第21話 君のせいなんだからね?

 放課後になると、陽花はすぐに俺のクラスの教室までやってきた。


 特に約束なんてせず、ごく自然に俺たちは放課後を一緒に過ごす。


 俺自身もそれは受け入れていて、鬱陶しいとか嫌だとか、そんな感情は一切抱いていなかった。


「てことで、陽花も連れてきた。別に連れて来るなとは言われてないし、いいよな?」


 俺が言うと、傍にいた陽花は警戒するように腕を抱いてきて、それを見ている九条部長と史奈は二人して微笑む。


「いいよ、構わない」

「私は九条部長のご命令に従うだけだからね。全然OK」


 言って、史奈はピースサイン。


 九条部長は「しかしね」と続ける。


「今日はここで放課後を過ごすつもりはないんだ。少し場所を変えようと思っている」


「場所を……?」


 意外だった。


 一体どこへ行くと言うのか。


緑海大橋りょくみおおはしへ行こうと思ってるの。……って言っても、君には説明が必要かな?」


 史奈が問うてくるけど、俺は「いや」と首を横に振る。


「知ってるよ。瑠香ルートで若野が八神へ告白しようとした場所だ」


 結局、そこでの告白は実らなかったが。


 しかも、なんならあの場所は瑠香にとって不吉なところでもある。


「知ってるんなら話は早いね。さすがだよ」


 手をパンと叩いて言う史奈だが、その「さすが」というのは一体どういう意味なのか、と問いかけそうになってやめた。


 面倒な問答は避けたい。


 早いところ要件だけ済ませて、陽花との時間を過ごしたかった。


「俊介君、安心してくれ。心配しなくても義妹さんとの時間はそこまで取らない。橋へ行って少し話をするだけだからね」


 九条部長に言われ、俺はまず呼び方について突っ込もうとするも、それもグッと堪えた。


 もうここにいる皆が知っている。俺の本当の名前なんて。


「……話をするだけなのに、なんでそんな橋まで行く必要があるんだよ? あれ、結構デカい橋だろ?」


 問うと、九条部長は椅子から立ち上がって答えてくれた。


「デカいね。そりゃあ本当にデカい橋なんかと比べたらアリみたいなものだが」


「でも、長さで言ったら三百メートルくらいある。そんなところに何で連れて行こうとしてるのか全然わからない」


 九条部長のセリフに対し、少し不満げな感じで陽花が返す。


 確かに歩道はしっかり確保されているが、橋上は風も強いし、わざわざそんなところへ行く必要も無い気がした。


「まあいいよ。他愛のない話は移動しながらでもできる。バスを使おうと思ってるから、遅くなり過ぎると便も無くなるしね」


 言って、九条部長は部室の出入り口へ歩を動かし、俺たちの移動も促してきた。


「……ほんと、一体何が目的なんだよ?」


 ポツリと俺が呟くと、九条部長は丁寧に返してくれる。


 言うならば、停滞しているストーリーを強引に動かしてやろうと思って、と。


 意味深な言葉を使って。






●○●○●○●






 九条部長の言った通り、俺たちは橋の方までバスを使って移動した。


 距離として言えば三キロくらいのものだから、自転車があれば全然余裕で行ける範囲ではある。


 が、俺と陽花は徒歩だし、自転車通学しているのは九条部長だけだったから、結局皆でバスを使ったというわけだ。


「ふぅ。やっぱりここは海もすぐ傍だし、風が強いね」


 橋の元に着くや否や、九条部長は伸びをする。


「この町で生まれ育ってますけど、何だかんだあんまり来ないですもんね。津守漁村に用なんて無いし」


 津守漁村。


 それは、この緑海大橋を渡った先にある島の奥地にある小さな村の名前だ。


 昔、古式捕鯨なんかで栄えてて、捕鯨文化自体が終わった今でも漁師の人たちが生活している。


 ラバポケでも軽い説明があった。


 確か、瑠香の祖父母が住んでたはずだ。


「そう考えると私たちの住んでる場所は田舎だな。都会だとこうはいかないだろう。なぁ?」


 言いながら、九条部長が俺に目配せしてくる。


 俺も別にそこまで都会生まれってわけじゃない。


 まあ、さすがにここよりかは全然都会だったが。


「どうでもいい前置きは短めにして、早いところ何のつもりでここに来たか教えてくれませんかね? さっきから気になってるんですけど、理由」


 警戒心を隠さずに俺が切り出すと、九条部長と史奈はお互いに目を合わせて「やれやれ」という仕草をした。


 それはこっちのセリフだ。


 こんな場所にまで連れて来られて何を教えてくれるのか。気になって仕方がない。


「俊介君。君に問おう」


「……?」


 えらく改まった九条部長の口調。


 俺は小首を傾げた。


「バッドエンド。ラバーポケットで幾つ見たことがある?」


「……は?」


 彼女は微笑交じりに補足してくる。


「誰のルートでも構わない。ここにいる史奈のものでもいい。君は、どれだけ史奈をゲーム上で不幸にさせた?」


「……俺が、というより八神が、だろ」


 くだらない屁理屈だ。


 自分でもそれをわかったうえで言った。


 横にいた陽花もジッと俺の方を見つめてくる。


「佐伯さんのルートはそこまで踏んでないから全部は知らないけど……二つくらいなら」


「罪な男だね。二回も史奈を不幸にさせたのか」


 九条部長が驚くようなわざとらしい仕草をし、史奈も冗談っぽく「えー!」と声を上げる。


 異常な会話だと思った。


 どこの世界線でこんなやり取りが成り立つのだ。


 俺は異世界転生者だぞ。もっと驚けよ。別の意味で。


「となると、若野さんではさらに多くのバッドエンドを見たということでいいのかな?」


「……まあ」


 四つくらい知ってる。瑠香のバッドエンド。


「可哀想な若野さんだよ。人気が故に、こうして悪い未来も多く作られている。泣いていいね、あの子は」


 どうも話が前に進まない。


 俺は何が言いたいのか、と部長に詰め寄った。


 彼女は変わらない態度で続ける。


「その中の一つで、若野さんが死ぬルートを知っているね?」


「……っ」


 知ってる。


 場所も場所だから、その分心臓が跳ねた。


 少しだけうつむくと、陽花が俺の名前を静かに呼んできた。


 とらくん、と。


 俺は切り返す。


「……この場所だよ。遊星に裏切られた瑠香が飛び降りたのは」


「だね。この場所で若野さんは飛び降りた。それも、事前に主人公へメッセージを残してね」




『振り向いてくれないなら、バイバイだね』




 俺は目を見開いた。


 九条部長の出したスマホ。


 そこに瑠香から届けられた自死を示唆するメッセージが送られているのを見て。


「それも、驚くのはこれだけじゃない。彼女はこう続けている」


「……?」


 体が震え出す。


 嫌な予感がした。


「伊刈君に付き纏うなって言われたから私は死にます。死んだら、もう一生付き纏わないで済みますから。全部、全部伊刈君のせいなんです」


 ……え。


「遊星には、もう構わないでって言いました。ショックを受けてたみたいだけど、私はもっと傷付いてるから。悪いのは伊刈君です。今でも、すごくすごく好きです。好きだから、苦しくて、死んじゃえる。伊刈君が優しくしてくれたから、私は死んでもいいなって思えたんです」


 ……は……。


「三日後、緑海大橋で飛び降ります。伊刈君に言おうかな。どうしようかな。悩んでます。彼、優しくなったから(笑)」


 寒気が走った。


 呼吸が苦しい。


 意味がわからなかった。


「ふ、ふざけないでよ! 何それ!? 何なの!? 何でそんなことがとらくんのせいになるの!? おかしいじゃん!」


 陽花が激昂してくれるけど、俺はその場でズルズルと膝をついた。


 九条部長は不敵な笑みを浮かべながら言葉を投げてくる。


「三日後だと。君はどうする? 主人公ではないはずだが、このままでは若野さん、死んでしまうよ?」


 どうするも何もなかった。


 どうしようもない。


 頭の中が真っ白になった。

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