13 消えて現れてまた消えて
放課後、私達は林を捜索する前に聞き込みを済ませることにした。事件のせいで全ての部活動が中止の上、学校を閉める時間が早くなったためみんなすぐに帰ってしまうからだ。
私達は下校時刻ぎりぎりまで二人の男関係を洗った。だが両者共に、他に男っ気はなかったようだ。
五月先輩はやはり地味なため。南先輩もイメージと違って、男関係は派手ではなかった。意外と一途、という久栖先輩の言葉は本当らしい。
裏の男については誰も知らず。他に新たな情報は得られなかった。
「けっこう長引いちゃったねー」
歩きながらいっきが言う。
私達探偵部一行――と新聞部員一人――は林に向かっていた。
「男の方とつきあっていたにもかかわらず、どこにも形跡がないというのはおかしいですね。まだ日が浅かったからでしょうか」
「じつは、相手は幽霊か透明人間だったりして」
「ば、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!」
「あれ、タダさん怖いの?」
いっきは嬉々として、林で実際に起こったという怪談話を始める。耳をふさいでそれを遮断するユイさん。だが愛子といっきはその手を押さえ、強制怪談話の刑に処した。
……なんだかんだいって、仲良くなれたみたいで本当によかった。本人は否定するだろうけど。
と、その時私は自分だけカバンを持っていないのに気付いた。
――しまった、忘れてきちゃった。
「ごめん、カバン忘れたから、みんな先に行ってて」
ユイさんは怪談話を終わらせようと、急いでその話にのってくる。
「カバンなら林の調査が終わってからにしたら? どうせ邪魔になるでしょ」
「もう校舎の鍵が閉まっちゃうし、盗まれたら大変だから」
「あんた、見られたらまずいものでも入れてるの?」
「うん、じつは国家機密を記したファイルが――」
「いつきち! あんたに聞いてんじゃないわよ!」
「あはは……中身は教科書ぐらいだよ」
「なーんだ、大事な物が入ってないならいいじゃん」
いや、いっき。それが大事なんだけど。
「まあ買ったばっかだしねー。もったいないか」
そういう問題じゃない気が……。
私はみんなを先に行かせ、急いで校舎に戻った。が、カバンは教室にも部室にもない。
「うーん、どこに置いたっけ……」
……そういえば三年四組に行ってノリ先輩と話した時、机にカバンを置いたままだった。
私は階段を駆け上がる。そのまま廊下を曲がろうとした時、近くにある社会科準備室から滝先生が出てきた。
「あ……滝先生」
「ああ、君は……えっと、日根野くんだっけ?」
「はい、そうです。あの朝はお世話になりました」
「いや、僕は何もできなくて……それよりもう下校時刻だよ。遅くなると危ないから、早く帰ったほうがいい」
「あの、じつはカバンを忘れてしまって……」
「ああ、もしかしてさっきうちの教室にあったやつかな? 若藤君が届けてくれたんだ。忘れ物として職員室に――」
その瞬間、先生が凍りつく。驚愕の表情のまま。
――私は一瞬、時間が止まったかと錯覚した。
先生の視線は私の後ろ。そこに何かがいる。
もしかして……幽霊?
私はとっさにふりかえることができず、二人とも金縛りにあったように動けなくなる。
だがふりかえらないわけにはいかない。『それ』を見るために。
私は硬くなった首を、おそるおそる回した。――が、その途端はじかれたように階段へ消える『それ』。
一瞬視界に入ったのは……人影?
……逃げた? なぜ?
しばし棒立ちになったのち――。
「!」
反射的に追いかけ始める。体が勝手に動いてしまう。
人影はまだ階段を駆けおりている。その足音だけが聞こえる。
私も階段を飛ぶようにおりる。我にかえった先生も後からついてきたようだ。
一階に着くと、足音から逃げた方向を判別する。音の質が今までと変わっている。
――外に出た?
私は渡り廊下の出入口から中庭に飛び出した。
音はもうかなり小さくなってしまっている。なんとか大まかな方向だけは突き止め、全力で追うが――すぐに分岐の多い場所にさしかかり、足が止まってしまう。
……体育館側か、駐車場側か、校庭方面か――あるいは目の前の校舎の中に入った可能性も――。
「――日根野くん、そこの校舎だ!」
二階の踊り場の窓から身を乗り出し、滝先生が言う。向かいの校舎の扉が開けっぱなしになっていた。
私は中に飛びこんだが、廊下にはもう誰もいない。足音もすでに途絶えている。
並んだ扉はすべて閉まっていた。扉を閉じる音はしなかったけど――ゆっくり慎重に閉められたら外までは聞こえないだろう。
私は駆け足で中をのぞきつつ廊下を突っ切った。だが隠れている様子はない。見たかぎり窓の鍵も全部閉めてあった。
窓から逃げられないとなると、逃走経路は上の階か、目の前の渡り廊下か――。
「――!?」
その時いきなり渡り廊下の扉が開いた。私は思わず身構えた。
そこから姿をあらわしたのは……きっちりしたスーツ姿の、真面目そうな女性。
少し老けて見えるが、おそらく二十代後半だろう。例の人影ではない……と思う。
「――あなた、何してるの? もう下校時刻よ」
「あ、えっと……先生、ですか?」
「ええ、私は三年五組担任の
手に持った鍵を示す。
「ここはもう閉めますよ。早く帰りなさい」
どうやら戸締まりに回っているらしい。
「あの、私、一年三組の日根野といいます。じつは今、怪しい人影を追ってきたんです」
「怪しい人影?」
「はい、さっきこの校舎に逃げこみました。でも見失ってしまって――」
「まだこの中にいるの?」
「たぶん……。上の階か、この渡り廊下の方へ行ったと思うんですが」
「こっちには誰もこなかったわよ」
「じゃあ上しかないですね。上の階の渡り廊下から、向こうの校舎に逃げられたかも――」
「上の扉はもう全部鍵を閉めてあるわ。どの校舎も、一階以外はとっくにね」
それなら袋のねずみだ。
「じゃあ私、上を捜してきます」
「私も行くわ。不審者を放っておくわけにはいきませんから」
「いえ、先生はここの廊下を見張っていてください。不審者が下りてくるかもしれませんから。私は上の階をしらみつぶしに捜してきます」
私は佐和先生を残して二階へ上がった。
まず調べたのは階段近くのトイレ。続いて手近な教室から順番にのぞいてまわる。
「いないか……」
結局、二階には誰もいなかった。窓も扉も全部鍵がかかっていた。……まあ窓の方はもし開いていたとしても、飛びおりたりはしないだろうが。
となると――あとは三階しかない。
私は足音を立てないように、はうようにして階段をのぼった。相手はどこに隠れているかわからない。
……まさか追いつめられて反撃してこないよね? あるいは口封じとか――。
私は嫌な考えを振り払う。
――とりあえず、階段をのぼりきった所に人気はなかった。
そのまますべりこむように階段前の女子トイレに入る。中には誰もいない。――隣の男子トイレも無人だった。
「あ、これ使えるかな……」
出しっぱなしになっていたモップを見つける。こんなのでも武器にはなるだろう。……ちょっと、いや、かなり汚いけど。
私はモップを手に廊下に出た。
……廊下は無人。
耳をすますが誰かいる気配はない。
私はそっと足を踏み出し、一番近くの教室に向かった。
モップを構えて中に飛びこむが……誰もいない。
――次の教室……これも無人。
……その次も。
一つずつ教室が減っていく。
そして最後の一つ。扉は開けっぱなし。
私は大きく息を吸って、一気に中に踏みこむ。そして瞬時に教室全体を見回した。
誰もいな……。
「!!」
突然、扉を殴るような音。私はとびあがって後ろを振り向いた。
が……私の持っていたモップの柄が扉にぶつかっただけだった。
脱力。
……まったく、心臓が止まりかけたじゃない。――私が悪いんだけど。
「残るは、向こうのトイレだけか……」
外からちょっとのぞいてみたが誰もいない。
まさかドアを開けたまま個室に潜んでたりはしないだろうけど、一応見ておかないと。
「うう、なんかやだなあ」
そこに誰か立ってたりしたら一生夢に出そうだ。
私は足音を立てないよう個室をのぞいて行く。
――だが結局、女子トイレは無人だった。
「最後は男子トイレか……」
違う意味で少し入りにくい。
……もう今後男子トイレに入る機会なんてありませんように……。
私はそう祈りながら足を踏み入れる。個室の中には――。
「よかった……誰もいない――」
ほっとする。
「って――え?」
……じゃあ、あの人影はどこへ?
――消えた? それとも、人影自体もともと存在しなかったとか――。
いや、そんなはずはない。一瞬だけど、確かに人影を見た。スカートらしき物の端も、ちらっと見えたような気がした。たぶんセーラー服だと思う。
「トイレや教室の中を捜してる間に逃げられたかな……」
だとしたら一階の佐和先生と鉢合わせているはずだ。人影は先生の存在を知らない。
私はモップを返して下に向かう。……戻る時もなんとなく忍び足になってしまった。
「――?」
……話し声?
一階へ続く階段を下り始めた時、下からかすかに声が聞こえた。
私は踊り場からそっと様子をうかがう。そこには佐和先生と……ノリ先輩? もう帰ったはずじゃ――。
二人は何やらひそひそと話をしている。よく聞こえない。
三年生の先生なんだから、話をしててもおかしくはないんだけど……。
声をひそめているため、話の内容は聞き取れない。どうも怪しい雰囲気だ。
私は少し考え、いったん二階まで引き返してからわざと足音を立ててゆっくりと戻った。
「――あら、どうだった?」
ノリ先輩は――いない。
……逃げた。
「上には誰もいませんでした。……ここには誰か来ましたか?」
「――誰もこなかったわ」
嘘だ。
人影はノリ先輩ではないと思うけど……何かやましいことがあるのは間違いない。
しかしこの場で先生を問いただすのはためらわれた。とぼけられたら終わりだし、今後警戒されたり口裏あわせされるかもしれない。
……あとでみんなと相談した上でどうするか決めよう。
「先生、警察に連絡はまだですよね? はやく通報しないと――」
「ええ……そうね。じゃあ職員室に行ってくるわ。あなたはここに残っててね」
先生はそそくさと去った……ように見えてしまう。
ひとりになった私は混乱した頭を整理しようとした。――が、わからない事ばかりだ。
逃げた人影の正体は? なぜ消えてしまったのか? さらに佐和先生とノリ先輩――。
「……あ、そういえば滝先生はどうしたんだろう」
もしかして、滝先生まで行方不明に?
私はあわてて校舎の外に駆け出す。
さっき滝先生が指示を出してくれた窓は開けっぱなし。そこにはもう誰もいない。
……まさかあの人影、滝先生を――。
その時、突然後ろから肩をつかまれる。思わず絶叫する私。
「――ち、ちょっと、日根野くん!」
振り返るとそこには滝先生。
「お、おどかさないでください!」
「ごめん……でも僕の方がびっくりしたよ」
先生は力なく笑ったが、すぐに真剣な表情に変わる。
「……日根野くん、彼女を見たかい?」
「彼女? 誰のことですか?」
「見なかったのか……」
「――もしかして、私が追いかけた人影、ですか?」
「うん。……逃げられたのかい?」
「はい……まるで消え失せてしまったみたいです」
「僕も二階の渡り廊下から行って挟みうちにしようとしたんだけど、鍵がかかっててね。しかも三階の方まで閉まってたから出遅れちゃって……」
やはりあちら側の渡り廊下の扉も施錠されていたらしい。
「それでもう追いかけても間にあわないと思って、退路を断っておこうとずっとここで見張ってたんだ」
「外に出てきましたか?」
首をふる。
「まあ一人じゃ手が回らないから、見てたのはここの扉と校舎の裏側だけだったんだけど」
「窓から抜け出した形跡はありませんでしたか?」
「ない。窓は全部、内側から鍵がかかってた。でも窓を開けて出てくるかもしれないと思って、そこに立って見張ってたんだ」
先生が指したのは校舎の角。ここの入口と、校舎裏の窓が全部見渡せる位置だった。
佐和先生の見張りとあわせると、校舎の出入口は全て目が届いていたことになる。
……あ、そういえば――。
「――先生、さっき言った『彼女』って……先生は見たんですか? あの人影の顔……」
「ああ、はっきり見た。あれは――」
固唾をのむ。
「五月くんだ」
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