第23話 助けたい

 翌日、俺は普段通り登校した。


 陽花に監禁されたい、と。そう言いはしたものの、それでも両親を心配させるわけにもいかず、学校へ行くしかなかったのだ。


「おい、伊刈。ちょっといいか?」


 いつ瑠香がやって来るのか。


 ソワソワし、半ば怯えたようにしていた俺だが、彼女よりも先に声を掛けてきたのは予想もしていなかった奴だった。


「八神……?」


 教室にて。


 自分の席に着いていた俺の傍へ遊星がやって来る。


 その瞳は、警戒心と憎しみに満ちたような、棘のあるものだ。


 でも、それでも、と。


 彼は仕方なさの溢れた表情で俺の元へ来た。


 いったいどうしたのか。


 疑問符を浮かべると、奴は続けてくる。


「話がある。大事なことだ」


「……話?」


「詳しいことはここじゃ話せない。……あと、できれば二人きりになりたい。あの子、どうにかしてくれ」


 あの子……?


 何のことかと思い、遊星が指差す先を見やった。


「……っ」


 そこには、陽花がいた。


 平静を保ってはいるが、何かただならぬ無表情でこっちをジッと見つめている義妹。


 陽花は俺に話しかけず、短い休憩時間の中でこの教室の出入り口に立って、ずっとこっちを見つめていたらしい。


 一歩間違えればそれはストーカーであり、少し怖さも覚えるが、それよりも怖い存在が俺の中にはあった。


「……瑠香……」


 俺がふと口に出すと、遊星のこめかみがピクリと動く。


 間違いない。


 話ってのは瑠香のことだ。


 俺は覚悟し、まず陽花の方へ足を運んだ。


 遊星と少し話したい。


 そう言うと、義妹は心配そうな顔をして病的なまでに詰め寄ってきたが、なんとか自分のクラスに戻るよう言い聞かせた。


「……行こうか」


 一人になって、俺は遊星を呼ぶ。


 彼はこちらへ来てくれ、やがて俺たちは並んで歩き出すのだった。






●○●○●○●






「それで、話ってのは何だ?」


 屋上へ場を移し、二人きりになったタイミングで改めて問いかける。


「瑠香のことだ」


 ドク、と心臓が跳ねる。


 九条部長が言っていたことが頭の中でフラッシュバックした。


 瑠香は死ぬつもりだと、そう俺に教えてくれている。


「……若野が……どうかしたのか?」


 刹那、俺は遊星から詰め寄られ、胸ぐらを掴まれた。


「どうかしたのか、じゃねえよ。それはこっちのセリフだ。なんで今、瑠香はあんな感じになってしまってる?」


 あんな感じというのはえらく抽象的だが、遊星が言おうとしていることはなんとなくわかった。


 死のうとしてる。


 そのための行動を瑠香がとり始めている、と。こいつはそう言いたいんだろう。


 ……けれど俺は。


「……あんな感じってのはどういう感じだよ? いきなり詰め寄ってこられてもさすがに訳わかんねえよ」


 あくまでもよくわかっていない体で返すと、遊星の手にさらに力が入った。


 ただ、「あんな感じ」という言い方だと何もわからないのは確かだ。


 推測できるだけで、そこに確信できる情報は何も無い。


「瑠香、あいつ今日学校休んでる。その原因が何なのかわからねえってのか?」


「わからん。ちゃんと説明してくれ」


 心中は穏やかじゃないが、表向き何も知らない風に装ってみせる。


 遊星は俺から手を離し、自身のポケットに入っていたスマホを取り出してから画面を見せつけてきた。


「メッセージの文面を見ろ。ここには、お前のせいで学校に行けなくなったってことが書いてある」


「……心当たりが全くない。俺はそもそも若野に何もしていない」


 刹那、遊星の目つきが一気にキツイものになる。


 俺を睨み付け、激しい口調で叫んだ。


「何もしてないだと!? ふざけてんのか!? お前が変なちょっかいばっかかけるから瑠香はこんな風になったんだろ!?」


「だから、そんなの知らない。ちょっかいかけてたのは以前までの俺だ。今はまるで違う。自分からあいつに話しかけたりもしてない」


 遊星の額に血管が浮き出る。


 烈火の如く怒号を飛ばしたいのだろうが、俺は奴に言いたいことを言わせず、淡々と冷ややかな目を向けて続けた。


「そもそも、お前も人のせいばっかしてるんじゃねえよ。八神、お前がしっかりしてないから若野は……いや、瑠香はこんなにも不安定で、俺なんかに靡きかけたりするんだ」


 重く、低い声で「は?」と、怒りのこもったように疑問符を浮かべる遊星。


 俺たちは近距離で睨み合い、互いに一歩も譲らない。


「瑠香が言ってたぞ? お前は瑠香以外の女子にも優しくして、自分だけを見てくれるわけじゃないってな。そういう面で言うと、まだ俺の方が本当に欲しい優しさをくれるんだそうだ。情けないもんだ、そんなことを言われてるんだからな、お前はよ」


 瞬間、右頬に強烈な衝撃と痛みが襲いかかる。


 凄まじい衝撃の正体は遊星からの拳で、それは俺の頬を激しく殴り飛ばしてきた。


 よろけて、口内に血液の味が広がるが、それすらも無視して俺は笑った。


「この世界に来て俺もダサいところばっかりだけどよ、お前も大概だな、ハーレム主人公。もっと一人の子を愛してやらないと、本当に欲しいものは手に入らないぜ?」


「どの口が言ってやがんだよ! お前にそんなこと言われる筋合いは無い! このクソ女好き野郎が!」


 遊星の怒号にも怯まず、俺はさらに笑った。


 こうなるとどっちもどっちだ。


 ハーレム主人公なんて、見方を変えれば俺みたいな悪役と何ら変わらない。


 一人の女の子を最初から選ばず、好き勝手にルート選択できる時点でクソッタレだ。エロゲ主人公なんて。


「笑える。そのセリフ、そっくりお前に返すぜ? 八神遊星君よ」


「お前……!」


 ギリギリと歯軋りして、血眼で俺を睨みつける遊星。


 ただ、こうして睨み合いを続けていても仕方ない。


 話をつけないといけなかった。


 大切なのは瑠香だ。


 遊星よりも、あの面倒なエロゲヒロインを自殺させないようにしなければいけない。


 だから。


「っ……!?」


 怒りのままに俺を睨む遊星の手を取り、握手する。


 奴は戸惑っているが、関係ない。


「ムカつく気持ちはわかるよ、遊星。元々俺はお前だった。このエロゲのプレイヤーであり、伊刈虎彦を憎んでいた同士だからな」


「……は?」


 訳がわからない、みたいな反応をする遊星。


 睨みの中に戸惑いが生まれ、しかし気安く触ってくるな、と。俺の手を振り払おうとする。


 しかし、俺は遊星の手を離さなかった。


 握りしめたまま続ける。


「あいにく、俺は今お前と手を組まないといけないんだ。瑠香をどうにかしないといけない」


「だからあいつのことを気安く下の名前で呼ぶな! 俺のことも急に……! 気持ち悪いんだよ!」


「気持ち悪くて結構。けど、今言った通りだ。俺は、お前も助けたい」


「何言って……!」


「お前のために、瑠香を死なせたくない」


 俺のセリフを受けて、遊星は困惑して瞳孔を小さくさせるのだった。

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