4 名探偵はスフィンクス

「そ、そんなの無理だよ。私なんて、ごく普通の中学生だし……」

「普通の中学生だろうが異常な中学生だろうがやるしかない。さもなくばおぬしは呪いによって破滅だ」

「破滅って……まさか……」

「そう、死だ。しかも呪いはその後もおぬしの家族や友人にまで広がり続けるだろう」

 え――みんなまで……。

「今はわらわの力で何とか遠ざけておるが、呪いは消えることなく蔓延まんえんし、周囲の状況や人間を操って間接的におぬしを破滅させようとする。そろそろおぬしの周りで何か起こり始めたのだろう?」

「――うん……じつは……」

 私は事件の状況を説明した。全てを聞き終えたスフィーは頷いて言う。

「やはりおぬしに呪いが及び始めたか。ならば事が大きくなる前に芽を摘まねばならんな」

「もしこのままだとどうなるの?」

「放っておけば間違いなくおぬしに被害が及ぶな。まあ何かしたとしても及ぶだろうが」

「それじゃ意味ないじゃない!」

「意味はあるぞ。もし呪いを打ち破れば、歪められた因果律は修正され、呪いが原因で起こったあらゆる事象があるべき状態に戻るのだ」

「……なんだかよくわからないけど」

「――つまり事件の原因がなくなって、事件の起こらなかった正しい未来に戻るのだ」

「え、じゃあ殺人もなかった事になるの? そんなことできるの?」

「うむ、わらわの力を使えばな。呪いでねじ曲げられた今の世界は、本来なら存在しなかった未来だからな。ただ元の姿に戻るだけの事だ」

 ともかく呪いさえ解けば、何もかも解決するんだ。

「――それで、呪いを打ち破る方法って?」

依代よりしろを突き止め、解放するのだ」

「ヨリシロ?」

「呪いに囚われ、負の感情を植えつけられて事を起こした者――つまり事件の張本人だな」

「要するに犯人を突き止めればいいんだね」

 今回で言えば、それは五月先輩とわかっている。

「そして依代の企みや行動を暴き、呪いによって起こされた結果を全て把握する――つまり真相を知れということだ」

 そこはまだ何もわからない。

「最後にそれを本人に突きつけて証明し、その目的をついえさせる。それによって呪いは力を失い、依代は解放される」

「それを全部私がやるの? 警察に任せたらだめ?」

「まあ部分的には警察や他人に頼るのも構わんが、できるかぎり自分で解決した方がいいな。何しろ呪いは常に対象に向かって働いておるからな」

「やっぱり悪い影響があるんだ……」

「うむ。呪いはあらゆる所で災いの種を作り、不幸をもたらそうとする。何もしなかったり人任せにしておれば、間違いなく悪い方向に展開するだろう」

 なんだか心細いなあ。

「まあいつもおぬしの近くにおる者なら、わらわの守護の力も及びやすくなるからな。親しい者なら多少頼っても構わんだろう。それにそう気負わずとも、わらわもついておる」

「そっか、スフィーは何かすごい力を持ってたりするんだよね?」

「もちろんだ」

 ひざの上の小さなスフィーが今はなんだか心強い。

「それって何?」

「うむ、これだ」

 前足で頭をぺしぺしたたく。

「……頭突き?」

「ちがう」

「じゃあ、額からビームが出るとか?」

「そんなものは出ん」

「じゃあ何?」

「むろん、わらわの明晰な頭脳だ」

「え……それだけ?」

「何を言うか、知こそ最大の力だ。人間より強い生物はたくさんおるのに、人間が生態系の頂点に君臨できる理由を考えてみよ」

「それはそうだけど……スフィンクスなら、他にもすごい能力とかないの?」

「まあもう一つあるが、それは時期尚早だ。おいおい話そう」

 ……この調子じゃ、あまり期待しない方がよさそうだ。

「とにかく今は事件の捜査だ。まず真相を知らぬことには呪いは解けんからな」

「捜査って言っても、何一つわからないんだから、何を調べたらいいのかもわからないよ」

「何一つ? おぬしは本当にこれまでの情報から何一つ得ていないのか?」

「事実以外は何も得てないと思うけど」

「そんな有様では、事実すら本当に得ておるか怪しいな。現段階でも知りうる事や推理できる事はいろいろあるぞ」

「そりゃ憶測だけならいくらでもできるけど……」

「そうではない。ある程度あてになる、合理性や確実性のある推測だ」

「こんな少ない情報で、何かわかる事がある?」

「そう考えずとも、当たり前の事実はいくつも出てくるであろう。たとえば、二人はその朝待ちあわせていたとかな」

「――え、そうなの?」

「……体育倉庫などという不自然な場所で、しかもあんな時間に偶然会うと思うか?」

 そっか……そういえばそうだ。

「そしてそこから、二人がある程度親しいことがわかる」

「うん、待ちあわせの約束をするくらいだもんね」

「それだけが理由ではないぞ。相手はそんな呼び出しを守り、しかもわざわざ早朝に来て、なおかつ狭い空間に二人きりになっておる。これは親しくなければ簡単には実現せぬ」

 確かに、私も知らない人が相手なら絶対に行かない。

「脅迫されたとも考えられるが、全く知らない相手を脅してまで呼び出したり、いくら脅されたとはいえ相手がそれに従ったりする可能性は低いと言わざるをえん。よほどの弱みがあれば別だが、そもそもそれほどのネタや恨みをもちうるなら面識がないとは考えにくい」

「うん、そうだね」

「なんにしろ、呼び出された者には来ざるを得ない理由があったことになる。となると、さらにそこから二人の間には重大なもめごとがあったと推測できる」

 そもそも相手を殺しているくらいだから、それも間違いないだろう。

「そしてそれは当然やましい事、見られたり聞かれたりしたくない事で、それがわざわざ早朝人のいない場所で会うことを選んだ理由だろう」

「そんないざこざがあったってことは、二人はかなり仲が悪かったんだね」

「それはわからんぞ、『かわいさあまって憎さ百倍』というからな。二人の親しさや、そもそも表のつきあいなのか裏のつきあいなのか、それも調べねばならん。その答えによって、動機が全く変わってしまうからな」

 そのあたりは、同じクラスの人に聞けばわかるかな?

「というわけで、まず二人の関係を洗うのだ。もめごとになりそうな事も含めてな」

「わかった、調べてみる。――あ、それと死体が消えた理由だけど……」

「それもいくつか推理はできるな。だが考えられる理由自体はそう多くはない」

「たとえばどんな?」

「……少しは自分でも考えろ」

 ――あの状況で、死体を移動させなきゃいけない理由ってなんだろ?

「まあ少し例をあげれば、最も単純なのが『五月が戻ってきて死体を隠した』だな」

 そうか……あのあと戻ってきた可能性もあるんだ。

「だが既におぬしに発見されておるだろうに、わざわざ戻ってまで死体を隠したとなれば、何か詳しく調べられてはまずい理由があったと考えられる」

「たとえばどんな?」

「その前に、次の可能性に触れておかねばならん。すなわち『死体を第三者が隠した』だ」

「え……他には誰もいなかったし、そもそもそんなことしても意味がないよ」

「なぜそう断言できる?」

 ……考えてみれば、確かに言い切れない。

「結局どちらにせよ、『なぜそんなことをしたのか』が問題になる。そこでまず『何者かが死体を隠す場合の動機』を整理しておいたほうがよいだろう」

「うん、そうだね」

「一般的に考えられるのは、

1、犯行そのものの隠蔽。

2、被害者の特定を阻止。

3、死亡推定時刻を隠すため。

4、死体を隠さないと自分が不利になる場合。

5、死体を隠すと自分が有利になる場合。

6、死体を利用したトリックなど、捜査を撹乱するため。

7、死体、もしくは死んだ人物への執着。

8、恐怖からの場当たり的隠蔽。

――などがよくある理由だな」

「今回はどれだと思うの?」

「現段階で特定することなどできん。これはあくまで一面的な可能性を列挙しただけで、そもそも当てはまっておるのかさえわからん。推理というものは、捜査の進展によってどんどん変わって行くからな」

「そっか……あとは私の調査次第なんだ」

「うむ。――それと言い忘れていたが、もう一つ重要な可能性がある」

「なに?」

「『ひねりの証言が虚偽』という可能性だ」

「わ、私は嘘なんてついてないよ!」

「まあわらわもそう思っておるが、意図的な虚言という意味ばかりではない。錯覚や幻覚の可能性なども含めてだ」

「私は今まで幻覚を見たこともないし、あぶない薬をやったこともないよ」

 猫が喋るのが幻覚でなければの話だが。

「『自分がそう思っているから正しい』という考え方は、宗教的盲信の始まりだぞ」

「……スフィー、そんなに私が信用できない?」

「そうではない。ただ人間の主観というものが信用ならんのだ」

 それって結局私が信用できないってことじゃ……。

「忘れてはならんのは、推理の一つにそういう可能性があるということだ」

「……警察でも疑われたんだから、そんなことわかってるよ」

「まあ第一発見者が犯人というのはよくある事だしな。気にするな」

「気にするよ……」

「赤の他人に信用されたければ、証拠を示すしかない。明日からしっかり捜査するのだぞ」

「わかってる。それしか道はないもんね」

 真相さえわかれば、すべて解決する。

 私は不安を押しのけるため、自分にそう言いきかせ、気持ちを明日に向けた。

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