第26話 痛快な陽花
「おい、今さらだけど、本当にお前のこと信じてもいいんだよな?」
瑠香の家へ向かう道中、遊星は最終確認みたいに、歩きながら俺へ問いかけてきた。
「目的はお前と同じだよ。俺が大切にしたいのは、義妹である陽花ただ一人だ」
確かな本音で返すと、遊星は俺をジッと見つめた後、陽花の方を見やった。
「君は……寂しくないのか? 元々いた兄貴が違う奴に変わってしまって」
それもそうではある。
陽花へ投げられた、遊星からの問いかけ。
俺はそれを耳にし、少しばかり胸をざわつかせる。
でも、
「とら君は、どうなってもとら君だから。そこは、先輩に心配されなくても大丈夫です」
「正木俊介、だったか? 完全に意識は別人だろ? どうなるも何も、こいつは今、兄貴じゃない男なんだぞ?」
「それも込みで、大丈夫です。正木俊介君がとら君の意識になっても、大切に思う気持ちは変わらない」
気にしたところで、どうしようもないから。
と。
陽花は静かに返す。
その意思は固いもののように思えた。
俺は安心して、心の内で安堵の息を漏らす。
「大丈夫だよ。お兄ちゃんは、お兄ちゃんだからね」
俺が安心したのを察したのか、陽花は俺の手を握りしめながら言ってくれる。
照れ隠しのような苦笑いを浮かべて、俺は返した。「ごめん」と。
「……そこに関しても、俺にはよくわからない。中身が変わったら別人なはずなのに、どうしてそうやって変わらず好きでいられるんだよ?」
「兄だから、だと思います」
「……?」
遊星が疑問符を浮かべる。
正直なところ、俺も首を傾げかけた。
その主張については、俺の理解からも離れていた。
人が変われば、好意も揺らぐ。
大抵の人間はそうだと思う。
でも、陽花は違うと言った。
「率直に言うなら、兄の主張は、すべて妄想だと思っている節があるんです」
「「え?」」
俺は、遊星と一緒に頓狂な声を上げた。
進めていた歩みも止めてしまう。
陽花は、持っていたカバンを左手から右手に持ち替えて続けた。
「転生がどうとか言ってますけど、本当はそんなことしていなくて、心を入れ替えただけだと思ってます。ただの照れ隠しだ、と」
「い、いやいや、俺は本当に伊刈虎彦に転生……というか、意識転移してだな……!」
「はいはい。私はちゃんと信じてるよ、俊介君」
めちゃくちゃ信用していない感じだった。
ここにきて何を言ってるんだ、この義妹は。
「というか、この際そんなことどうでもいいの」
「……え?」
どうでもよくはないと思うが……。
「私は、とら君がそうやって優しくなってくれたこと、一緒にいてくれることにプラスしてすごく嬉しいの」
「まあ、そこはな。俺は正木俊介だから」
「うんうん、大丈夫。優しくなってくれてありがとうね、とら君」
「いや……」
……まあ、いいか。
名前としては伊刈虎彦で変わらない。
正木俊介であることをぐちゃぐちゃ主張しても、この世界でそれはあまり意味がない。
名前も、戸籍も、すべてが、今まで通りの伊刈虎彦なのだから。
「……なんか、色々気付かされるな、俺」
「何がだよ?」
遊星が疑問符を浮かべて、それを俺にぶつけてくる。
俺は、清々しく息を吐きながら返した。
「正真正銘、俺が陽花のお兄ちゃんだってことをだよ」
●○●○●○●
瑠香の家の場所を、俺は正確に知らない。
ゲームだと、簡単な背景として出てきていただけだし、地理的にどこの場所かなんて、まるでわかっていなかった。
「……ここか」
遂に辿り着いた場所。
少し前までだと、考えられないようなメンバー。
陽花と遊星の二人を連れて、俺は瑠香の家の前に来ていた。
生唾を飲み込み、インターフォンを鳴らす。
『……はい』
機械越しに瑠香の声が聴こえてきた。
わずかにしゃがれたような、そんなものだった。
「……若野、俺だ。伊刈虎彦だ」
返答はすぐに無かった。
わずかな間が空いて、
『遊星もいるんだね。何があったの?』
どうやら、玄関前の映像が映せるものらしい。
確かに、瑠香の家は最近のモノのようで、綺麗だ。
こういったインターフォンマシンも、割と最新なのだろう。
「色々言いくるめたんだよ。助けてくれ、ってな」
『……意味わかんない。言いくるめたって言うより、助けを求めただけじゃん』
「だな。でも、そんなことは今どうでもいい」
そうだ、と。
遊星がインターフォンへ顔を近付けながら、強い声で言いきる。
「瑠香! 苦しいんなら俺を頼ってくれ! 頼むから、自分を傷つけるようなことだけはするな! 頼む! 頼むから……!」
『……頼むって、それはあくまでも遊星が自分を守るためのセリフだよね?』
疑問符が浮かんだ。
自分を守るためのセリフ……?
『私、知ってる。遊星は、私が私を傷付けたら、それを周りから自分のせいにされる。だから、私が自暴自棄になることを許せない』
「そんなの、こいつが自分のせいにされなくても許せないよ。自暴自棄になる前に、お前ならもっと周りを頼れるはずだろ、瑠香?」
遊星の代わりに俺が言った。
すると、瑠香は肩を震わせるように、不気味にクスクス笑って、
『君らしい意見だなぁ、伊刈君。……いや、俊介君、かな?』
刹那、声を上げたのは陽花だった。
ふざけるな、と。
強く叫んだ。
「先輩、何訳のわからないこと言ってるんですか? 君らしいって何ですか? あなたがメンヘラみたいなことしてたら、止めようとするに決まってるでしょ? この二人、優しいんですから」
瑠香からの言葉は返ってこない。
少しの間の後、クスリと笑む声が聴こえてきて、
『優しいって、どれくらいかな?』
「どれくらい……? だから、あなたの自傷行為を止めようとするくらいには、ですが?」
『そっか。でも、遊星の優しさは、私以外の女の子にも与えられる、分配されたものだよ?』
瑠香のセリフを受けて、陽花はわかりやすくため息をついた。
めんどくさい、と。
呆れるように言い捨てる。
「遊星さん、もうこんな人、いっそ捨てちゃったらどうですか?」
陽花のセリフは、ラバポケのストーリーラインから完全に逸脱したものだ。
遊星は、どんな時でも瑠香のことを真っ直ぐに想い続けた。
それに苛立ちを覚えたのが懐かしい。
いくらヒロインと言えど、クソムーブはクソムーブで叩いてやればいい。
過激だが、そんな風に思ったことのある俺にとって、瑠香のセリフは痛快そのものだった。
「遊星、俺もそう思う。ハッキリ言うけど、お前と瑠香をくっつけようだなんて微塵も思ってないからな?」
は?
と。
インターフォン越しに瑠香の声が聴こえた。
それは、明らかに怒気の含まれたものだった。
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