5 探偵部結成!

 翌日、私は表面的にはいつもと変わらずに登校した。始業にはまだ少し早い時間。

 なんとなく硬くなって教室に入る。と、緊張を振り払うような明るい声が私を迎えた。

「おっはよー!」

「――あ、おはよう、いっき」

 教室には少女がひとり。人なつっこくて表情豊かな顔に、ふんわりウェーブのかかったボブ。私の小学校時代からの親友、『いっき』こと『いつき久世ひさよ』だ。

「もう来てたんだ。今日は早いね」

「あはは、なんだか早く目が覚めちゃってね。あ、そうだ、一日遅れたけど誕生日おめでとう!」

 差し出したのはプレゼントの包み。

「あ、そうか……。ありがとう、いっき」

 私を心配して早く来てくれたのかな?

 いっきは明るくごまかしているが、そういう思いやりのある子だ。

「あら……おはようございます。二人とも、もうおそろいでしたか」

 教室に入ってきたのは、長い黒髪の少女。もう一人の親友、『倉純くらずみ愛子あいこ』だ。父親が外交官のため今は学園の寮で暮らしていて、慇懃いんぎんで優雅で上品。しかし性格は穏やかだが、歯にきぬ着せぬというか……意外とキツいことを言ったりする。

「ひねりさん、お誕生日おめでとうございます」

 優しく微笑んで、愛子も私にプレゼントを差し出す。

 ……友達というのは本当にありがたい。

「――そういえば、きのうは大変だったねー」

 いっきが言うのはもちろん例の事件。

「ええ、本当に災難でしたね。警察にも連れて行かれてしまって……」

「そうだよ! ひねりが犯人のわけないのに、警察はどこに目をつけてるんだか!」

「いや、べつに犯人として連行されたわけじゃ――」

 疑われはしたけど。

「……でも、そのことだけど、実は自分でも調べてみようと思ってるんだ」

 私は少し迷ったけど、正直に打ち明けることにした。

「そうですね、疑われたまま座して待つのはつらいですものね」

「……えらい!」

 突然いっきが言う。

「自分の始末は自分でつける! 最近の若者には珍しい、たいした心意気!」

 いや、単に尻に火がついて嫌々やるはめになったんだけど。

「もちろんあたしたちも協力するよ! ね、愛子?」

「はい、微力ながらお手伝いさせていただきます」

「ありがとう……」

 心の奥にあった不安がやわらぐ。二人には本当に元気づけられてばかりだ。

 私も事件に取り組む意欲がより強くなり、知っている情報を全て二人に話した。

「――それならば、上級生への聞き込みが必要になりますね。情報もできるかぎり欲しいですし、調査も広範に及ぶでしょう。現在の状態では力不足は否めないですね」

 確かに一生徒の身分ではできる事に限界がある。

「上級生のクラスや学園内を捜査して回るにも、見ず知らずの人に根ほり葉ほり聴いて回るにも、大義名分がないと難しいでしょうし」

 そっか……私達には許可も何もないんだ。

「気にしない気にしない。アウトローでいこう!」

「アウトローをつらぬくのも難しいことですよ。世の中何事も建て前ですから」

 シビアな意見だが、その通りなのだろう。

「そこで考えたのですが、新聞部は今人手不足のようですので、みんなで入部してはいかがでしょう」

 そうか、新聞部なら公然と聞き込みもできる。

「えー、新聞なんてつまんないよ。事件を捜査するっていったら、なんといっても探偵でしょ!」

 変なところでいっきのこだわりが炸裂する。

「……では捜査を正当化するため、探偵部を発足させましょうか」

 あっさり言う愛子。

「お、いいね! 正義の少女探偵、ここに誕生!」

「ちょ、ちょっと待って! 部の設立って、条件を満たして許可を取らないといけないんじゃなかったっけ?」

「方法はあります。私におまかせください」

 方法なんてあるの? 愛子は手段を選ばない所があるから、なんだか不安だ。

「それでは私についてきてください」

「よし、ひねりの無実を証明するため、探偵部初出動だ!」

 私は二人の勢いに引きずられ、仕方なくついて行く。

 そして到着したのは新聞部。

「……よかった、やっぱり新聞部に頼むんだ」

「ええ、新聞部にはぜひ協力していただきましょう」

 愛子は開いていた扉をノックし、あいさつをして中に入る。そこにいたのはおかっぱの女の子。

「ん、どうしたの? 入部希望者?」

 私達は彼女に自己紹介をする。

「ああ、知ってるわ。一年三組の仲良し三人組ね」

 も、もう調べられてるの? さすが新聞部。

「アタシは一年一組の万孫樹まんそんじゅゆいよ。今は一応ここの代表ってことになってるわ」

 え、一年生で代表?

「……やっぱり噂は本当だったんですね」

 愛子が沈痛な面持ちで言う。

「噂って?」

「新聞部が幽霊部員ばかりになって、開店休業状態という話です」

「そ、それは……」

「こんなことが学園側に知れたら、活動中止になってしまいますね……」

「こ、これから新入部員が入ってくるわよ! 新聞はアタシ一人でも作るし!」

「上級生の最低人数には、校則の規定があったはずですが」

「う……先輩達はまだ籍はおいてるし……」

「言いかえれば、あなた以外は出席も活動もしていないという事ですね」

「ぐっ……」

「それに私、他にも不穏な噂を聞いたもので……」

「な、何よ?」

「実は、上級生による部費の使いこみと隠蔽工作があったと……」

「なっ、何言ってるのよ! そんなのただの噂じゃない!」

 と言いつつ、思いきり目が泳いでいる。

「では、もし私が『証拠がある』と言ったらどういたしますか?」

「……あんた、何が目的?」

 愛子は微笑んで、昨日の事件に関する捜査の必要を説明した。

「それで探偵部を設立したいのですが、それにはぜひ新聞部のご協力が必要です」

「協力って?」

「情報と部室と名前の提供です」

「情報はわかるけど、あとの二つは?」

「まずこの部室を使わせていただきたいという事です。それから名前というのは、私達は表向きは新聞部として活動したいという意味です」

「ふーん、取り引きってわけね。ここをあんたたち探偵部にも使わせて、新聞部員という事にしておけばいいのね」

「はい、一応新聞部に入部届けも提出いたします」

「……わかった、いいわ。情報が欲しいなら、隣の資料室も使っていいから」

「ありがとうございます。では、今後新聞部は探偵部の傘下さんかとなります。部室も私達が管理しますので、私物は片付けてくださいね」

 にっこり。

「――って、どうしていきなりそうなるのよ!」

「ご心配なく、新聞部も今後とも部室を使っていただいて構いませんから。そこの隅でよろしければ」

 壁際に放置されたボロ机を指差す。

「な、なんでそんな上から目線なのよ! 新聞部は公認の部なんだから、非公認のあんたたちよりこっちの方が上のはずでしょ!」

「いやですわ、実権は表ではなく裏にあるのですから当然でしょう」

「歴史ある新聞部が、急造の同好会以下の集まりに食い物にされてたまるもんですか!」

「その新聞部の生殺与奪せいさつよだつの権は誰が握っているか、今一度お考えになっては?」

「ぐっ……」

「もし交渉が決裂すれば、唯さんは歴史ある新聞部をつぶした代表者として名が残るでしょうね。卒業してジャーナリストとして地位を築いている先輩方にも顔向けできませんわね」

「じ、冗談じゃないわよ! アタシも将来ジャーナリストになるのに、余計な傷は……」

「つけたくない、ですよね。私も同じ気持ちです」

 愛子はため息をつく。

「ですが、己の立場をわきまえない人間は長生きでないのが世の常ですから」

 こ、これって完全に脅迫なんじゃ……。

「――あんた、ウチをつぶすつもり?」

「おとなしく従っていただければ、そのようなことはいたしません。新聞部にはまだ傀儡かいらいとして価値がありますから」

 そ、そこまではっきり言わなくても……。

 でも怖いので口は挟まない。

「い、言ったわね……。倉純――いや、愛公! あんた覚えてなさいよ!」

「――負け犬の遠吠えと思って、その呼び方くらいは許してさしあげましょう」

 ……やはりこれ以上こじれてはまずい。

「まあまあ、とりあえず部室は新聞部と探偵部で仲良く使うってことで……」

「うるさいひねきち! そんなお情けなんていらないわよ!」

 ひ、ひねきち……。

「この屈辱は忘れないわ! いつかあんたたちのスキャンダルを握って、一生ゆすってやるんだから!」

 そう捨てゼリフを残し、部屋を飛び出す。

 ……うう、悪いことしたなあ。

「いやー、なんだかこれじゃあたしたちの方が悪役みたいだね」

 どう考えてもこっちが悪役なんですけど。

「まあ大事の前の小事、正義の探偵の前に障害はつきものってことで」

 ……ユイさん小事あつかいの上、障害よばわりですか。

「ともかくこれで情報源と活動拠点と大義名分は手に入りました。あとは新聞部の取材と称して捜査をするだけです」

「新聞部とは世を忍ぶ仮の姿! その正体は、正義と真実の使徒、無門学園探偵部!」

 よくわからないポーズをとるいっき。

 ……ともかく、こうして私達は探偵部として活動を開始することになったのだった。

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