19 推理合戦

 夜が明けて、私は朝一番で警察に出頭するはめになった。全く眠れなかったのでかなりつらい。

 私はもう完全に警察に怪しまれてしまっていた。スフィーに関わる部分は正直に説明できないのでなおさらだ。

 長い聴取が続き、昼前にやっと昼食をとるため解放される。……だが食欲など全くない。

 しかも聴取はこれで終わりではない。今回は前の時と明らかに違う。かなり強く疑われていた。

 ……だがそれも当然だ。中学生があんな真夜中に、なぜか人気のない林に行き、しかもそこで死体を見つけたんだから。

 警察には『昼間の林捜索の際に財布を落とした事に気付いて探しに行った』と説明しておいたが……自分でも苦しい言い訳だと思う。ツッコミどころ満載だ。

 だが私としてはとにかくそう言い張るしかない。嘘である証拠や矛盾が出ないように。

 ……なんだか犯行をごまかす犯人の気分だ。何も悪い事はしてないのに。

「おい、ひねり、ぼろを出さなかっただろうな」

 警察署付近で出迎えたスフィーの言葉が犯罪者気分に拍車をかける。

「……完全に疑われてるよ」

「当たり前だ。だから通報は匿名でしろと言ったのだ」

「でも、それでもし私が現場にいた証拠が出たら、私が犯人と思われるよ」

「今でも犯人と思われておるではないか」

「通報しなかった場合、今と違って言い訳がきかないでしょ」

「今は言い訳がきいておると思っておるのか?」

 言葉に詰まる。

「……仕方ないでしょ、私は善良な市民なんだし。死体を発見したら通報義務があるんだから」

 スフィーはためいきをつく。

「まあこれはこれでよかろう。その言い訳を押し通せるならな」

 私達は家に帰るため歩き始めた。

 その途中、事情聴取の内容を一応話しておこうと、無門台公園に立ち寄った。

 人のいない奥のベンチで報告をすませた後、私はスフィーに事件の整理を持ちかけてみた。林から帰って以降、スフィーは早く寝ろと言うばかりで何も話してくれなかった。気になって余計眠れなくなるのに。

 開き直った私は、結局そのまま一睡もせずに推理を続けたが――。

「どうだ、あれから何か思いついたか?」

 ……どうやらそんなことはお見通しらしい。

 もし人間であれば、かなりニヤついた表情をしていたことだろう。

「さあ、おぬしのおもしろ推理を聞かせてみろ。それとも何一つ思い浮かばなかったか?」

 スフィーの挑発にカチンときた私は、徹夜で考えた推理を披露することにした。

 すごい推理をしてスフィーを驚かせてやる。

 ……だがもちろんそんなすごい推理など思いついていないので、話しながら考えないといけない。私は未来の自分に期待して推理を展開し始めた。

「――まず、五月先輩は自殺ではない、ってことかな」

「うむ、そこは重要な点だな。して、その理由は?」

「女性の悲鳴があったから。首をつるのに悲鳴なんてあげないでしょ? となれば当然、あの時逃げた人――裏の男が殺したことになるよね」

「なぜ逃げたのが裏の男とわかる?」

「もし他の関係の薄い人なら、五月先輩を殺す理由もないし、そもそも一緒に深夜の林に来るはずもないから」

「裏の男が五月と同行して来たと言うのか?」

「うん。協力関係さえあったかも」

「ほう、なぜだ?」

 ここが私の推理で一番の、というか唯一の目玉なので、少しもったいぶって答える。

「――なぜなら、二人は一緒に南先輩の死体を処分しに来たから」

「……ほほう」

 からかってるんだか舌を巻いてるんだかわからない返事。

「状況を考えても他に一緒に来る理由がないし、もちろん偶然遭遇するなんてありえない。となると始めから同行した以外ないよね。南先輩の死体を持って、深夜の林に二人で来る理由なんて――」

「死体の処分くらいしかない、というわけか」

「そう。そして一緒に死体を運んだ以上、二人は協力関係にあるとしか考えられない」

「……なるほど」

「しかも、これなら体育倉庫から南先輩の死体が消えたのは、五月先輩が持ち去ったから、って説明がつくよ」

「では五月は何のためにわざわざ死体を持ち去ったのだ?」

「うーん……証拠隠滅か……事件の隠蔽?」

 確信がないので、どうも頼りない返事になってしまう。

「――まあそれはよしとしよう。だがなぜ五月があそこで殺される事態に発展した?」

「……たぶん何かもめたんだと思うけど……」

 そう、そこがネックだった。

 ――なぜ五月先輩を殺す必要があったのか? それまで協力して死体を運んでいたのに。

 わざわざ五月先輩のために死体を処分するのを手伝ってあげておいて、急に手のひらを返したのはなぜだろう? 普通、殺すような相手なら危険を冒してまで死体遺棄の手助けなどしないだろう。

 ……だめだ、納得のいく説明が思いつかない。

 話してる間にここを推理できればと思ったけど、どうやら未来の私には荷が重かったようだ。

「――ひねり、仮に共謀しておったとしても関係が円満とは限らんぞ」

 それを見かねたのか、スフィーが助け舟を出してくれる。

「え、でも――」

「そもそも裏の男がそこまで協力する理由はなんだ? なぜ別れた女と協力せねばならん? しかも今の恋人を殺されたのだぞ」

 あ、そうか――。

「もともと南先輩とは嫌々つきあってたとか――」

「南とは頻繁にあいびきしておったようだぞ。しかもそれならなぜ体育倉庫の件で呼び出しの手紙の偽装――すなわち五月を殺す計画を手伝った?」

「……南先輩が弱みをにぎって交際をせまったとか」

「それも一つの可能性だな。だがそれならば、やはりなぜ五月を殺す? せっかく脅迫者の南を排除できたというのに」

 うーん、そっか……。

「――あ、だったら逆に、裏の男の弱みをにぎってたのは五月先輩の方……とか?」

「うむ、それならありうるだろうな」

 と、そこで私は過去視で見たことを思い出す。

「そうだ、妊娠――! その弱みを利用して、南先輩の死体の処分も手伝わせた……」

「やっと思い出したか。だとすると、男は脅迫者である五月を始末するつもりで林に来たのか?」

「そうかもしれない。裏の男は、弱みをバラされないように口封じを――あるいは、恋人の南先輩を殺された事を恨んでたのかも。もともと男に共謀する気なんてなくて、よりを戻したように演技しただけで――」

「そのじつ、殺す機会をうかがっていたということだな」

「うん。……どうかな、この推理」

「うむ、なかなか面白い。徹夜の成果を見せてもらったぞ」

「いや、面白いかどうかじゃなくて……」

「ああ、もちろん感心した。ひねりのくせになかなかよく考えたものだ。アホだアホだと思っておったが、少しだけ見直したぞ」

 ……感心してるように見せかけてバカにしてるとしか思えない。

「いや、掛け値なくおぬしはよく考えた。しかし今の推理においては、色々とおかしな点を見逃してしまっておる」

「おかしな点って……どこ?」

「自分の推理だろう。自分で見つけて修正しろ」

「……スフィー、結局ひっかき回して面白がってただけでしょ」

「人聞きの悪い事を言うな。まあ面白かったのは事実だがな」

 ……こうなると、今までのスフィーの助け舟も泥舟に思えてくる。

「ひどいよ……真剣に考えたのにからかうなんて……」

「からかってなどおらん、ほんの少ししかな。むしろおぬしが今後自分で推理できるようになって欲しいという親心だ」

 ……どう見てもいたずら心しか感じられなかったけど。

「実際おぬしの推理は仮定としてはなかなかよい所をついておった。その調子であらゆる可能性を考えて行けば、真相にたどりつけるかもしれん」

「――スフィーはもう真相にたどりついてるの?」

「あと少しだな。真実は確実に近づいておる」

 ……ずるい言い方だ。

「じゃあ真相に近いスフィーなら、もっとすごい推理ができるよね。私のを聞かせたんだから、スフィーのも聞かせてよ」

「何を言う、情報の価値が全く違うではないか。確実で有用な情報と、不確実で無用な情報が等価で手に入ると思うか?」

 い、言わせておけば……。

「――こうなったら、絶対スフィーより先に真相にたどりついてみせるから」

 意地になった私はスフィーに宣戦布告する。

「ほう、それは頼もしいな。だが林の件の実像すら見えぬ有り様で、わらわを出し抜く事ができるかな?」

「……スフィーにはもう見えてるの?」

「うむ。まだ推測の段階だがな」

「――で、どんな推測?」

「おい、いきなり降伏する気か」

 違う。これはあくまで相手の手の内を探る作戦の一つだ。

「まあそれはそれとして、参考までに聞かせてよ。スフィーはどう思うの?」

「『思う』のではなく推理をしろ。少なくとも、充分ありうる推測をな」

「どんなのが『充分ありうる推測』なの? 具体例を出してよ」

「……仕方ないな。では一つだけだぞ」

 スフィーは少し考えるそぶりを見せてから話し始めた。

「――おそらく林で逃げたのは、あの日久栖が目撃したのと同一人物だ。そしてそれが正しいなら、その者こそ『裏の男』であり、『依代』であり、全ての黒幕だ」

「え……どうして同一人物ってわかったの?」

「考えたからに決まっておろう。『思う』のでなくな」

「その『どう考えたか』を教えてよ」

「過程は自分で導け。それを話すのは確証が出てからだ」

「じゃあヒント」

「それが人に物を頼む態度か?」

 スフィーは人じゃないでしょ。

「……お願いします、教えてください」

 だが私は頭を下げる。……これもあくまで作戦だ。

「――南の死体があったからだ」

「え、それがヒント?」

「後はおぬしが考えろ。大見得をきったのだからな」

 ……南先輩の死体に何か秘密があるのだろうか?

 考えてみたけどさっぱりわからない。

「まあ、今はまず容疑者の証言の裏付けが必要だ。それがない限り、わらわの推理はあくまで推測の域を出ん。だがすべてが正しいとわかれば、あとは証拠が出るのを待つだけだ」

「証拠なんて待ってて出てくるの?」

「うむ、今回は出てくるのだ。……だが待たずに出てくるのが望ましいがな」

 ……意味がわからないことばかりだ。スフィーは何を考えているんだろう?

「では早速久栖の話が正確か確認しろ。あやつの家に電話するのだ」

 その言葉の最後にぽつりと、『手遅れでなければな』と付け足す。

 ……そういえば先輩は今日、逃げた人を問い詰めに行くんだった。

 それが裏の男で黒幕だとしたら……。

 私は嫌な予感がして、あわてて公衆電話に向かおうとした。――が、財布がない。

 あ、そっか……林で財布を落とした事にしたから持ってこなかったんだ。

 なら一度家に戻ってから電話するしかないか――。

 そう思った時、背後に誰か立つ気配。振り返る間もなく――。

「動くな」

 押し殺した声。同時に背中に何かが当てられる。

 なっ……なに?

 私は硬直したまま、隣にいるスフィーに目で助けを求めた。

「――ひねり、命令に従った方がいい。死にたくなければな」

 一気に血の気が引く。もしかして裏の男なのだろうか?

 助けを求めようにも、公園のはずれにある人のいないベンチを選んだので近くに誰もいない。ここで声をあげたとしても、刺された上逃げられてしまうだろう。

「……あの事件はおまえがやったのか?」

 後ろからささやくように訊ねてくる。

「ち、違う……私じゃない……」

「だが何か関わっているだろう」

「知らない……何も関わってない……」

 私は泣きそうになる。

「――服を脱げ」

 ええっ!?

「や、やだ……それだけは……」

「ひねり、逆らわんほうがいい」

 ううっ……。

 私は仕方なく、はおっていたカーディガンをゆっくりと脱いだ。

 ……こ、これだけじゃだめだよね、やっぱり。

 次はどれを脱ごうか迷っていると、後ろからかみ殺した笑い声が漏れてくる。

「――あんたバカじゃないの? 本当にこんなところでストリップする気?」

「えっ――?」

 聞き覚えのある声に振り返る。そこにはユイさんが立っていた。

「なんだ、もうばらしてしまうのか」

 残念そうに言うスフィー。

 ――状況が飲みこめない。

「……まさか、ユイさんが裏の男?」

「んなわけないでしょ! だいたい誰が男よ!」

「だってナイフで脅して……」

 ユイさんの手を見ると、そこにはペン。これを私の背中に押し当てていたらしい。

「え……ひ、ひどい! だましたの!?」

「なに言ってんのよ。こっちはこれまでさんざん迫害されてきたんだから、ささやかな仕返しよ。これくらいはいいでしょ?」

 よくない。

 さすがにむくれていると、ユイさんはそれを気にする様子もなく言う。

「で、林で二人の死体が見つかったって?」

 その話は警察に行く前に電話でみんなに伝えておいた。

「……うん。それで警察に疑われちゃって……」

「そりゃそうよ。このアタシでさえ、『とうとうやったか』って思ったもの」

 ……何が『このアタシでさえ』なんだろう。全然信用してくれてないのに。

「まあアタシをのけものにして、スクープを独占しようとしたからバチがあたったのね」

 ユイさんの他人事な言いぐさに、私はぷいとそっぽを向く。

「ん? ひねきち、怒ってるの?」

 ……怒ってる。

「ふーん、いいの? せっかく色々情報を持ってきたのに。そういう態度ならもう帰っちゃおうかなー」

「――何かわかったの?」

「もちろん。――まずハンカチは、南の母親が買い与えたのと同じ物だそうよ。香水も南が使ってたのと同じだって。親に直接確認してきたわ」

 なら、やはり南先輩はあの林に来ていたと見て間違いないだろう。――おそらく裏の男と共に。

「それから落ちてた眼鏡だけど、確かに五月のみたいよ。指紋もあったし、買ったばかりでスペアも存在しないって。これは警察の調べだから間違いないわね」

 そういえば林の死体も眼鏡はつけていなかった。

 ――しかしそうなると、あの日五月先輩は学園に何をしに来たんだろう。

「最後に、あんたのカバンに入ってた脅迫状の鑑定結果だけど、ノリを呼び出した手紙と同じ筆跡だったって。紙まで同じ物らしいわ」

 ということは、あれはやっぱり裏の男が私のカバンに入れたんだ。

「以上よ。他に聞きたい事はある?」

「あ、えっと……二人の死亡推定時刻を早く調べろ、って」

「ちょっ……いきなり命令形? あんた何様?」

「あっ、ち、違――」

 うっかりスフィーの言葉をそのまま伝えてしまった。

「今のは私じゃなくて……」

「どう見たってあんたじゃない。妖精さんが言ったとでもいうつもり?」

 ……そんなかわいいもんじゃないんだけど。

「――おい、最近放課後に頻繁に残っていた男も調べさせろ」

 かわいくない妖精が命令口調で言う。私は今度は自分の言葉に直してお願いした。

「……人使いが荒いわね。弱みをにぎった相手からはケツの毛までむしろうってわけ?」

「そ、そんなんじゃないよ。こういうのはユイさんしか頼れないから」

「まあ確かにあんたたちじゃ頼りなさすぎるわね」

「ひねり、それから南と五月の財政状況も聞け」

 まだあるの? しかも財政状況って……。

「ユイさん、あと南先輩と五月先輩の財政状況ってわかる?」

「はぁ? そんなの聞いてどうするのよ」

 ……さすがにそこまで踏みこむのは難しいか。

「やっぱりわからないかな?」

 その言葉にユイさんはムッとして答える。

「歴史ある新聞部のデータバンクをなめるんじゃないわよ。それくらいすぐ調べがつくわ。学園内の全人物や諸事百般は記録されてるし、今やアタシの自作データベースも加わって、どんどん補完拡張されてるんだから」

 どうやら地雷を踏んでしまったらしい。

「もちろん学園外の事も網羅してあるわよ。無門台一帯でわからない事なんてまずないわ」

「そ、そうなんだ……。それで財政状況だけど――」

「土地の伝説やいわく因縁故事来歴、ご近所の噂から三丁目の山田さんの浮気まで!」

 それは伝説を通りこしてプライバシーにまで踏み入ってるけど。

「アタシも小学生――ううん、それ以前からジャーナリストの卵として雨の日も風の日も、この近辺の情報収集と不法侵入に励んできたんだから」

「……ユイさんってヒマ――じゃなくてマメな人なんだ」

 そういえば愛子に聞いたけど、この辺りじゃ『パパラッチユイ』と恐れられているそうだ。

「それらの蓄積と、新聞部の歴代データと、アタシのこれからの追加更新によって、『無門台大統一データベース』が完成するのよ! これこそわが悲願! アタシの命とプライドにかけて、卒業までに完成させてみせるわ!」

 彼女の過剰な熱意の前に、私は自分の目的さえ忘れかける。

 ――って、忘れちゃだめだ。

「……それでその、さっきの質問なんだけど……」

「――ああ、たしか二人の財政状況だったわね」

 ユイさんが息を切らしながら言う。

「そうそう。本当にそこまでわかるの?」

 ユイさんがその言葉に食いつきかけたので、私はあわてて言い直す。

「――も、もちろんわかるだろうけど、どこまで詳しくわかるのかなって意味」

「……知りたい程度にもよるけど、もし情報が足りなければ追加調査すればいいわ。データベースってのはそうやって充実させていくものよ」

 さすが情報に関してはたくましい。

 私はスフィーの言葉に従って、当人だけでなく家の財産や収入までできる限り詳しく調べてもらうようお願いした。

 ユイさんはそれらをメモし終わると、思い出したように聞いてきた。

「――ところで、林ではどういう状況だったの? 詳しく教えなさいよ」

 イキイキとした目で言う。……本当に好奇心旺盛だ。

「話からすると、犯人が五月を首つり自殺に見せかけたってとこだろうけど……」

「あ、その……今急いでるからまた今度ね」

 すっかり忘れてたけど、早く久栖先輩に電話しないといけない。もし裏の男に会いに行ってしまったら大変だ。

「なによ、男と約束でもあるの?」

 さらにイキイキとした目で聞いてくる。

「ち、違うよ。事件に関する事でちょっと……」

「つれないわね、これだけ奴隷のように協力してるってのに」

「それは感謝してるけど……今回は本当に急用だから」

「……奴隷ってのは否定しないのね」

「あ、そうじゃなくて――」

「――まあいいわ。そのかわり後で独占インタビューさせなさいよ。見出しは『少女連続殺人の重要参考人、衝撃の自白! 清純な女子中学生の仮面の下の恐るべき素顔!』ってとこね」

 勝手に脳内で記事を捏造ねつぞうするユイさん。

 私はそんな彼女にむりやり別れを告げ、急いで立ち去ろうとした……が、ふと思いついて立ち止まる。

「――そうだ! ユイさん、お金貸して!」

「なっ……! 今度は恐喝? 殺人がバレたからって、なりふりかまわなくなってきたわね。言っとくけどアタシは高飛びできるほどの額は持ってないわよ」

「そうじゃなくて、電話するための十円玉! 明日返すから、ありったけちょうだい」

 ユイさんとのやりとりもそこそこに、私は小銭を手に公衆電話へ急いだ。

 十円玉四枚だけでは不安だったので、百円玉三枚も押収してきた。――今度は強盗呼ばわりされたが。

 公衆電話に着くと、私は百円玉を入れて久栖家に電話する。番号はスフィーが暗記していた。

「――はい、久栖です」

 出たのは女性。

「私、無門学園中等部の日根野と申します。久栖斉先輩はいらっしゃいますか?」

「あら、ちょうど今出かけた所よ」

「そうなんですか……」

 もしかして会いに行ってしまったのだろうか?

「あの、失礼ですが、先輩のお母様ですか?」

「ええ、そうよ」

「先輩はどちらに行かれたかわかりますか?」

「今誰かから電話がかかってきて、呼ばれたから学校に行くって。『誰に呼ばれたの?』って聞いたら、『梓のカタキにさ』って言って出て行っちゃったけど」

「それは誰からの電話だったかわかりますか?」

「名乗らなかったからわからないわ。声も小さくて聞き取りにくかったし」

「先輩はその人とどんなお話をしていましたか?」

「えっと、聞こえてきた言葉はたしか……『こっちから行こうと思ってた』とか、『勘違いだと? とぼけるな!』とか、『おまえも見たぜ』って。……後はわからないわ」

「そうですか……ありがとうございました。――それでは失礼します」

 電話を切る。

「――久栖先輩、たった今裏の男に会いに学園に行っちゃったみたい」

「そうか……」

 スフィーがなんだか暗い感じで言う。やはり危険な事態ということだろうか。

「――ひねり、おぬしも行くのだろう?」

「もちろん」

 私は力強くうなずいた。

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