねりさんが私にあんなことを言うはずがありませんしね」
「ほ、本当にそう思う?」
「スフィーちゃんほどでなくても、私のことも少しはわかってほしいものですね。小学生の頃からのつきあいなんですから」
そっか……愛子なら始めからわかってくれてるよね。
「――でも、ということは愛子は最初からわかってて私をからかってたってこと?」
「はい……すみません。ひねりさんのあわてた顔があまりにもかわいかったものですから」
……愛子にもスフィーにももてあそばれる私。
「……いいよ、私をおもちゃにして気がすむなら。今夜はお世話になるんだし」
さすがに少しすねた言い方になってしまう。
「本当にごめんなさい、今のは私が悪かったです。どうかご機嫌をなおして」
愛子は立ってお茶をいれはじめた。お茶菓子もあらかじめ準備してくれていたようだ。
「ここを自分の家と思ってくださいね。なんでも自由に使っていただいて構いませんから」
「うん、ありがとう。――いきなり押しかけてごめんね。しかも私を泊めるだけでも規則違反なのに、その上スフィーまで……」
「いいんですよ。どうせ規則違反ならいっそ思い切り破ったほうが気持ちがいいですから」
じつに男前だ。
「ひねりさん、食事はお済みですか?」
「大丈夫、今パンを買ってきたから」
「そうですか。あとお風呂は――」
「あ、それはやめとく。さすがにそこまで堂々と出ていくのはまずいし」
もし見つかったら愛子に迷惑がかかってしまう。それだけは絶対に避けなければ。
「そこまで気になさらなくても、寮生のみなさんは何もおっしゃらないと思いますよ。ここだけの話、よくある事らしいですし」
「ううん、やっぱりいいよ。どっちみち部屋からはできるかぎり出ないつもりだったし」
「そうですか……せっかく来ていただいたのに不自由をさせて申し訳ありません」
「とんでもない! すごく助かってるよ。……でもごめんね、事件に巻きこんだ上にこんな面倒までかけて」
「面倒なんて思ったことはありませんよ」
「でも色々迷惑かけちゃったし……」
「水くさいですね。それも全部私の意志なのですから、むしろ喜んで受けいれますよ」
……なんだか愛子がうらやましくなる。私もそう思うことができたらいいのに。
それから私達は夕食の時間まで茶飲み話をした。といっても、女子中学生のティータイムにはおよそふさわしくない血なまぐさい事件の話ばかりだったが。
だがスフィーは何やら物思いにふけるばかりで、話に参加しようとはしなかった。いつもなら横からチャチャを入れてきそうなものだが。
やがて愛子が食事に立つと、私はスフィーを元気付けようと声をかけた。
「ねえ、さっきから何を考えてるの? 考えすぎはよくないよ」
「おぬしのように考えなさすぎもよくないがな」
……まだ憎まれ口は健在らしい。心配して損した。
「――で、何を悩んでるの? 犯人のこと? それとも久栖先輩のこと?」
自分で口に出して思い出したが、久栖先輩の容態はどうなっているだろう。
「……先輩、大丈夫かな」
ぽつりと漏らす。
スフィーは何も答えない。それどころか目をあわせようとさえしない。
私が先輩の話をすると何だか気まずそうだ。――その態度でふと思いあたる。
「……スフィー、そういえば今朝公園で久栖先輩の家に電話しようとした時、『手遅れでなければ』って言わなかった?」
無言の肯定。
「……まさか先輩がこうなるのを知ってたの?」
違うと言って欲しかった。
だがスフィーは同じく無言。それはすなわち――。
「スフィー、わかってて先輩を見殺しにしようとしたの!?」
「……真相を解明して呪いを解けば、この未来は消滅する。被害者が死んだ事実もな」
「そういう問題じゃないでしょ! そもそもどうして見捨てる必要があるの?」
「見捨てたわけではない。久栖を助けるのは無理だった。ただそれだけの話だ」
「でも積極的に助けようとはしなかったでしょ?」
「それは否定せん。だがおぬしの身の安全を考えればやむをえなかった。わらわがはっきり教えてしまえば、おぬしはあの林の時のように無謀な行動を取っただろう」
「当然だよ。確実に命を狙われるほど危険なんだったら、体を張ってでも止めたよ」
「それでも犯人に会おうとするあやつを止めることはできんだろう。それを何としてでも助けようとすれば、それこそ一晩中久栖の家の前で張り込んでこっそりあとをつけるなど、かなりの無茶をせねばならん。しかもおぬしまで犯人と対峙する危険を冒してな」
「……スフィー、私ひとりだけ無事ならそれでいいって言うの?」
「極論すればそうなる。目先の一人を助けても、そのせいで解決できずに終われば結局全員の死が確定してしまう。逆に何人殺されようとも、おぬしさえ生き残って呪いを破れば、正しい未来が返ってくるのだ」
――理屈ではわかっていても、そんな簡単に割り切れない。
「……わらわとて正直かなり迷った。おぬしが久栖を説得できればと思っておった。だから電話をするようすすめもしたし、おぬしが学園に行くのも止めなかった。そんなことをしては、結局どちらも危険にさらしてしまうのにな」
スフィーは頭を振る。
「……我ながら一貫性のない話だ。論理的にははっきり答えが出ておるのに――」
「……スフィー、本当は先輩を助けたかったんでしょ? 私のためにそれができなかったんだよね?」
「いや、積極的に助けるつもりがなかったのは事実だ。わらわの目的はあくまでおぬしを護り、呪いを破ること――ただそれだけだ」
「――嘘だよ。だってスフィーはずっと後悔してたから」
「……」
「……ごめんね、スフィーを責める言い方しちゃって。よく考えたら、責められるべきなのは私の方だったのにね……」
自分の無神経さが本当に嫌になる。スフィーは私を護るためにそんな嫌な役目を引き受けてくれたというのに。
「――久栖先輩が裏の男に会いに行けば危険なことくらい私にもわかってた。なのに、私は根拠もなく楽観的な解釈をして、結局何もできなかった――ううん、何もしなかった。スフィーと違って推理することさえ」
そのせいでスフィーにだけ責任と後悔を押しつけてしまった。
「……スフィーが無理して明るく振るまってたのに、私は今頃になってそれに気付いてるぐらいだもんね。考えなしにもほどがあるよ」
うつむいてひざの上でこぶしをにぎりしめる。
「あれだけ強いスフィーが、ずっと悩んで苦しんでたのに……」
「わらわは強くなどない。なにしろ一度選んだ道を、正しいとわかっていながら進みきることができなかったのだからな」
「――ごめんね、スフィー。私のせいで思った道を進ませてあげられなくて」
「何を言う、わらわはいつも自分の意志で道を歩いておるぞ。引き返すことも含めてな」
「だけど、これからは後悔するような道は進まなくていいよ。たとえそれが正しい道でも、ね」
スフィーは不思議そうに私を見る。
「……あやつと同じことを言うのだな」
「あやつって?」
「――香だ」
え――お母さんも同じことを……?
「ということはスフィー、お母さんといた頃から損な役回りを引き受けてたってことなんだね」
「そんなことは問題ではない。わらわには果たすべき大事な役目がある……ただそれだけの事だ」
自分の事を一番に考えられないなんてつらい立場だ。
「――ねえ、これからは誰も見捨てないようにしようよ。私達で助けられる人は全員助けた上で事件を解決しよう」
「……確かに、そうできたらいいな……」
「じゃあ……」
「だが理想を追って破滅に向かわせるわけには行かん。わらわの立場を考えたらな」
「でも愛子やいっき、必要なら家族まで見捨てなきゃいけないなんて、そんなのいやだよ。――ううん、私には絶対無理」
「わかっておる。おぬしがわらわと同じ立場を取る必要はない」
「お母さんだってそんな選択はしなかったでしょ? だからスフィーも――」
「ああ、その通りだ。香もそうはしなかった」
「だったら、ね? それがお母さんの願いでもあるはずだよ」
「……まったく、おぬしらは親子して……」
そう言ったまま黙りこむ。
「……やはり、約束はできん。たとえ誰に恨まれることになっても――悪役になったとしても」
「そっか……」
仕方なくうなずく。
「――いいのか?」
「うん。たった今自分で、スフィーが後悔するような道は進まなくていいって言ったから」
「……すまん」
「謝らなくていいよ。一番つらいのはスフィーなんだから。それに呪いによる被害を出さないようにするには、その方法が一番いいこともわかってるから」
単に私にその道を選ぶ強さがないだけだ。
「……もしこのまま呪いが広まってしまえば、甚大な被害を及ぼしてしまう。それだけは何としても避けねばならん。どんなになじられようとも、わらわには絶対に呪いを封じる義務があるのだ。――守護者スフィンクスとしてな」
スフィーの強い意志をうらやましく思う。私にはスフィーや愛子のような強さはない……いやいや、そんなことじゃだめだ。私だって負けないくらい強くならないと。
「スフィー、あんまり自分を責めないでね。久栖先輩だって死んだわけじゃないんだし、助かるって信じよう。その可能性が生まれたのは、スフィーのおかげなんだよ」
あの時スフィーが電話するように言ってくれて、みんなで学園に行ったからこそ犯人はとどめをささずに逃げたのだ。
「わらわが果たすべき役目を考えたら、ほめられた行動ではないがな」
「なら、私がほめてあげるよ。ほら、いいこいいこ」
頭をなでなでする。
「――こら、よさぬか」
照れくさそうに逃げ出す。
「あはは、それじゃ私達も食事にしよっか」
私とスフィーは、わずかな食事をとって明日に備えた。うまくいけば明日中には解決できるらしい。まだ詳しい話は教えてくれなかったけど。
……だがやはり不安はつきまとう。いくら強がってみたところで。
……本当にこの悪夢に終わりがくるのだろうか。なんだか信じられない。私自身がまったく真相に近付いてないせいもあるけど――。
そうこうするうちに愛子が食堂から帰ってきた。私は無理に明るく振るまったが、不安はどうしてもぬぐえなかった。
……そして窓の外は闇に染まる。
私と愛子は就寝の準備を始めた。愛子は二段ベッドの上、私とスフィーは下。
愛子の提案で私達は早めにベッドに入った。その頃にはもう私のカラ元気も尽きていた。愛子はそれを察してくれたのだろう。
「……愛子、本当にありがとう」
上で寝ている愛子に向けてつぶやく。
「――お礼を言うのは私のほうです。今までさみしかったので、にぎやかでうれしいですよ」
そういえば愛子のお父さんはずっと海外にいるため、一緒に暮らすことができなかった。母親ももうなくしているので、小学校の時は親戚の家に預けられていた。
「そっか……さみしかったよね」
親戚もいい人ではあったけど、やはりさみしい生活だったみたいだし。
「ふふ、そうですね。ですからずっと一緒に住んでくださいますか? このまま結婚してもいいですよ」
け、結婚!?
「そ、それはちょっと……」
「……ひどいです。即答なんて」
「いや、そうじゃなくて……愛子のことは好きだけど……」
「そんなかわいいことをおっしゃると襲いますよ」
……愛子にはからかわれてばかりだ。こうなると私も少し仕返ししたくなる。
「いいよ、結婚しても。愛子が犯人を言い当ててくれたらね」
「……いいですよ。教えてさしあげましょうか?」
え……愛子、犯人がわかってるの?
「犯人って――誰?」
そう問うと、愛子は闇の中ゆっくりとベッドから下りてきた。そして寝ている私に顔を近付け、耳元でささやく。
「――私です」
な――!?
予想外の言葉に驚いたが――。
「……ううん、そんなわけないよ」
「どうしてですか?」
「信じてるから」
「……ありがとうございます」
そう言ってほっぺを優しくなでてくる。
「私もひねりさんを信じていますよ」
「――きゃっ!」
耳に息を吹きかけられた。
「ふふ、おやすみなさい」
……もう。
やっぱり愛子にはかなわない。
「……あまりいちゃつかれては目の毒なのだがな」
そういえばすぐ横にスフィーがいたんだった。私はなんだか恥ずかしくなり、頭から布団をかぶった。
そのまま寝ようとしたが……なかなか眠れない。体は疲れきっているし、ここのところずっと睡眠不足のはずなのに。
……いったい何時間たっただろう。ふと、また不安が襲ってくる。
――もう被害者は出ないだろうか?
――このまま私が犯人にされてしまわないだろうか?
――そもそも……私が殺されてしまわないだろうか?
それらの雑念を振り払うのにかなり苦労する。
……まだ夜は明けないのだろうか。
この長い夜はいつまで続くんだろう。
私はかたく目をつぶる。
この夜が――呪いによって狂ってしまった暗い夜が、もうすぐ明けると信じて。
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