3 呪われし者

「はあ……」

 自分の部屋に戻るなりため息。

 警察ではさんざん質問責めにあったあげく、ようやく解放された。

 学校の方も授業は中止。おかげでたっぷりと尋問の時間をとられてしまった。

 まあ唯一の目撃者だから仕方ないんだけど……。

 なにしろ死体も犯人も消えてしまったので、事件は私の証言一つで成り立っている。血痕はあったけど、それだけでは殺人があった証拠にはならない。

「取り調べって、本当に同じことを何度も何度も何度もきかれるんだ……」

 わかってたけど……実際にやられるとキツい。偽証でないか確認するためとはいえ、うわべには出さないがあからさまに疑われながら同じ質問を繰りかえされるのは拷問に近い。

 だが一つ、事件の存在を裏付ける要素が見つかった。中等部三年の女子二人が行方不明らしいのだ。

 写真で確認したところ、それは私が見た二人と一致した。レンガを手に逃げていった眼鏡の少女は五組の五月さつきさと。もう一人は体育倉庫が暗かった上、倒れたままの状態で顔を見たため断言はできないが……おそらく四組のみなみあずさ

 だがそれが必ずしも私の証言が本当である証拠にはならない。結局南先輩の死体か、逃走した五月先輩が見つかるまでは、私の話の上だけの事件でしかないのだ。

「あーあ……」

 今日は本当に疲れた。証明のしようがない話を繰り返させられるのはかなり空しい。

 私はふと鏡をのぞきこむ。そこにはセミロングでやや童顔の、一見まじめそうな少女。

 ……いや実際まじめなんだけど。一応。

 だが見慣れた顔には、今は疲れとかげりが見える。なんだか一日でやつれてしまった。

「とんだ誕生日だったな……」

 友達をよんでパーティーをする予定だったのに、それどころではなくなってしまった。

 ――その時、少し開けておいたドアからスフィーが入ってきた。

 スフィーはスフィンクスという珍しい種類の猫で、全身ハゲ――じゃなくて、毛がないのが特徴になっている。

 飼っていたのは今はなきお母さん。考古学者としてエジプトで遺跡の発掘調査をしていたので、この種類を選んだのかもしれない。

 私はお母さんの形見とも言えるスフィーをなでながらつぶやいた。

「……私、どうしたらいいのかな……」

 警察からは私が血痕を残した張本人ではないかと疑われてしまっている。

 それはいたずらという程度の話ではなく、私が二人を行方不明にした――すなわち殺した可能性があるという事を意味する。

 なにしろ事実としては、二人の少女が行方不明になって、血痕が残っていたというだけなのだ。他人から見れば、犯人は私でもありうるのだ。

 もちろん逃げた五月先輩がいる以上、彼女が見つかれば大丈夫だとは思う。だけどもし、彼女がこのまま逃げおおせてしまったり、見つかっても逆に私のせいにされたりしたら……。

「どうしよう……」

 私はまたつぶやく。だがもちろん答える者は――。

「――自分で何とかするしかなかろう」

 いた……って、ここには私しか――。

「とうとうこの時がきたようだな、ひねり」

 『ひねり』は私の愛称だ。『日根野ひねの鋭利えり』だから略して『ひねり』。だが私をこの名で呼ぶ者はこの家にはいない。死んだお母さんを除いて。

「――誰?……お母さん? どこにいるの?」

「わらわは母ではない。場所はここだ」

 ひざの上のスフィーが片手をあげる。

 呆然とする私。

「……冗談、でしょ?」

「冗談も何も、場所を偽る意味などなかろう」

 ぶんぶんと手――もとい足をふる。

「いや、そうじゃなくて……スフィーがしゃべってることが……あと手、じゃなくて足をふってるアピールしてること……ううん、そもそも私がいま猫と会話してることが?」

 ……なにがなんだかわからなくなってきた。

 が、とにかく――。

「あなた何者? 本当にスフィーなの?」

「もちろんわらわは、おぬしがよく知っておるスフィーだ」

 私がよく知っているスフィーはしゃべったりしない。

「これまで猫としておぬしと暮らしてきたが、わらわはもともと猫ではない。この体はただの仮の宿りなのだ」

「猫じゃないって……じゃあ何なの?」

 その質問にスフィーは胸をはり、気取った調子で答える。

「よくぞ聞いた。わらわこそ知性の象徴、知恵の代名詞、知識の守護者スフィンクスだ」

「す、すふぃんくす?」

 私は間抜けな声で聞き返す。

「隠しておってすまなかった。だが今までは力を蓄えておったのだ」

「スフィンクスって、エジプトの? 猫の種類じゃなくて?」

「いかにも。古来より伝説にもうたわれ、ピラミッドの守護をも担う、偉大なる存在だ」

 確か『四本足、二本足、三本足』のなぞなぞを解かれて身投げしたんだっけ。

「……で、そのスフィンクスさんがどうして日本――というか私の家に?」

「もちろんおぬしを護るためだ。王家の呪いからな」

「お、王家の呪い?」

 私は王家に呪われるような行為はしていない。……たぶん。

「全てはおぬしが生まれる前――おぬしの母であるかおりが王家の墓を暴いた事から始まった」

 スフィーは遠い目をして語りはじめる。

「ピラミッドに満ちた力は、強力な呪いと化して墓を荒らした者達にふりかかった。そして侵入者に何年もかけて災いをもたらし、次々と死に至らしめていった」

「じゃあ、お母さんが死んだのもその呪いのせいで……?」

「うむ。だがその力はあまりに強すぎた。呪いは墓を暴いた者のほとんどを殺してもなお収まらず、関係の薄い周囲の者にまで及び始めたのだ」

「じゃあその『呪い』って人がこの事件を起こしたの?」

「違う。呪いは人々に強い悪意を与え、未来を悪い方向に変える。そうして『存在しない未来』を作り出すのだ」

「『存在しない未来』って……今私達がいる世界が?」

 スフィーはうなずく。

「そうだ。本来殺人など起こさぬ人物が、呪いによって未来を狂わされたのだ。わらわは暴走した呪いを抑えて正しい未来に戻すべく、侵入者の数少ない生き残りであった香に接触した。呪いを打ち破ることができるのは、直接呪いをかけられた『被呪者ひじゅしゃ』のみだからだ」

「スフィーはお母さんに力を貸すために来たの?」

「うむ。だが、わらわは香を助けることができなかった。また、呪いを絶つことも」

 それじゃ、もう呪いを消す方法は……。

「このままでは呪いはさらに増大し、無関係な者達にまで被害を及ぼすだろう。それを防ぐ最後の希望、それが……おぬしだ」

「え? 私は呪いを直接受けてなんて――」

「香が墓に侵入した時、ちょうどおぬしを腹に宿しておった。すなわちいま生存する唯一の被呪者にして、呪いを打ち破る事のできる最後の人間……それがひねり、おぬしなのだ」

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