概要
一九一二年四月十五日。「乗客乗員は全員無事」――掲示版に貼ったのは、私
一九一〇年の秋、わたしは指輪の代わりにヴァイオリンを贈った。二年ぶんの貯金を叩いて買い、銀の板に文字を彫らせた。
――婚約の記念に。エルシーより、トマスへ。
彼は港から港へ渡り歩く楽団の楽長で、わたしは機屋町の郵便局の電信係。逢えるのは年に幾日もなく、わたしたちはいつも手紙で暮らしてきた。「この航海を最後にする。帰ったら式を挙げよう」。そう書き残して、彼は史上最大の船に乗った。
四月十五日、月曜。わたしの局に届いた公示を、わたし自身の手で町の掲示板へ貼った。
――タイタニック号、氷山と接触。乗客乗員は全員無事。
町は歓声を上げた。教会の鐘が鳴った。わたしは笑って、式の日取りを決めて、通りじゅうに触れて回った。
その報せが誤りだったと、翌朝の紙が告げた。
やがて世
――婚約の記念に。エルシーより、トマスへ。
彼は港から港へ渡り歩く楽団の楽長で、わたしは機屋町の郵便局の電信係。逢えるのは年に幾日もなく、わたしたちはいつも手紙で暮らしてきた。「この航海を最後にする。帰ったら式を挙げよう」。そう書き残して、彼は史上最大の船に乗った。
四月十五日、月曜。わたしの局に届いた公示を、わたし自身の手で町の掲示板へ貼った。
――タイタニック号、氷山と接触。乗客乗員は全員無事。
町は歓声を上げた。教会の鐘が鳴った。わたしは笑って、式の日取りを決めて、通りじゅうに触れて回った。
その報せが誤りだったと、翌朝の紙が告げた。
やがて世
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