14 カバンの中の脅迫状

 到着した警察の事情聴取を終えた私は、疲れきって帰宅した。

 今回のゴタゴタで、林の捜査は翌日に回すことになった。

 ――まあ明日は土曜日だから学校は午前中で終わるし、時間が取れるからちょうどよかったのかも。

 私は部屋に戻ると、すぐに今日の出来事をスフィーに説明した。

「……五月先輩、どうして消えちゃったのかな……」

「わらわはどうして現れたかの方が気になるがな」

 現れた事より消えた事の方が不思議だと思うけど。

「だって、見張りもいたのに姿を消しちゃうなんて――」

「そんなもの方法はいくつもあるではないか」

「例えば? 何か仕掛けでもしてあったの?」

「そんな例をいちいち挙げていっても仕方がない。知りたければ自分で考えるのだな」

 またそれか……。

「もしおぬしの言うように機械的トリックを用いて消えたのなら、なおさら方法やメカニズムなど問題ではない。今回の件の問題の本質は別の所にある」

 そうかな……私には重要に思えるけど。

「それより人影は五月に間違いないのか?」

「うん、先生がはっきり見たって」

「暗くはなかったか? 距離は?」

「顔を間違えたりするほど暗くなかったよ。そんなに離れてもいなかったし」

「しかし、すぐに消えてしまったのだろう?」

「滝先生、見つめたままの状態でしばらく硬直してたし、あのビンぞこ眼鏡は見間違えようもないよ。人違いってことはないと思う」

「そうか。となると……」

 スフィーは口をつぐんで考えこむ。私は推理の邪魔をしないよう黙っていた。

 ……けど、スフィーの言うとおり、私も少しは自分で考えたほうがいいかもしれない。

 私は事件の整理をしようと、カバンから捜査記録をまとめたノートを取り出そうとした。

 だが――ない。

「確かにここに入れたのに……」

 と、中から見慣れぬレポート用紙が一枚出てくる。それにはこう書かれていた。

『これ以上探るな。さもないと殺す』

 その文章の意味を理解するのに数秒かかる。

 ……ま、まさか……これって脅迫状!?

「ちょっ……スフィー! これ見て!」

「――騒ぐな馬鹿者。わらわは思考中だぞ」

「大変なの! これ見て!」

「……なんだ、脅迫状か」

「なんだじゃないでしょ! 『殺す』って書いてあるよ!」

「あまり騒ぐからラブレターかと思ったではないか」

「――って、そんなわけないじゃない!」

「……年頃の娘なのに、そんなわけないと言い切れてしまうのも問題だと思うぞ」

「問題なのは、殺害予告された事でしょ!」

「そうあわてずとも、脅迫状が届いたからといって死ぬわけではあるまい」

「今死ななくても、近い将来死ぬかもしれないでしょ!」

「ならば、そうならぬよう努力するのだな」

「そ、そりゃするに決まってるけど……どうにかならないの?」

「どうにもならん。自分で気をつけるしかない」

 あっさり言う。

「そんな薄情な……」

「非常に残念だが打つ手はない。わらわとてどうにかしたいのは山々なのだがな」

 ……とてもそうは見えない。

「しいていえば、早く犯人を捕まえるか、事件を解決するしかないな。とりあえず脅迫状をカバンに入れることのできた人物を洗え」

「そっか、入れる所が目撃されてれば、逆に手がかりになるよね」

「うむ。むしろありがたいことだ。向こうから証拠を増やしてくれたのだからな」

 いや、殺害予告されてありがたいとまでは思えないけど。

 ――でも、これを入れたのって五月先輩なのかな。調べられて困るのは犯人くらいだろうし。

「ひねり、脅迫状は明日、まずノリに見せろ」

「え……これ、ノリ先輩が書いたってこと?」

「そうは言っておらん。筆跡に見覚えがないか聞いてくるのだ」

 ノリ先輩に心当たりなんてあるのだろうか。

「その後警察に――いや、可能ならユイを通して筆跡鑑定をしてもらえ。鑑定結果を教えてもらえるようにな」

「でも、だれの筆跡と比べるの? しかもその相手の筆跡サンプルがないと――」

「ノリを体育倉庫に呼び出した手紙と比較するのだ」

 あ……そういうことか。

「もし同一人物なら、明らかに裏で工作してる人がいるってことになるよね」

「その通りだ。そして、工作ある所には秘事ひじありだ。この事件にはまだ何かが隠されておる。『誰か』にとって都合の悪い事がな。だからこそ、おぬしに暴かれては困るのだ」

 その『誰か』は、五月先輩以外の人物――あるいは『裏の男』なのだろうか。

「この脅迫状は、その者が目的を完遂できておらん事を示しておる。少なくとも、どこかにほころびが残っておる証拠だ」

「……ねえスフィー。思ったんだけど、今回呪いにとらわれてる『依代』って、本当に五月先輩なのかな? それとも別に――」

「なかなかよい推理だな。わらわの座右の銘は『Deデー omnibusオムニブス dubitandumドゥビタンドゥム』だからな」

「またフランス語?」

「ラテン語だ。『一切を疑うべし』という意味だ」

「……で、スフィーは疑った結果、誰が依代だと思うの?」

「わらわにはもう一つ座右の銘がある」

「……今度は何語?」

「おぬしのために日本語にしてやろう。『ある真実を教えることよりも、いつも真実を見出すにはどうしなければならないかを教えることが問題なのだ』」

「――ようするに『自分で考えろ』ってことね」

「見事な推理だな。その洞察力があれば、いずれ真相にもたどりつけることだろう」

 こんな時にまでからかうなんて……私もさすがにちょっと腹が立ってくる。

「いいよ。私だけで――ううん、探偵部だけで真実を突き止めて見せるから」

「うむ、その意気だ。だがくれぐれも一人で先走るなよ。今後おぬしは狙われる可能性があることを忘れるな」

 ――そうだった。これからは常に気をつけておくようにしないと。

「じゃあ、林の中とか危ないかな……」

 調査では当然みんなバラバラになるだろうし。なんだか不安になってくる。

「……仕方がない、わらわも同行しよう」

「え、スフィーが?」

 ものぐさなスフィーにしては珍しい。

「林の捜索なら手は多いほうがよかろう」

「……もしかして、私を心配してくれてる?」

「うぬぼれるな。ただ真実をつかむためだ。やはりおぬしだけでは頼りないからな」

 憎まれ口はあいかわらずだが、気持ちとしてはやはり助かる。誰かに狙われるというのはそれだけで不気味なものだ。

 ――こういうのを『猫の手も借りたい』っていうのかな。

 だけどその小さな『猫の手』を、私は心の中でとても大きく感じていた。

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