第24話 和解と闘い。

 自分がこのゲームの世界に伊刈虎彦として転生してきた意味。


 それは、陽の目を浴びることの無い義妹を幸せにするため。


 それだけだと思っていた。


「……お前……いったい何を言ってるんだ? 俺を助ける……? そのために瑠香を死なせない……?」


 放課後の廊下。


 相対している俺たちの距離感は変わらないが、過ぎゆく時間の中で、わずかに遊星の表情が読みづらくなっていた。


 夕闇が世界を覆おうとしている。


 このエロゲの世界を。


「その通りだよ。俺は、元々お前で、この世界の外からやって来た人格だ。伊刈虎彦じゃない」


 苛立った様子を少し和らげ、代わりに困惑して空笑いする遊星。


 俺の言ってることを信じていないというのは明白だった。


「何だ? 俺に殴られて狂ったのか? 別に頭に拳入れたつもりは無かったんだがな?」


「残念ながら狂ってないな。本当のことを言ってる」


 ただ、と俺は続ける。


「そうやって俺の言ったことを信じられないってのも無理はない。仮に俺がお前の立場だったとして、今の俺の発言を信じられるかって言われたら、絶対そんなことなかっただろうからな」


 寝言は寝て言え。


 そんな風に悪態をついていそうだ。そんなものだろう。


「でも、これは信じてもらわないと困る。俺は以前までのクソ野郎じゃなければ、他人の恋路を邪魔しようとするクズでもない」


「だからどの口が……!」


「現に、お前のことを心の底から助けたいと思ってる。助けなきゃいけないと思ってる。瑠香の勝手な行動は看過できない。あいつのしようとしていることは、どう考えてもただのヤケクソだからな」


 でも、もしかすると、俺のその発言も、瑠香からしてみれば一方的なものなのかもしれない。


 遊星の至らなさに嫌気が差した。


 情けないのは遊星なのに、遊星の味方をするべきじゃない。


 神がもしもいるのなら、俺はそんなことを言われそうだが、人間のやれることには限度がある。


 まずはどれか一方を押さえて、そこから全体のバランスを取っていかなければならない。


 皆を助けたい。


 皆を幸せにしたい。


 一番幸せにしたい人はいるけど、特殊な立場にいる俺は、やらなければならない使命がある。


 それを全うするのが俺なのだと、最近になって気付いた。


「遊星、色々信じられないかもしれないけど、今はただ俺の言うことを信じてくれ。頼む。時間が無いんだ」


「時間が無い、じゃねえよ! 急にホラ吹き始めやがって! そんなこと言っとけば丸く収まるとでも思ってんのか!? 俺たちは被害者なんだよ! お前のせいで歯車が狂った! 俺は、瑠香のことが好きで、瑠香のために何もかも、色んなことを捨て去ったっていうのに……!」


「……捨て去った結果がこれか? お前、本当に瑠香のために色々やれてるのか?」


 俺が言うや否や、遊星は鋭い目付きで睨んでくる。


 ……が、何か思うところがあったのか、すぐに視線を下の方へやった。


 自身を悔いるような、そんなものだ。


「……正直言って、わからない。俺、自分に自信が無いんだ。上手く瑠香のことを想ってやれてるのか、大切にしたい想いが、ちゃんと行動化できてるか、とか……」


 できてない節があるからこうなっているんだろう。


 それでも、俺は何もそれを遊星のせいだけにするつもりは無かった。


 窓の方へ視線をやり、外の景色を眺めながら切り出す。


「まあ、キツイことは言ったけど、この状況を招いてる原因すべてがお前にあるってわけじゃないと思う」


「……全部知ってんのかよ、お前は……」


「聞かされたんだ、瑠香からな」


 遊星は唇を噛んだ。


 自分だけに話して欲しい、と。そう思っているのかもしれない。


 不憫に思う。


 こいつは、確かに瑠香のことが好きだ。


 でも、その想いと行動が釣り合っていない。


 それは、好きだから故、という側面もあるのだろう。


 バッドエンドというのはこうして作られていく。


 俺の人格が伊刈虎彦のままだったら、これは確実に奴の思う壺の展開だった。


 別にこいつらに干渉するつもりなんて毛頭無かったのにな。


 心の中で苦笑しながら、俺は続けた。


「もっと想いを素直に伝えて欲しいとか、自分を見て欲しいとか、そういうのは、相手のことを想っているから出てくる感情だと思う。それが少々貰えないからって自暴自棄になって、他の男に助けを求めるとか、そんなの本末転倒なんだよ」


「……瑠香の話か?」


「そう、あいつの話。お前に言ってるわけじゃない」


 咳払いして続ける。


「バカだよな。瑠香も遊星のこと、ちゃんと好きなのに。俺の方に擦り寄ってくるのも、もしかしたらお前の気を引くためかもしれない」


「は……? そ、そうなのか……?」


「いや、かもしれない話だ。俺もあいつからそうやって直接言われたわけじゃない」


 ただ、その可能性は否定できない。


 あるかもしれないし、無いかもしれない。


「でも、そうやって好きだったかもしれないのに、昂った気持ちが悪い方向に向かって、結果離れ離れになるって、冷静に考えてバカみたいな話だと思わないか?」


「……でも、それが恋なんじゃないか、と思う。バカらしいなんて否定し始めたら、それはダメな気がする」


 思わず笑ってしまった。


 遊星の言葉を聞いて。


 奴は戸惑って、「何がおかしいんだよ?」と声を荒らげるが、俺は首を横に振って応えた。「いや、別に」と。


「お前はやっぱり真っ直ぐだな。さすがはハーレム主人公。そんなんだから変にモテるし、美少女ヒロイン様もヤキモキするんだよ」


「は、はぁ……? 主人公……? それに、美少女ヒロインって……」


 わかった、と。俺は一つ手を叩く。


「お前も反省しなきゃいけないけど、瑠香の奴も今から反省させに行こうぜ? 俺がどうにかして、お前らの仲を元通りにさせてやる」


「お前が……?」


 でも、と。遊星は首を横に振った。


 俺は伊刈虎彦じゃない。


 間男ポジだけど、今はそうじゃないのだ。


 それを理解してくれた。


「……わかった。なら、俺もお前のこと、今は信用するよ」


「さんきゅな。さすがはエロゲ主人公」


「え、エロゲ!?」


「そうだぞ? お前、俺らの世界じゃエロゲ主人公なんだ」


 えぇぇ、と肩を落とす遊星。


 それを見て俺は笑い、遊星の肩に手をやるのだった。


「勝負どころだな。俺が手伝ってやる。任せとけ」

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