第22話 成功

 ラバポケのバッドエンドは、基本的にそのルートに入り込んでしまうと抜け出すことができない。


 というか、ほとんどのエロゲ、ギャルゲはそうなのかもしれない。


 抜け出せる一定のラインがあって、そこを踏み越えてしまうとどう足掻いても最悪を免れられない。


 それが楽しくもあり、同時に苦しくもある。


 生身の体で世界を体験していない時は、その程度の認識で良かったのだ。


 でも、今は……。


「とらくん……とらくん……大丈夫……大丈夫だよ……私がいるからね……」


 家に帰った自室内。


 そこで、俺は完全に陽花に縋っていた。


 地べたに座り込み、義妹の胸に顔を埋めるような形。


 頭を叩かれたような衝撃と絶望と迷い。


 まさか転生したこの状態で瑠香ルートのバッドエンドに遭遇するとは。


 しかも、これは確かラバポケ内でも屈指の鬱展開だったやつだ。


 遊星視点じゃないが、今回は瑠香の矢印がどうも俺に向いている。


 どうすればいいのかという思いが頭の中を駆け巡り、そのせいで思考回路がまともじゃなくなってきた。


 このまま、俺は……。


「楽になりたいよね……? あんな女に目を付けられて……苦しいよね……?」


 心の奥底にあった本音を陽花が代弁してくれる。


 そもそもの疑問だった。


 何で瑠香は遊星じゃなくて俺なのか。


 いや、その理由はあいつ自身から聞いてはいる。


 ハーレムにかまけた遊星の優しさは、自分一人にだけ集中しない。


 それが不満で、意図していない俺の優しさのようなものにあいつは狂った。


 この程度のことで? と。


 そんな思いが消えない。そもそも俺はあいつに優しさらしい優しさなんて与えてないのだ。


 おかしい。


 絶対におかしい。


「……意味が……わからない……」


 ポツリと言葉を漏らす。


 そんな俺の言葉に呼応してくれるように、陽花は頭を優しく撫でてくれた。


「うん……うん……だよね……あの人……本当におかしいと思う……とらくんは何も悪くないよ?」


 涙が出そうになる。


 陽花の言葉の一つ一つが押し潰されそうな俺の心を慰めてくれる。


 もうこのまま陽花だけに体を委ねていたい。


 そんな気持ちになってきた。


「あの人が何をしようと……どうなろうと……もう気にしなくていいんじゃないかな……? とらくんは私だけでいいんだから……」


「……でも……そうしたら俺は悪者だ……」


「誰にとっての……?」


 言われ、ふと疑問符が浮かぶ。


『誰にとっての』


 それは、簡単だった。


「俺……以外?」


 ううん、と陽花はすぐに否定した。


「とらくんと、私だよ……? 何があっても私はとらくんの味方……絶対……絶対に味方」


 ……絶対……?


 反射的に俺が漏らすと、陽花は優しい声音で「うん」と返してくれた。


「何があっても……それこそとらくんが犯罪者になっても私は味方なの」


「……陽花……」


「……どんなとらくんも肯定してあげる……どんなとらくんも……」


 ギュウ、と。


 俺を抱き締めてくれる陽花の腕に小さい力が込められる。


 それは弱いものだ。


 弱いけど、内にある想いはどうしようもないほど確かで、俺はそれに果てしない尊さを覚えた。


 ……そうだ。


 俺には陽花だけがいればいい。


 そんな簡単なことに今更気付いた。


「……陽花……?」


「何……とらくん……?」


 どうしようもない考えを言葉にする。


「俺は……もう兄として失格なのかもしれない……」


「失格なんかじゃないよ……? 何……?」


 顔を上げた。


 そこには、俺に寄り添うような優しさと真剣さを兼ね備えた陽花の眼差しがある。


 続く言葉を一瞬ためらって、それでも俺は口にした。


「……俺のこと……監禁でもなんでもして欲しい……」


 勇気を振り絞ったそれは、予想通りの陽花の反応を俺にもたらしてくれて。


 しかし、小首を傾げる義妹の表情はそれほど悪いものではない。


 俺のことを気持ち悪がるとか、そんなことは無くて、純粋に言葉の意味を問いかけてくれているような、そんなものだった。


「それは……どうして?」


 簡単だ。


 もはや迷いはない。


「怖い……から」


「……怖い?」


「若野瑠香だけじゃない……あいつと関わりのある奴らと顔を合わせるのが怖い……俺は……この世界に来て何がしたいのか……一つもわからなくなった……」


 たぶん、意味なんて最初から無かった。


 神か何かの気まぐれでこうなって、俺は使命も何も無くラバポケの世界に転生した。


 ……でも、陽花は。


 俺の義妹はそんな俺の言葉を優しく否定して。


「簡単だよ……? とらくんが何をすべきなのかは……とっても簡単……」


「……?」


 疑問符を浮かべた刹那、陽花は俺にキスしてきた。


 唐突ながら、深い、深いキス。


 それは何秒か続いて、やがて俺の唇から陽花の唇は離された。


「……陽……花……?」


 ありありと見えた義妹の表情。


 そこには、確かな愛情と、それから、


「……とらくんは……ずっと私の傍にいたらいいの……」


 ……ずっと。ずっ……と。


 瞳に艶のある光を浮かべた陽花は、うっとりした顔で俺のことをジッと見つめていた。


 まるで念願が叶ったような思いを兼ね備えて。

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