11 裏の男

 次の日、私達は朝早く部室に集合した。ユイさんも愛子が呼びつけ――いや、自主的に参加してくれた。

「――関係者達のアリバイだけど、完璧なのは一つもなかったわ。シゲは犬の散歩。久栖はまったく不明、家でも親とあまり顔をあわせないみたいね」

 最初に、ユイさんが得た情報を話してくれる。

「それから事件前後、現場や周辺に異常はなし。不審者もノリの他なし。けど、ただ目撃されなかっただけとも考えられるわ」

「うーん、やっぱそう都合よく手がかりは見つからないかー。血まみれのナイフとか、仮面をかぶった怪しい人影とか」

 いや、そもそもナイフなんて使われてないし。

「まあ一人、重要な不審者がいるけどね」

「おっ、そうこなくっちゃ! 果たしてその正体は?」

「――あんたよ」

 びしりと指差す。私を。

「わ、私?」

「当然でしょ。あんな時間に登校して、しかも自分の証言も立証できないときてるんだから。怪しさ爆発ね」

「まあひどい。仲間を信じられないなんて最低ですね」

「何が仲間よ! むりやり協力させといて! だいたい一番最低なのはあんたでしょ!」

「まあまあタダさん、仲間割れはやめようよ」

「だから仲間じゃない! むしろ敵!」

 私はあわてて仲裁に入る。

「とりあえず事件解決っていう目的はみんな一緒なんだし、今は力をあわせよう?」

 異論が出ないうちに、私は急いで昨日警察に行ってからの出来事を話した。

 しかしさすがに過去視の事までは言えないので、匿名情報として『南先輩の新しい恋人は本当に存在するらしい』という証言があったとだけ言っておいた。そしてスフィーの推理も伝え、『おそらく南先輩の方が殺そうとしていた』ことも話しておく。

「うーん、さすが探偵部のエース、見事な推理だね!」

 エースでもなんでもないし、全部スフィーの推理なんだけど。……なんだか後ろめたい。

「なるほど、ノリははめられた可能性があるわけね。それじゃ、呼び出しの手紙が偽造かどうか調べておくわ」

「どうやって?」

 現物は警察に保管されてるのに。

「それくらいの取材能力がなきゃ、記者なんて務まらないわよ。それにウチは両親ともジャーナリストだからね。そのツテもあるし」

「ではその件はお願いするとして――次は私といっきの調査結果をご報告します」

「あたしたちの血と汗と涙の結晶だよ!」

「これは寮生数人の目撃情報なのですが、南先輩の住んでいる女子寮のまわりで、事件の少し前から夜間に時々おかしな男が目撃されていたようです。その特徴からすると、どうも堀田先輩に似ているようですね」

「男子禁制の乙女の園に夜這よばいとはとんでもないね! これはぜひ問い詰めないと!」

「それからあとは――南先輩、五月先輩と関係の深い人物がいないか改めて調べたのですが、どうやら他にはいないようですね。例の正体不明の恋人を除いては」

「事件の裏で暗躍する謎の恋人――いいねー、探偵があつかう事件らしくなってきたね!」

「聞き込みでわかったのはそれくらいです。……ところでその恋人ですが、名前が不明のままでは呼ぶのに不便です。今後は便宜的に『裏の男』と呼んではいかがでしょう。事件に関係しているかはわかりませんが、裏で重要な関わりを持っているかもしれませんから」

「なるほど……でも、誰がその『裏の男』なんだろう」

「いやいや、あんがい男じゃなくて女かもしれないよ?」

 いっきがとんでもない推理を披露する。

「でも、恋人っていうからには……」

 私の反論をさえぎり、いっきは言う。

「わかってないなー、そういう世界もあるって」

「――あるの?」

「なんでアタシに聞くのよ! 知るもんですか!」

 そっぽを向くユイさん。

「そんなことよりあんたが持ってきた、『裏の男』とやらが本当に存在するって情報は確かなの? ソースは?」

 まさか過去視で二人の話を聞いてきたとは言えない。

「……秘密」

「ひねきちのくせに生意気に守秘義務? 正直に吐きなさいよ」

 食い下がるユイさんに愛子が言う。

「いやがる女の子に無理強いするなんて最低ですね」

「愛公! あんた、自分がアタシにした事を思い出しなさいよ!」

 私はなんとか二人をなだめ、話をまとめる。

「それじゃ次の方針は、二人の男関係を調べるってことでいい?」

「異議なーし!」

 いっきの鶴の一声。

「じゃあ私は、また久栖先輩に話を聞きに行ってくるね」

「ひねりさん、ひとりで大丈夫ですか?」

「もう一度私だけで行ってみるよ。大勢で行くと、かえって話してくれないかもしれないし」

 なにより、いつまでも逃げてなどいられない。早く解決しないと、いつ災いが及ぶかわからないんだから。

「よし、じゃあ総員出撃といこうか! 各員健闘を祈る!」

 私が三年五組の教室に着いた時、まだ早いせいで人はほとんど来ていなかった。そこで聞いた話では、久栖先輩は遅刻も多いようだ。

 と、そこへ同じく聞き込みをしていた愛子がやってくる。

「ひねりさん、先程久栖先輩を体育倉庫の近くで見かけたという情報がありました。行ってみてはいかがでしょう」

「そうなの? ありがとう、行ってみる!」

 私は駆け足で体育倉庫に向かった。校庭を走りながら遠目で先輩を捜す。

 ……いた。体育倉庫を眺めながら、ひとりたたずむ久栖先輩。何をしているんだろう。

「――おはようございます、久栖先輩」

 気おくれしないよう、駆け寄ったままの勢いであいさつする。

 先輩はしばし無言でこちらをにらむと、真剣な表情で言った。

「……おまえ、本当に見たのか」

 それが具体的に何を差しているのか判らないが、とにかくあの朝の事なのは間違いない。

 私はうなずいた。

「……もし嘘だったら、わかってんだろうな――」

 歩み寄ってきてすごむ。私はなんとかその目を見返した。

「――本当に見ました。嘘は一切ついていません」

 久栖先輩は私の目をじっと見つめた。

「おまえ、名前は?」

「日根野鋭利です」

「――日根野、これ以上遊び半分で梓の事をネタにするな」

「先輩、私はただ真相をつきとめたいんです。どうか協力してください」

「……新聞を作るためにか?」

「違います。私も疑われているんです。もちろん私は無実だし、嘘もついていません。だから――」

「真相を調べて、それを証明しようってわけか」

 うなずく。

「お願いします、先輩が知っている事を教えてください」

「俺は梓の事しか知らねえよ。あいつはまわりの評判はよくねえが、結構いい所もあったんだ。意外と一途だし、惚れた相手にはかなり尽くすタイプだったしな。いくらなんでも殺されるほど嫌われちゃいねえ」

「言いかえれば、殺人に発展するほどの動機が存在しないなら、事件は起こらなかったというわけですね」

「……何が言いたい」

「南先輩……五月先輩から恋人を奪ったそうですね」

 かまをかけてみる。

「……知ってたのか」

 私は心の中で同じセリフをつぶやく。

「その恋人が誰だかご存じですか?」

「知らねえな。俺も五月からそれとなく聞いただけだからな」

 そういえば五月先輩とは同じクラスだっけ。

「梓にも問いただしたんだが、教えちゃくれなかった。だがそれが本当だって事ははっきり聞いた。五月も名前は意地でも言わねえし……」

「じゃあ、その恋人について知ってることは――」

「ない。俺も捜してるんだがな。そいつが何か知ってるなら締め上げてでも吐かせてやる」

 物騒な事を言う。

「恋人ができたのはいつごろかわかりますか?」

「わからねえが――そういえば三年になってからあいつら一緒に帰らなくなったな。最初はクラスが変わったのと、梓のヤツはバカだからよく居残りさせられてるせいだと思ってたが……考えてみりゃ、二年の終わり頃にはもうあまり一緒にいなかった気もするな」

「じゃあその頃に……?」

「今思うとそうかもな。とにかく最近なのは間違いねえ」

「他に何か気付いた事やおかしな事はありませんでしたか?」

「とくにねえが……そういえば、梓によく近づいてた野郎がいたな」

「え、誰ですか?」

「たしか堀田とかいうやつだ」

 またシゲ先輩か……確かに南先輩が好きだったのは知ってるけど……。

「梓もよく誰かに見られてる気がするって言ってたが、もしかしてあいつかもしれねえ」

 ――やはりシゲ先輩には一度話を聞かないと。

 私は久栖先輩に別れを告げようとして、ふと思い出す。

「そういえば、ここで何をしていたんですか?」

「……俺だって真相ってやつを知りたいんだ。梓のためにな」

 やっぱりまだ南先輩の事が好きなんだ……。たとえ死んでしまっても。

 私は久栖先輩に頭を下げると、三年四組に向かった。

 だがシゲ先輩はまだ来ていなかった。私は始業ぎりぎりまで待ったが、結局会うことはできなかった。

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