7 誰かが誰かに何かをした

 昼休みが始まると、私達はすぐに部室で情報の整理を始めた。ここだけの話、昼食は前の休み時間にこっそり早弁してしまった。

 愛子はどこから調達したのか、狭山茶さやまちゃを飲みながらくつろいでいた。しかも私達のぶんまで用意して。

 ……すっかり部室になじんでいるというか、私物化しているというか……。

 やがてファイルを見ていた愛子が口を開いた。

「――資料に照らしても、ひねりさんが聞き込みした情報に間違いはないようですね」

 新聞部の豊富なデータに照らしあわせながら、得た情報をまとめて行く。

「五月先輩の方にも他に友達はいなかったようです。性格は口下手で少し暗く、普段はおとなしいがたまに感情を爆発させることもある、と書かれています。南先輩、久栖先輩とは元二年四組でクラスメイト。家族は父親のみだそうです」

「久栖先輩とも同じクラスだったんだ」

「その久栖先輩ですが……先程見てきたファイルによると、名前は久栖ひとし。不良で乱暴者。二年の途中まで南先輩と交際していたそうです。ケンカ別れしたとありますが、今はよりを戻したがっているとのことです」

「あの人、なにか知ってるかな……」

 そうだとすれば、いずれ話を聞かないといけない。

「ズバリ、あたしの推理ではその人が真犯人だね」

 いっきがいきなり犯人特定する。

 ……どんな推理をすれば、久栖先輩が真犯人になるんだろう。

「まだ会ってもいないうちから……それに五月先輩の話はどうなっちゃったの?」

「冗談冗談。だけど死体もない、犯人は行方不明、どういう事件かもわからない、って状況でどんな捜査をしたらいいのかな?」

「えっと、とりあえず調べる事は……」

 私は昨日スフィーと打ちあわせた捜査方針を思い出し、二人に説明した。

 1、南と五月について。

 2、南と五月の行方。

 3、両者、もしくは一方と関係の深い者。

 4、関係者達のアリバイ。

 5、死体消失の理由。

 6、事件前後の現場近辺の異常や不審者の有無。

 7、現場一帯の調査。

 8、聞き込み。

「……まずはこんなところかな」

「では聞き込みはみんなで行なうとして……その前に不審者情報と現場周辺の調査をしておきましょうか」

「……あんたたち、ちょっといい?」

 そこへユイさんが不機嫌な顔で入ってくる。

「情報をもってきたわ。五月の自宅に書き置きが残ってたそうよ」

「えっ、五月先輩本人の?」

「まず間違いないわね。五月のお父さんから確認したし。血のついたレンガも、その上に置いてあったって」

「ユイさん、もう五月先輩の家に行ってきたの?」

「そんなのあんたたちと会う前――昨日のうちにとっくに行ってるわよ」

 さすが仕事が早い。

「ニュースは速報性が命。真偽は二の次だからね」

 ……それは記者としてダメなんじゃ……。

「で、書き置きの内容だけど……現物は警察に持っていかれてたけど、お父さんが覚えてたから、その通り伝えるわね」

 ノートを取り出し読み上げる。それによると……。

「『梓を殺してしまいました。お父さん、ごめんなさい。私は本当に最低なことをしてしまいました。これから罪をつぐなってきます』――五月の字にまず間違いないみたいね」

「内容からすると、自首するって読めるけど……」

「自首はしてないわ。足取りは相変わらずつかめないままよ」

「じゃあまさか……自殺!?」

「その可能性もあるわ。なんにしろ問題は、五月がこれを書いて家を出た後どうしたかね」

 この文面だと、自首か自殺しか考えられないけど……。

「それともう一つ別の情報だけど、事件の前日に南ともめてた男がいたそうよ」

「え……誰?」

「三年四組の堀田ほった盛須しげもち。何人かの目撃証言があるわ」

 南先輩やノリ先輩と同じクラスか……。

「何が原因だったの?」

「それぐらい自分で調べなさいよ。探偵部なんでしょ」

 確かに、どっちみち話を聞きにいかなきゃならないし。

「わかった、これから会いにいってみる」

「そうしなさい。じゃ、アタシはこれで」

 きびすを返したユイさんに、いっきが声をかける。

「情報サンキュー、タダさん!」

「こら、いつきち! タダじゃなくて唯!」

「でも本当にありがとう、ユイさん。私達に協力してくれて」

「なに勘違いしてるのよ! アタシはあんたたちの手助けなんてしたくないんだから!」

「口ではそう言っても、体は正直ということですね」

「――って、あんたがさっきの休み時間に捜査を手伝えって脅しに来たんでしょ!」

「あら、人聞きが悪い。私は協力していただけませんかと『お願い』しただけです。無理にとは申しておりません」

「ぬけぬけと……! 証拠までちらつかされて断れるわけないでしょ!」

 やっぱりそういうことか……。

「――まあ真相がわかれば記事にもなるし、これはこれでいいわ。ただし、いい情報があったらこっちにも教えなさいよ!」

 そう言い残して去る。

 まあ理由はどうあれ、やっぱり本職の手助けは心強い。

「さあ、んじゃさっそく堀田先輩を問いつめにいこうか!」

「そのことですが、三人で行くか手分けするかどちらにいたしましょう」

「もちろん探偵は一匹狼が基本! 誰ともなれあわないんだよ!」

 私達、充分なれあってると思うけど。

「では仕事を分担しましょうか。その方が効率もいいですし」

「それじゃ、また私が四組に行ってくるよ」

「お願いします。私といっきは現場周辺の捜査を済ませてきますので」

 二人を見送った私は、資料室で堀田先輩のデータを少し調べてから三年四組に向かった。

「教室にいるかな……」

 入口からのぞきこむ。中は当然ランチタイムだ。

 その時、ノリ先輩が私を見つけ、食べていたパンを口に詰めこんでこちらにやって来た。

「――やあ、日根野さん。わざわざ会いにきてくれたんだ」

 ……違います。

「あの、今度は堀田先輩にお話を聞きたくて――」

「シゲ? 中でメシ食ってるけど、呼ぼうか?」

「あ、その前に、堀田先輩について聞いてもいいですか?」

「……ひょっとして、南ともめてた件?」

「ええ、そうです。知ってたんですか」

「まあその――言わなくてごめん。アイツ、オレの友達なんだ。疑いをかけるような事は言いにくくて……」

「あの、堀田先輩ってどんな方なんですか?」

「率直というか、子供っぽい性格かな。それがいいところでもあるけどね。よくまわりからはわがままって言われてる」

 確かにファイルには『自己中心的で問題児』と書かれていた。

「あまり人を気にしない、マイペースな感じかな。それでトラブルになることもあるけど、悪気はないんだ。根はいいやつだよ」

「どうして南先輩ともめたんですか?」

「もめたというか――告白したんだよ」

「えっ、南先輩のことが好きだったんですか?」

「うん。でも、ふられたって。それで食い下がったのが、もめてたように見えたんだと思う。実際、諦めきれなくて、ちょっとしつこくなったみたいでさ」

 南先輩がキツい性格だったのなら、その場合どうなるか想像にかたくない。

「オレもついこの間――あの事件の直前に『南が好きだから告白する』って聞いたんだ。アイツが南を好きだなんて知らなかったから驚いたけど、前々から惚れてたみたいでね」

 でも事件直前にそんなことがあったとなると……どうしても疑わざるをえない。

 まあ事件の状況や書き置きから見ても五月先輩が犯人なのは明らかなんだけど、何らかの形で関与していた可能性は否定できない。死体が消えた理由もはっきりしてないし。

「この件に関しては、これ以上詳しくは知らない。南があんなことになっちゃったから、聞きづらくてさ。あとはアイツに直接聞いてよ」

「わかりました。それじゃ、呼んでいただけますか?」

「ああ、ちょっと待ってて」

 ノリ先輩と一緒に出てきたのは、さっき写真で確認した堀田先輩。少しくたびれた制服とラフな髪……だらしないというほどではないけど、身だしなみには無頓着な人らしい。

「――取材をしたいんだって?」

「はい。私、一年三組の日根野です。堀田先輩、お話を伺えますか?」

「……シゲでいいよ。で、なに?」

「えっと、南先輩の事について……」

「ああ、僕ともめてたって話だろ? 本当だよ」

 自嘲気味に笑う。

「知ってると思うけど、ふられちゃってね。もう少し考えてみてくれって言ったんだけど、『私にはもう恋人がいる』ってさ」

「恋人って……久栖先輩の事ですか?」

「あいつとはもう別れてるよ。だから告白したんだ」

「じゃあ、他に……?」

「さあね。かなりしつこく訊いたんだけど、教えてくれなかったから。断るための嘘なのか、本当なのか――」

 本当に恋人がいたのだろうか? ノリ先輩に目で訊ねるが、『知らない』と首をふる。

「他に何か気付いた事はありますか?」

「……そういえば、『今それどころじゃない』って言ってたな。今思うと、なんだか話す前からイラついてる感じだった。それでつい『もっと真剣に考えてくれ』って言っちゃって、言い争いみたいになったんだ」

 南先輩、やはり何か問題をかかえていたんだろうか。

「……それだけだよ。トラブルがあったとか、恨んでたとかはない。今も南さんが好きだし、心配してるんだ」

 その言葉に嘘は感じられない。

 結局シゲ先輩からはそれ以上情報を得られず、私はお礼を言って立ち去った。

 帰る途中、廊下でひとりつぶやく。

「――正体不明の恋人……本当にそんな人いるのかな?」

 もちろんその答えは、いくら考えても出ないことはわかっていた。

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