第25話 正木俊介と伊刈陽花。

 遊星と一緒に、瑠香の家へ突撃する。


 突撃と言っても、それは強行突破的な意味ではなくて、ちゃんと事前に連絡してから向かうという意味だ。


 明日、学校が終わってからの実行予定。


 ただ、それは遊星と一緒とは言ったものの、何も二人で行くわけではない。


「……ってことなんだ。抱えてる問題全部にケリをつけたい。だから陽花、お前も一緒に来て欲しい」


 その日の夜。


 俺は、自分の部屋に陽花を呼び、二人きりになれたところでこれからのことについて伝えた。


「それ……本気なの?」


 当たり前のように動揺する陽花。


 俺は頷いた。


 何もかも本気で、これはすべてを解決するために必要なことなのだ、と。


「……どうして? どうして、とら君がここまでしなきゃいけないの? もう、あんな人たち放っておけばいいのに」


 真に迫るような表情で言ってくる陽花。


 正直、陽花の言い分も理解できている。


 面倒で、厄介なことを言い続け、俺をたぶらかす瑠香の存在は、鬱陶しいことこの上ない。


 彼女の恋愛の相手は、本来遊星なのだから、彼に任せておけばいい、と。つまりはそういう風に言いたいわけだ。


 ごもっともだった。


 でも、残念ながらそういうわけにもいかない。


 これは、俺が伊刈虎彦であるが故に、必ずしなければならない尻拭いなのだ。


 通常なら、ここで瑠香に何を言われようと無視を決め込むのだろうが、俺は転生までしてきた身。


 伊刈虎彦に転生させられた理由は、すべてここに詰まっている気がする。


 一つのバッドエンドの回避。


 ただ、その一つというのが非常に重いのだろう。


 瑠香が自死を仄めかすようなルートは、ラバポケの中で一度も見たことがない。


 何なら、攻略サイトにも載っていなかった気がするし、本当に存在しない気がするのだ。


 俺は転生者として、外の世界の者として、そして、このゲームをプレイしたことがある存在として、今のルートを打破しなければならなかった。


 そのすべてを陽花に打ち明けると、妹は何とも言えない表情を作った。


 兄に執着していた顔ではない。


 どこか諦めたような、しかし希望は捨てていないような、そんな穏やかな表情。


 そんな顔をする陽花に対して、俺は謝った。


 すまない、と。


 振り回してばかりだ、と。


 すると、妹は首を横に振る。


「ううん、いいの。謝らないで」


「……でも俺、確実に陽花に迷惑かけてる。もっと、こんなドタバタに巻き込まれず、本当ならお前と一緒に穏やかに日々を送りたかったのに」


 頭を下げるようにして言う俺。


 そんな俺を前に、陽花は改めて首を横に振った。


「大丈夫だよ。迷惑なら、前までのとら君にかけられ慣れてるから」


 思わず胸を何かで刺されたような心地になる。


 呆れ笑いながら言う陽花にまだ救われていた。


 そうだよ。


 前までの伊刈は、陽花にはそこまで酷くなかったけど、他の女子に手を出し過ぎていた。


 それを、陽花自身色々思っていたことだろう。


 こうして、義兄のことを元から想っていたのであれば。


「ごめんな。ほんとこいつ、どうしようもなくてさ」


 自分のことを指差しながら言ってやった。


 それが可笑しいのか、陽花はクスリと笑って、再度首を横に振る。


「いいの。それでも、私はとら君のことが好きだから。家族のこととか、私が辛い時、いつだって寄り添ってくれてたし」


「もしかしたら、それも下心込みだった可能性も……」


「ううん、多分そんなことない。色んな女の子に手を出してたけど、私だけにはそういう風に接してくれてなかったから」


 言って、「それはそれで辛かったんだけど」と付け足す陽花。


 俺はそれを聞いて、「そっか」とどっちつかずな返ししかできない。


 浮かべた苦笑いは、どうしようもなく冴えないものだった。


「でもね、聞いて?」


 一転して、口調を僅かに明るくさせながら陽花が続ける。


「とら君の意識が俊介君に変わって、以前よりも私、あなたのことが好きになったの」


「お、おぉ……」


 マジですか。


 すごく大胆な告白。


 というか、俊介君呼び、何気に初めてだぞ。


「どんなとら君でも好きだけど、今までのはもしかしたら家族愛的な、そういうものだったのかも。こうやって言ったら、なんか本気の告白みたいに聞こえるかもだけどさ」


 はにかみながら言う陽花に、俺は少し顔を熱くさせた。


 陽花のことが好きだ。


 いつもそう口にしてはいるものの、それはどこか伊刈虎彦という隠れ蓑を使ってのことだった。


 でも、今は違う。


 初めて、彼女は俺の本当の名前を呼んでくれた。


「……はは」


 笑みを浮かべると、陽花が様子を伺うように顔を近付けてきた。


 俺は、そんな彼女の方をしっかりと見つめ、


「キスも、恋人がするようなこともしちゃってるのにな、俺たち」


「……ま、まーね。なんか色々、アレはちょっと自暴自棄になってたところもあったし」


「自暴自棄か。ふふふっ、確かにな。俺も半分そうだった」


 その時の状況から逃れたい一心。


 そこから、義兄妹での背徳感を求めた俺たち。


「でも、もしかしたら、そんなこともうしなくてもいいかもな」


「……うん」


 頷く陽花を見て、俺は自身の顔を彼女に近付ける。


「結局のところ、俺は正木俊介なんだ」


「……私は……」


 陽花が何か言う前に、俺は彼女はキスした。


 甘い、健全なキス。


「陽花は、陽花。俺が大切にしたい、唯一の女の子だよ」


 頭を撫でながら言うと、陽花は瞳を潤ませて頷いた。


 うん、と。

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