第20話 この世界の謎

 俺がラバポケのゲーム内に転生してきた意味。


 それは一体なんなのだろう、と。以前より増して最近強く考える。


 シナリオの展開やストーリーに対して特段不満を抱いていたわけでもないし、この世界にそこまで傾倒していたわけでもない。


 ましてや、俺は悪役である伊刈虎彦として生まれ変わったのだ。


 シナリオ通りやることと言えば、主人公である八神遊星の邪魔……いわゆるNTRなのだろうが、それもしようとは思わない。


 大人しく、ただ静かに暮らせたらそれでいい。


 たまたま傍にいた女の子、義妹である伊刈陽花と健全で安全な恋をすればいい。


 正木俊介としては、それで上等だ。


 それ以上なんて望む必要が無いし、求め過ぎは破滅をもたらす。




「それは、まさに誰かさんみたいだね」




 呆然と思考していた俺の横で、ポツリと佐伯史奈が呟いた。


「っ……!?」


 驚く。


 教室の中、自分の席につきながら窓の方を眺めていると、突然傍から声を掛けられたのだ。


 しかも、まるで俺の思考を丸々読むように、会話を繋げるようにして。


「ははっ。相変わらず面白い反応するね。傑作」


 史奈はクスッと笑みながら、自然な流れで空いていた横の席に座った。


 そこは大人しめな男子、山田君の席だ。何でそう勝手に腰掛けられるのか。


「君は『どうしてこいつ人の考えてたことを読めるのか』みたいに考えてそうだけど、案外簡単なんだよ? こうやって伊刈君の思考を読むの」


「……将来はエスパーとしてインフルエンサーか何かになった方がいい。大層儲けられる、お前ならな」


 俺が皮肉交じりに言うと、史奈は足をパタパタ動かしながら笑顔で返してきた。


「いやいや、それは無理だよ。だって、皆が皆君みたいにブツブツ独り言言ってるわけじゃないからね」


「……え」


「あはははっ! やっぱり気付いてないんだねー! 面白過ぎるよ、伊刈君ほんと! ふふふふっ!」


 ……いくらなんでも笑い過ぎだ。


 でも、言われるまで気付かなかった。


 俺、ブツブツ独り言言ってたのか。


「……忘れてくれ。そんで、今後は気を付けるから」


 口を軽く抑えながら、恥ずかしさも押し殺しつつ言うと、史奈はさらにケラケラ笑った。


 大爆笑だ。


 今が昼休みでよかった。


 周りも騒がしいから、史奈の笑い声もそこまで目立たない。


「はーっ……! 面白っ! やっぱり伊刈君最高だねぇ。ちょっと前まではこんなに面白い人だとは思わなかったよなー、ほんと」


「っ……」


 返す言葉もない。


 周りにクラスメイトがいるから尚更。


「こりゃ瑠香が本気になるのもわかるなー。刺々しさ全然無くなったねー」


 机に突っ伏し、顔だけ横に向けて俺の方を見つめてくる史奈。


 彼女の言葉を聞き、俺は居ても立っても居られなくなる。


「……そういうのが迷惑なんだよ。俺からすれば」


「……えー?」


 曖昧に疑問符を浮かべる史奈。


 俺は体の正面を彼女の方へ向け、真剣に続ける。


「俺には陽花、義妹だけでいいんだ。なのに、お前らがそんなこと言い出すから俺は……!」


「変にモテ始めちゃったーって?」


 言いたいけど、簡単に口に出せない。


 言おうとしていたセリフを的確に史奈に続けられて、俺は一瞬固まった。


「んー……。自惚れのようなセリフでもあるし、今の君の場合だと、そんなこともない事実のようなセリフだねぇ。憎い男だー」


 うるさい。


 糾弾したい思いを抑えつつ、静かに言葉を呑んだ。


「でも、君は色々甘いよ」


「……は?」


 若干史奈の表情が真剣なものになる。


 本当に若干ではあるが。


「その立場にいて何も無く、大人しく過ごそうだなんて虫が良過ぎると思う」


「……俺の全部を知ってるみたいな言い方だな」


 史奈はクスッと笑んだ。


「逆にここまできて知らないわけないじゃん? 私は九条部長と同じ占い部員なんだから」


「騒いだり、珍しがったりしない。お前ら、どういう感覚してるんだ? 普段から生まれ変わりとか、全員ナチュラルにそういうの信じるのか?」


「信じないよ。信じるわけないじゃん。そんな想定外な非現実」


 ……?


 会話のキャッチボールが成立していないような気がする。


 非現実を信じないのなら、俺が別の世界から転生してきたという事実も非現実で、信じないのではないのか。


「……ふふっ。なんかこうしていると意地悪してるみたいだよ。私たちが揃いも揃って」


「……どういことだよ?」


 怪訝な思いで眉を顰めると、史奈はからかうように「どういうことでしょう?」と話を有耶無耶にする。


 ちゃんと答えろ。


 俺が語気を静かに強めて言うと、彼女は自分の口元に人差し指を当て、


「自分で探すべきだよ? 世界の謎は、君が解けるかどうかにかかってる」


「……意味がわかんねぇ。やっぱり何かあるのか?」


「さぁ? けどまあ、ヒントはあるよね? 君を見た私たちの反応とか、九条部長の発言とか聞いてさ」


「……それを解き明かして、先はどうなる?」


「そんなの私はわかんないよ。わかんないけど……」


 史奈は椅子から立ち上がった。


 立ち上がって、俺の方を見つめながら言う。


「君がハッキリさせたいこと、そのすべてはまあわかるんじゃないかな?」


 たとえば、葵さんのこととか。


 この世界から出られるかどうかとか。


 史奈は言って、手をヒラヒラさせながら踵を返す。


 話はまだ終わってない。


 俺がそう言いかけると、彼女は「そうだ」と何か思い出したかのようにして立ち止まり、


「放課後、どうせ義妹ちゃんと一緒に過ごすんだろうけど、どうせだったらまた占い部の部室に来なよ? 面白いこと教えてあげるから」


 そう言って、史奈は去って行くのだった。

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