20 死はすぐ隣に
私達は日曜日で人のいない学園に忍びこんだ。今日はいっきと愛子も一緒だ。ユイさんは公園からいなくなっていたので連絡がつかなかった。
みんなを呼んだのはスフィーの強いすすめだった。危険とは思ったけど、早く先輩を見つけないといけない以上、広い学園内を捜すには人手が必要だ。スフィンクスの涙も呪いの強さ次第で反応してくれるかわからないっていうし。
「……やはり鍵がかかっていますね」
私達は手近な校舎を調べたが、窓も含めてすべて施錠されていた。
「まあ、そりゃそっか。それにどこから調べよっか?」
確かに学園中をあてずっぽうに捜すんじゃ大変だ。
「――ひねり、スフィンクスの涙が少し反応しておるようだぞ」
私は胸元をのぞいてみた。ハンカチで巻いてあるが、光は隙間から確認できる。
……あ、弱く光ってる。
「二人とも、ちょっと待ってて」
私はダッシュで先まで進んでみて、もう一度スフィンクスの涙を見た。
……こっちだ、光が強くなってる。
「いっき、愛子、こっちこっち!」
遠くにいる二人に向かって叫ぶ。だがこっちに駆け寄ってきたいっきは開口一番――。
「――ひねり、最近ヘンだよ」
ヘ、ヘン?
「突然走り出したり、自分の胸をのぞきこんだり」
「それにひとりごとも多いですね」
それは単にスフィーとやりとりしてたからだ。
「悩みがあるなら、あたしが相談にのるよ!」
いっきが胸をたたく。……とうとう友人からまで変人あつかいされてしまった。この短い間で私の評判はガタ落ちだ。
「だ、大丈夫、なんでもないから!」
これ以上突っこまれないよう、私は先を急ぐ。
「――ところでひねり、どこに向かってるの?」
……自分でもわからない。
そのまま早足で進んでいると、愛子が口を開いた。
「確かこちらは……」
「ん? どったの?」
「この先に窓の鍵が壊れた校舎がありました。ひねりさんはそこだと推理したのですか?」
言われてみればその可能性は高い気がする。反応もそっちに行くほど強くなってるし。
「そっか、そういえば裏の男も久栖先輩もそこしか入れないもんね。さっすがひねり!」
「――そうそう、そこが一番怪しいかなって」
私はありがたく愛子の推理に乗っからせてもらう。理由なく場所を当てては不自然だ。
「……何が『そうそう』だ、馬鹿者。他人に先に推理されて恥ずかしくないのか」
スフィーの言葉は無視してその校舎へ急ぐ。
……光の強さからして、やっぱりここみたいだ。
「確か壊れていたのは校舎裏の窓です」
私達は愛子を先頭に裏へ回る。
「――ん、ひねり、上を見ろ」
スフィーの声に上を見ると、そこには――。
「――誰……?」
窓から顔をのぞかせる人。ほぼ真上なので一瞬認識できなかったが……あれは久栖先輩だ。三階の窓から顔を出している。
「おい、おまえら何して――」
久栖先輩が話しかけてきた瞬間、その後ろに黒い影がさす。
「――!」
私が声を出す間もなかった。
激しい音が響く。――先輩の頭に大きなかたまりが直撃した。それによって一瞬減速した黒いかたまりは、ゆっくりと下に――。
「――避けて!」
私達は一斉にその場から飛びのいた。
かたまりが地面に叩きつけられるものすごい音。落ちてみると想像をはるかに超えた速度だった。
落ちてきたのはケースに入っていたバイオリン……いや、これは相当大きい。チェロとかいう物だろうか?
そうだ、それより先輩は……。
見上げると開いたままの窓。そこに先輩の姿はない。
「――先輩! 久栖先輩! 大丈夫ですか!?」
呼びかけるが返事はない。
「……教室内に倒れこんだようだな」
スフィーがつぶやく。
「いっき、愛子、早く上に行こう!」
鍵の壊れた窓はすぐ近く、校舎の一番端にあった。私は開けっぱなしになっていたその窓から入ろうとした。
「待て! 中に犯人がおるぞ!」
「え……」
「あんな物が自然に、しかも屋上から落ちてくるはずなかろう!」
じゃあ、裏の男が先輩を狙って――?
「ねえみんな、これを落とした人って見た?」
二人だけでなくスフィーにも向けて訊ねる。だが全員見ていないとのこと。
私は少し迷ってから、やはり中に入ろうとした。
「よせ、入るな! 警察を呼んでこい!」
でも久栖先輩が……。私は目でスフィーに訴える。
「わらわがひとりで行く! 救急車も一緒に呼んでおけ!」
うなずいて二人を見ると、愛子は私が言い出すより早く警察と救急車を呼び行くと言った。通報は愛子に任せ、私達はここに残る。
「あ、すーにゃん!」
だがスフィーが飛びこむのを見たいっきは、いきなり振り向いて言った。
「ひねり、あたしたちも行くよ!」
「えっ!? ちょっ……」
暴走したいっきが、窓を乗り越えて中に突入する。
「――だめだよ、いっき!」
「猫に遅れをとってなるものか! 犯人逃がすまじ!」
……こうなったらもう止められない。私もあわててよじ登ってあとを追う。
廊下に飛び出すと、スフィーが呆然といっきを見送っていた。
「――馬鹿者! なぜ入ってきた!」
「だっていっきが――」
「ああいう野獣はきちんと管理しておかぬか!」
いっきは近くの階段の所で振り返り、こちらに向かって叫んだ。
「ひねりはここを登って! あたしは奥の階段から行くから!」
そう言って廊下を爆走する。私が止める暇もない。
「――仕方ない、行くぞ!」
私とスフィーは階段を駆け上がり三階に向かった。
屋上への階段はこちら側にはなく、いっきの向かった側にしかない。
私達はまず久栖先輩のいた教室を目指した。
えっと――たしか先輩が顔を出していた教室は、こっち側にからすぐの所だったはずだ。
「――あそこだ、ひねり」
駆けつけた私達は開いたままの扉から教室をのぞいた。そこには倒れている久栖先輩。
「先輩!」
私はあわてて走り寄った――が、そこで窓ガラスに張られた紙に目を引かれた。そこに書いてあったのは――。
『この下で待っている』
「……なんだろ、これ」
「――なるほど、これで窓から頭を出させたというわけか」
そうか、先輩が下をのぞいた所へあれを屋上から落とせば……。
……おっと、それより――。
「先輩!――先輩!」
私はしゃがんで声をかける。しかし反応はない。
私は先輩の心臓に耳を当てた。
……よかった、心臓は動いている。
続いて口元に手をかざす。
……呼吸もある。
だが意識は全くない。体をゆすって呼びかけてみたい所だが、頭を打っている以上動かすわけにはいかない。
――それにしても、久栖先輩がまだ生きているのにとどめを刺さずに逃げたということは、犯人は突然現れた私達を見てかなりあせっているようだ。あるいは頭に直撃したので安心したか――。
「おいひねり、後は救急隊員にまかせろ。いっきの方が心配だ、行くぞ」
そういえばいっきがまだ来ない。まさかひとりで屋上に行ったのだろうか?
私達は廊下を奥に進み、屋上へと向かった。途中の教室には誰も潜んでいなかった。
「――ひねり、まずわらわが行く。ここで待っておれ」
入口の前に来ると、少し開いていた扉からスフィーがするりと屋上に出た。
「……大丈夫だ、いっきがおるだけだ」
返ってきたその声に、私は安心して扉を開ける。そして一歩外に出た瞬間――。
「とりゃあっ!」
横からいきなり体当たりをくらってすっころぶ。
な――いっき!?
「……あれ? ひねり? ご、ごめん!」
「あいたたた……いきなり何?」
「ごめんごめん。突然ドアが開いたもんだから、てっきり犯人が戻ってきたと思って」
……スフィーが来たんだから、私とわかりそうなものだ。
「だって無言で入ってくるんだもん。びっくりしちゃって」
まあ私も声をかけなかったし、実際犯人だった場合を考えたらしょうがないか。
「あたしがここに来た時にはもう犯人はいなかったよ。階段の途中でも会わなかったし、ひねりの方へ逃げたんだと思ったけど……」
「ううん、私の方にも誰も来なかったよ」
「え? じゃあここから飛びおりたとか?」
それはないと思うけど……。
――でも本当にまた消えてしまったのだろうか? 私は助けを求めるようにスフィーを見る。
「今回のケースではたくさん抜け道があるではないか。不思議でも何でもない」
え……抜け道なんてどこに?
「わらわたちが屋上に来るまでにはかなり間があった。例えば二階であれば簡単に隠れられただろうな」
――そうか、そこで私達をやり過ごしてから一階に下りれば――。
「だがその可能性はそれほど高くないだろう。わらわたちが二階から順に調べんとも限らんしな。これは他に手がなく、とっさにやらざるを得ない状況においてのやり方だ」
「今回はとっさじゃなかったの?」
私は思わず口に出す。
「ん? なにが?」
いっきが不思議そうな顔をする。
「うむ、犯人はあらかじめ計画と準備をしておったな。おそらく逃走経路もな」
スフィーはかまわず答えるが、私はあわてていっきをごまかそうとする。
「えっと――私達に追われた犯人は、とっさにどんな行動をとるかなーって」
「そっか……。でも、どったの? さっきからずっとすーにゃんと見つめあってるけど」
「み、見つめあってないよ、ただ推理してただけ!」
「推理をしたのはわらわだけだろう。――とりあえず三階に戻るぞ」
私はいっきをうながして三階に向かった。階段を下りながらスフィーが説明を続ける。
「久栖を狙ったあの殺害方法は確実とは言えん。ここまで準備したのなら、万が一しとめそこなった場合や誰かに見つかった時の事も考えておったはずだ」
ここまで準備って……犯人はとっさに先輩を殺そうと思いついたんじゃないのだろうか。
――あ、そうか、落ちてきた楽器は屋上に運んでおかなきゃいけないし、それに張り紙の用意もある。その上で久栖先輩を電話であの教室に呼び寄せたのだ。
「――となれば、犯人はどこに逃げ道を用意する?」
……そんなのわかるわけがない。そう思った時、私達は階段を下りきった。
「答えは――ここだ」
あごをしゃくる。その先には渡り廊下の扉。
「屋上から一番近く、もし
でも扉や窓は全部施錠されて――。
その考えを見透かしたらしくスフィーが言った。
「鍵はあらかじめ盗むか合鍵を作っておけばよい。いつもこの学園におるのなら簡単な事だ」
私はためしに扉に手をかけた。
「あ――」
……開いた。あっさりと。
「あれれ、どうして鍵がかかってないの?」
驚くいっきに、私はスフィーの推理を手短に説明した。
「ひねりすごい! すーにゃんとラブラブなわけじゃなくて、本当に推理してたんだ!」
……これからはあんまりスフィーを見つめないようにしよう。
「犯人はここから逃げたんだね! よし、追跡再開!」
いっきがまた駆け出す。
「――おい、あやつに単独行動させるな!」
そ、そんなこと言われても……。
私はあわてていっきを追う。そして隣の校舎に入ってすぐの所でなんとかしがみついた。
「ちょ、ちょっと、ひねり! つかまえるのはあたしじゃなくて犯人だよ!」
いや、今はいっきをつかまえておくべきだ。
「ひとりで行動すると危ないよ! あせらないで一緒に行こう! 慎重に!」
階段付近でもみあう私達。
「わかったわかった! 慎重に行くから!」
その言葉を聞いていっきを解放する。
「よし、じゃあ一緒に犯人を捕獲だ!」
だが勇んだいっきは、言ったそばから早足で階段の方へ歩き出す。
「――危ない、止まれ!」
その時、スフィーがいっきの足元にすべりこんで進路をさえぎった。
「わっ! どうしたの、すーにゃん?」
踏みそうになったいっきはあわてて足を上げる。
「――スネアだ」
「スネア?」
「スネオ?」
反復する私と反復しそこなういっき。
「ひねり、スネオがどうかしたの?」
「えっと……」
スフィーに説明を求める。
「スネアとは、足をかけるための罠の事だ」
私はそれをいっきに伝えた。
言われてよく見ると、下り階段の手前に透明な糸のようなものが張ってあった。私はそっとそれに触れてみる。
……どうやら釣り糸か何からしい。
つながっているのは壁際に置かれた消火器。だが触ってみると消火器はびくともしない。接着剤か何かわからないけど、ガチガチに固定されている。
「犯人は消火器と手すりの縦桟に糸を渡して、階段から転落させようと謀ったのだ」
そういえば消火器はいつもはこんな位置になかった。
「――もしかして、犯人はあたしたちまで殺そうとしたの?」
いっきもさすがに緊張した
「これはどちらかといえば久栖を意識して事前に仕掛けておいたのだろう。罠を作る余裕などなかったはずだからな。だが予想外の追跡者に対しても役に立つというわけだ」
その言葉が終わらぬうちに、いっきが口を開く。
「そうだ、すーにゃん、あたしを助けてくれたんだね――」
足元のスフィーを抱き上げる。
「ありがとね! 愛してるよ!」
腕をきつくしめる。
「放せ、わらわは愛してなどおらん! ひねりと違ってそんな趣味などない!」
「――スフィーもいっきを愛してるって」
スフィーがあらぬことを口走ったのでそう伝えておく。
「じゃあソウシソーアイってやつだね!」
それを聞いたいっきは、スフィーに思いきりキスをした。
……もし毛があったなら逆立てていただろう。
「――いっき、そろそろ下に行こう」
さすがに見かねて助け舟を出す。
それでいっきの気持ちが犯人の方に戻り、晴れて自由の身となるスフィー。
私達は糸に足をとられないよう気を付け、階段を下りた。――だがもう犯人には逃げられてしまっているだろう。
一階に下りると、近くの出入口の扉が開いているのが見えた。犯人はそこから出ていったらしい。
私達は外へ出て校舎の周辺をうかがったが、やはりもう誰もいなかった。仕方がないので周囲を見張りながら警察と救急車の到着を待つ。
だがいっきはまだあきらめておらず、少し離れた所で捜索を続けていた。いっきがまた暴走しないよう注意をはらいながら私はスフィーと話をする。
「……おい、まさか電話は裏の男の方から久栖にかけてきたのか?」
スフィーが唐突に訊ねた。
「うん、それが?」
「『それが?』ではない。なぜそれを早く言わん」
「だってどっちがかけたって同じでしょ?」
「同じなものか。とんでもない違いだ」
……どっちにしても結果は変わらないと思うけど。
「そもそも裏の男はなぜ久栖に電話をかけてきた?」
「――自分の姿を見られたから殺すため?」
「そう――ならばなぜ裏の男はそれを知っていた?」
「……え?」
「久栖に姿を見られた事をどうやって知ったのかと聞いておる」
……そういえば久栖先輩は、遠かったうえ相手は一度も振り返らなかったと言っていた。まさか先輩もそんな見間違いはしないだろうし、嘘をつく事でもない。となれば――。
「そりゃ、誰かに聞いて――」
「誰に?」
あ、そうか……。
「うーん……そうだ! 裏の男が何も知らないまま他の用事で久栖先輩に電話して、突然目撃した事を告げられたとか?」
「それは無理があるな。今回の事件は事前に計画し準備せねば間に合わん。凶器の楽器、張り紙、鍵、罠――これらはいきなり電話で知らされてすぐに用意するのは難しいだろう」
……確かに。その全てをやるには、自分が久栖先輩に目撃された事を前もって知っていなければできないだろう。
そうか……裏の男の方から先に電話をかけてきた事実は、それを知っていた証拠になるんだ。
「――だけど久栖先輩は誰にも話さない、自分がカタをつけるって言ってたけど」
その言葉が嘘とは思えない。呼び出しの電話での会話の断片からしても、昨日のうちに裏の男とコンタクトをとったとも思えないし。
「そうだな。では犯人はどうやって知った?」
……先輩が話さない以上、誰もそれを知ることなんてできないはずだ。
「知る方法なんてないと思うけど……でもやっぱり知ってないと不可能だよね。でなきゃ犯人は殺害の準備どころか、呼び出そうとさえ思わなかっただろうし」
知っていないとできなかった。でも知ることはできなかった。
「……どう考えても矛盾してる」
「うむ。その矛盾を解く鍵となる人物は一人しかおらん」
え、そんな人物がいるの?
「ひょっとして、隠れた目撃者がいたとか?」
「確かにその可能性もあるな。だがわらわはそうは思っておらん」
まああの時はもうほとんど人は残ってなかったし、しかもその目撃者が裏の男に報告するような関係である可能性などかなり低いだろう。
「でも、それなら鍵になる人って誰?」
「それは最後の証拠が出たら教えよう」
「最後の証拠? それって――」
が、私の言葉は遠くから聞こえてきた救急車のサイレンのせいでとぎれてしまった。
そして久栖先輩は意識が戻らぬまま病院に運ばれて行った。さいわい息はあるということだが、詳しい容態はわからない。
一方、私達はパトカーで警察へ連行された。三人は別々に取り調べられる事になり、私はひとり取調室へ入る。
そこにいたのは――。
「あ……」
見慣れた男の人。
「……とうとう捜査一課が動いたんだ」
だから早く解決したかったんだけど……。
「……これが仕事でね」
ばつが悪そうに言う。
「いいよ、気にしないで始めて――」
私は無理して微笑みかけた。
「――お父さん」
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