読了したので書きます。
徳川三大危機の1つ「三方ヶ原の戦い」は戦国時代を好きな人ならば知らない人は居ないだろう戦いです。
しかし、これほど有名であるにもかかわらずこの戦いも「本能寺の変」と同じぐらいに謎が多いです。
だからこそ、描き甲斐がある。『真田丸」のように、これこそが歴史の空白を埋めるというのはこういうものだと思わずにいられません。
武田信玄と武田勝頼、織田信長と平出親子、徳川家康と甲州征伐……。
一見すると点に見える要素が1本の糸のとして紡がれ、徳川家康といういずれ至る天下人の色に染まっていくのがありありと見えます。
稀代の怪物たちが織りなす思惑、血と鉄が織りなす戦の裏側を是非とも楽しんでください!!
いやあ、常にもまして文章がいいですな。活き活きとしております。
しかし、どうでしょう。うーん。「三方ヶ原の戦い」を知っているほうがより楽しめる内容かなとは思いました。何と言いますか、作者の解釈を楽しむ作品なので、ウィキペディアなどで調べてから読むといいように思います(もちろん、力量ある作者の作品ですから、知識がなくとも楽しめるとは思いますが)。
私は個人的に、「本能寺の変」よりも、「三方ヶ原の戦い」のほうが『謎』深い出来事だと思っているので、高い関心をもって読むことができました。なるほど、そういう解釈で来たのかと膝を打ちましたね。とてもおもしろかったです。ぜひぜひ、ご一読あれ。
元亀三年(1572年)。
武田信玄が西上作戦を開始し、遠江・三河は怒涛の勢いで武田の支配下へ。
若き徳川家康は領地を守れず、織田の援軍も乏しいまま、戦国の荒波にひとり放り込まれます⚔️🔥
信玄が掲げた「上洛」は表向きの旗印にすぎず、真の狙いは遠江・三河の掌握と、織田との有利な和睦を引き寄せるための政治的示威。
その老獪な読みと計算は、戦国の “表” ではなく “裏” を知る者ほど唸らされる巧妙さです🧠✨
一方、浜松城を素通りされた家康は、武士の意地と屈辱を抱え、無謀と知りながら武田軍を追撃。
三方ヶ原での惨敗は歴史に刻まれた大敗ですが、その裏には家康が仕掛けた “芝居” と “謀略” が潜んでいました。
敗走すら政治的カードに変える家康のしたたかさが、後の覇者の片鱗として鮮烈に描かれます🐎💥
そして、信玄の死。
勝頼への家督継承、「死を三年秘す」という重い遺言――
武田家の未来を背負う者たちの緊張と覚悟が、戦国の非情さを静かに浮かび上がらせます🏯🌙
戦略、誇り、謀略、そして “生き残るための選択”。
家康と信玄という二人の巨星が交錯するこの物語は、史実の奥に潜む政治力学と心理戦を見事に描き出す、戦国史の深層に迫る重厚な一作です📜⚡
三方ヶ原の戦い。
当事者たる武将たちの心理を抉るように描いた見事な短編。
三方ヶ原の戦いといえば、家康が玉砕覚悟で武田勢へと突貫し敗走、空城の計で窮地を脱するといった定番の展開がよく語られますが、本作では「何故」が積み上がる。
何故、武田信玄はこの時期に征西したのか?
何故、徳川家康は勝てない戦いを挑んだのか?
一般的に語られる顛末と、表面上の事実は同じながらその内面にある感情。
歴史モノの醍醐味を十二分に味わえます。
しかし武田信玄の謀は冷徹な思考の結果という印象があるのですが、一方の徳川家康の思惑は、どこかけだものじみた感覚にぞわりとします。
その計略の結果、半分は成功し半分は……という結果を知ると余計に。
この違いはどこから来るのか。
同じ感覚を抱くのか、あるいは別の感じ方をされるのか。是非一読しお確かめ頂きたいです。
三方ヶ原の戦いにおいて、何故家康は城をうって出たのか。
なぜわざわざ悪手である鶴翼の陣形を採ったのか。
なぜ信玄は西征を行い、勝頼を直接の後継にしなかったのか。
常に歴史小説の題材になる疑問ですが、四谷軒氏ならではの視点と洞察により新たな物語が紡がれていきます。
最終話で、家康の独白により明かされるそれらの思惑は、さながらミステリーの解答編のよう。
(私の頭の中には、暗い中床几に座って上からスポットライトを浴びる家康が浮かびました)
そのとき、家康は、信玄は、本当は何を思って動いていたのか。ぜひ考えながら読んでみてください。
歴史好きが歴史を愛する理由は多々ありますが、その中でも「歴史上の謎を解く」という楽しみは無上のもの(※個人の感想です)。
戦国時代の謎と言えば、本能寺の変の真相とか千利休はなぜ切腹を賜ったのかとか戦国モノの大河ドラマで一番面白かったのはどれだとか山のようにありますが、本作で四谷軒氏が挑んだ謎も、歴史マニア大歓喜のものばかりです。
なぜ武田信玄は、晩年になって上洛を試みたのか?
その上洛途上にいた徳川家康は、なぜ負けるとわかっていたのに三方ヶ原の戦いを挑んだのか? それも不利な鶴翼の陣形で戦ったのはなぜか?
そして織田・徳川連合軍に勝利した信玄は、なぜその後三河で城攻めに時間を費やしていたのか? 死期が近いことを悟っていたなら、むしろ西上を急ぐべきなのに。
どの問いにも、一般的な答えはあります。しかし、個人的には首を傾げるような答えも多く、特に家康が三方ヶ原に討って出た理由は「戦わねば国をまとめられないから」とされていますが、どうにも腑に落ちませんでした。
その点、本作の示した答えは衝撃的です。この歴史ロマン、みなさんも是非味わってみてください!