15 失踪少女の落とし物

「これは探偵部に対する挑戦だね!」

「ひねりさんのカバンに直接入れるとは、大胆不敵ですね」

「あんたたちほど大胆不敵じゃないけどね」

 脅迫状を見て、みんな思い思いの感想をのべる。

「――で、この脅迫状の筆跡を、あの呼び出しの手紙と比べたいってのね」

「うん。……できるかな?」

「……つくづくアタシをコケにしてくれるわね。『どうせユイさんごときにはできないでしょ』ってこと?」

「とんだ被害妄想ですね。人を信じられなくなったらおしまいですよ」

「アタシに被害を与えて、人を信じられなくした張本人が何言ってんのよ!」

「まあまあ……ユイさんのことは頼りにしてるよ」

「ふん……ただ利用したいだけでしょ」

 そう言いながらも、まんざらでもなさそうなユイさん。

「それじゃその脅迫状はノリに見せたら持ってきてちょうだい。調べてもらうから」

「わかった。お願いね」

「あ、そのノリを体育倉庫に呼び出した手紙の鑑定結果だけど、五月の筆跡とは明らかに違うそうよ。それからまず南の筆跡でもないだろうって」

「え、ほんと? それって確実?」

「筆跡鑑定に『確実』なんてないわ。でも、今回は結構違うそうよ。とても本人が書いたとは思えないぐらい。あと指紋がなかったのも不自然ね」

 五月先輩が筆跡を変えたり、指紋をつけないようにする意味はない。はっきり自分の名前を書いてるんだから。となると――。

「やっぱり、誰か他に工作した人がいるんだ」

「黒幕ってやつだね! それってやっぱ『裏の男』かなあ」

 いっきの言葉に私はうなずく。

「その可能性は高いよね。たぶん脅迫状もその人が書いたんだと思うけど……」

「そういえばあんた、そいつに捜査記録まで盗まれたそうね。まったく大マヌケね」

 ……かえす言葉がない。

「これで情報は筒抜けということですね。唯さん、気を付けてくださいね」

「なんでアタシが気を付けるのよ?」

「これだけ情報が集まって捜査が進展したのも、有能な唯さんのおかげですから」

「まあ当然ね。アタシの情報網からすれば」

「ええ、犯人側にしてもさぞかし煙たいことでしょうね」

 ぎくりとするユイさん。

「……あんた、アタシが狙われるって言いたいの?」

「その可能性は多分にありますね。大マヌケでない唯さんなら大丈夫でしょうが」

「くっ……楽しそうに……」

「――ですが真面目な話、私やいっきも他人事ではありません。今後充分に警戒しないといけませんね」

 そうか……危険なのは私だけじゃないんだ。

「心配無用! 正義の探偵は悪に負けたりしないのだ!」

 ……本当にそうならいいんだけど。

「なんにしろ、脅迫状を出したやつを早く突き止めないことには、確かにこっちの身が危ないわね。ひねきち、カバンはどういう状態にあったの?」

「えっと、職員室の落とし物置き場にあったんだけど……」

「あそこは右の入口側の隅だったわね。あんまり目立つ場所じゃないし、生徒がいてもさほど不自然じゃないわね。よほど怪しい行動をしないかぎり」

 忘れ物を探すふりをすれば、ノートを盗んでレポート用紙一枚入れるくらい簡単だろう。

 ……あれ? でも……。

「――なんで犯人は、私のカバンがそこにあるってわかったんだろう」

「なに言ってんのよ。昨日放送が入ったじゃない」

「えっ? どんな?」

 ユイさんはあきれた顔をする。

「あんた聞いてなかったの? 職員室にカバンが届いてるから取りにこいって、ひねきちのクラスと名前付きで呼び出されてたじゃない」

 ……ぜんぜん聞いてない。

「私もてっきり、もう取りに行ったものと思っていました」

「……たぶん聞き込みに夢中になってたんだと思う」

「人の話を聞いてるんだか聞いてないんだかわかんないねー、あはは」

 いっきにまであきれられる。ちょっとショックだ。

 ユイさんはため息をついて言う。

「……まあとにかく、脅迫状は誰にでも入れられる状態にあったってことね」

「目撃者がいないか聞き込みをしたほうがよさそうですね」

「それと、消えた五月の方も気になるわね。逃走ルートを詳しく調べてみましょ」

「煙のように消えうせた少女、そして謎の脅迫状……もりあがってきたねー」

 そんなもりあがり方はしてほしくない気もするけど……。

「おっと、あとノリさんと佐和先生のこともあったっけ。これも思いっきり怪しいね。また犯人候補が増えたかな」

 なんだかうれしそうないっき。

「その件はアタシが下調べしておくから、後で捜査しましょ」

「――あ、私いまからノリ先輩に脅迫状を見せに行くけど、それとなく聞いてみた方がいいかな?」

「かまわないけど、下手を打つんじゃないわよ。こっちが探ってるのがばれたら、口裏あわせや証拠隠滅も考えられるから」

「わかった。あんまり露骨に聞かないようにするね」

「よし! そんじゃ探偵部一同……と新聞部一人、出動!」

 部室を出た私は、脅迫状を持ってノリ先輩を捜す。

 ……でも正直、どんな顔で会えばいいのかわからない。

 なにしろ、先輩はあの時逃げ出したのだ。佐和先生も誰もこなかったと嘘をついた。二人にはどうしても不信感を持ってしまう。

「顔には出さないようにしないと――」

 ――だが先輩は教室にはいなかった。まだ来ていないらしい。

 仕方なく職員室に行き、愛子の聞き込みを手伝う。

「なかなか目撃情報がありませんね……」

 出勤している先生に一通り聞いてまわったが、成果はなし。

「あの時は下校時刻を過ぎてたから、先生自体少なかったしね」

「それでは、質問を『あの時間帯に残っていた先生は誰か』に切りかえましょうか」

「そうだね。――あ、その前にノリ先輩が来てないか見てくるね」

 私は窓から外を眺めつつ階段へ向かった。その途中、校舎に近付いてくる群れの中にノリ先輩の顔を見つけた。

 私は階段を駆け下り、下駄箱で先輩を迎える。そして差し出す脅迫状。

 ……考えてみれば、朝っぱらから下駄箱で脅迫状を差し出す女子中学生なんてかなり異常だ。

 案の定、面食らっているノリ先輩。

「……なに? ラブレター?」

 そっか、普通そう思うよね……。

 『脅迫状です』とは言えず、とにかく中を見てもらう。

 読み終わって、ますます面食らうノリ先輩。

「あ、あの、日根野さん、オレ何か気にさわる事したかな? だったら、もう余計な事はしないから、命だけは――」

「ち、違います! これは私あてにきたんです! 昨日カバンの中に入ってて――」

「なあんだ、びっくりした……」

「それで、筆跡を見てもらいたいんです。あの呼び出しの手紙の字と比べてみてください」

 まじまじと脅迫状を見つめるノリ先輩。

「……似てる、としか言えないな。でもこれを同一人物が書いたと言われたら納得するね」

「そうですか……」

 偶然そこまで字が似ているというのはあまりないだろう。まああくまで可能性が高くなっただけだが。

「――あ、そういえば私のカバンを職員室に届けてくれたそうで、ありがとうございます」

「ああ、帰りぎわに気付いたんだ。キミが教室にも部室にもいなかったから、仕方なく職員室に持ってったんだ」

「その時脅迫状は入ってなかったですか?」

「わからない。女の子のカバンを勝手に開けるなんてできないからね。そのまま先生にあずけたよ」

「……先輩はそのあと、すぐに帰ったんですか?」

「うん、ちょっと用事があって……」

 『何の用事ですか?』と突っ込みかけて思いとどまる。そこまで立ち入るのは不自然だ。

 とにかくこれで、何かやましい事があるのははっきりした。今はこれでよしとしよう。

「ありがとうございました。また何かあったら聞かせてください」

 ノリ先輩と別れ、職員室に戻る。そして再び愛子の聞き込みを手伝った。

「――目撃者なし、ですね……」

 しかし結局、誰も見た先生はいないことがわかった。

 佐和先生が施錠に回っていた時など、職員室が無人になった時間帯すらあったようだ。

「後は遅くまで残っていた生徒がいなかったか、学園中に聞いてまわるしかありませんね」

「それは手間もかかるし、とりあえず先にいっきとユイさんの応援に行こうか」

 いま二人は、五月先輩が逃げたルートを捜索しているはずだ。念のため捜査範囲を広くすると言っていたので、人手は多いほうがいいだろう。

「――てーへんだ、てーへんだ!」

 そこへいっきが、何かのマネをしながら突進してくる。ぜんぜん大変に見えない。

「いっき、どうかしましたか?」

「どうかしたよ! 例の校舎の渡り廊下で、五月先輩のメガネが見つかったんだよ!」

「えっ!? 昨日五月先輩が消えた校舎?」

「そう、一階の外だよ!」

 私達が駆けつけると、そこにはユイさんと見知らぬ先生らしき人、そして久栖先輩と佐和先生が集まっていた。

 私はユイさんを呼んで事情を聞く。

「さっき渡り廊下の扉の鍵を開けにきたあそこの体育教師が、地面にあった眼鏡を見つけたのよ。ただの落とし物と思って持っていこうとしてたんだけど、それが五月の眼鏡に似てたから、五月の担任だった佐和先生と、近くにいた久栖も呼んで確認してもらったの」

「それでどうだったの?」

「五月の物にまず間違いないそうよ」

「その眼鏡は? 私にも見せて」

 私は体育教師らしい先生に眼鏡を見せてもらった。それは黒縁くろぶちの、度の強いビン底眼鏡。

 ……確かに五月先輩がかけていたのと同じ物だ。

「これ、どこに落ちてたの?」

「そこよ」

 扉の近くの地面を指差す。

 五月先輩が逃げる途中に落としたのだろうか? でも――。

「――佐和先生、昨日会った時、この扉から入ってきましたよね」

「ええ。けどあの時点では何も落ちていなかったわ」

 この場所なら落ちていたらすぐに気付くだろう。

「あの後警察が校舎を調べ終わって、私が鍵をかけたんだけど――その時もなかったわ」

 確かに私も一度、警察が来た時に渡り廊下に出たが、眼鏡は落ちていなかった。

 この眼鏡が本当に五月先輩の物なら、彼女はまたここに戻ってきたことになる。

 ……何のため? 何か目的があったのか?

 それとも、ずっと中にひそんでいて、みんながいなくなってから出てきたとか?

 ……そんな馬鹿な。

 私だけでなく警察もこの校舎を調べたのに、誰も見つからなかったのだ。

 ――私はその後もひたすら考え続けた。スフィーの教えに従って。

 ……だがそれは無駄な努力に終わった。

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