第27話 窓を叩き割る。
人は、自分が安全な場所から攻撃できると知ると、徹底的になれると思う。
では、その『安全な場所』が崩壊した時、どうなるか。
それは、もはや言うまでもないことだ。
『君たちは……いったい何を言ってるのかなぁ!?』
徐々に上がっていく声のボルテージ。
それは、インターフォン越しではあるものの、かなりドスが効いていて、おおよそ瑠香から出た声だとは思えなかった。
「遊星先輩、これがこの人の本性みたいですけど、あなたはまだ瑠香先輩に執着するつもりですか?」
陽花はびっくりするくらい冷静だった。
冷や汗を浮かべる俺と遊星だが、陽花だけが淡々としている。
「……俺は……」
答えあぐね、視線を下にやる遊星。
俺は、そんな遊星の肩に手を置いた。
「お前の意思を大事にしろ。俺も、陽花も、あくまでもただのモブだ。お前がこの世界の主人公なんだから、自分の気持ちに従って行動すればいい」
結末にまで干渉するつもりはない。
もちろん、遊星は自分の分身みたいなところがあるし、叶うなら幸せにしてやりたいところではあるのだが。
元々、この世界に来て、俺はキャラクターたちのやり取りにそこまで介入しないつもりだった。
伊刈虎彦の義妹。
陽花とイチャラブできたらそれでいい。
そういうスタンスだったのだ。
だから、あくまでも遊星の意思を尊重する。
「……待ってくれ。やっぱ、待ってくれよ……」
答えを出すのに苦しそうにする遊星だが、瑠香は違った。
荒らげた声を抑えることなく、遊星に対して語りかける。
『ねえ、遊星!? 何あなたまでこの二人に毒されてるの!? 私のこと、守ってくれるって言ったよね!? クソ間男から絶対に守るって、そう言ってくれたよね!?』
言葉遣いがひどい。
そこに、冷静だったはずの瑠香はもういなかった。
絞り出すように、遊星は応える。
「こいつは……もう前までのクソ間男じゃねえよ……変わったんだ……」
『変わっても、間男は間男だよ!? 今だって、結局私たちの仲を壊そうとしてるじゃん!』
「それはお前が変になっちまったからだよ! 訳わかんないことになっちまったからだ!」
遊星が叫んだ。
心の内を曝け出すかのように。
「そりゃ、俺だって至らないところはある! 瑠香のことは好きだけど、元々仲が良かった史奈とか、皐月だって蔑ろにはできないんだよ! 今までと変わらないように接してやりたい! 優しくだってありたい! それは、お前っていう大切な存在があったとしてもだ!」
『そんなの知らない! 私と付き合ったら、恋人同士になったら、私を最優先にするのが普通じゃん! それすらも求めちゃいけないの!? 求めるなって言いたいの!? ふざけないでよ!』
だったら、恋人になんてならない方がマシだ。
そう、瑠香は言いきる。
遊星は唇を噛み、インターフォンの機械に前のめりになる。
「そんなこと言ってねえよ! 俺はお前を最優先にする! 最優先にしながら、史奈や皐月を大切にしたいって言ってるんだって! 何でそれをわかってくれないんだよ!? 皆との繋がりすら断ち切らないといけないなんて、そんなの悲し過ぎるだろうが!?」
近所迷惑なのはわかりきっている。
夕方時だが、さすがに遊星も叫び過ぎだった。
俺は、間に入るようにしてインターフォンの機械へ声を送った。
「瑠香、逆に俺は聞きたい。答えてくれ」
『今、あなたには何も言ってない。首挟んでこないで』
そうは行くか。
無視して続ける。
「お前は、史奈とか、皐月との関係を続けていきたいとは思ってないのか?」
もはや名字呼びですらない。
正木俊介だと知られているのだ。下の名前で彼女たちのことを指した。
「あいつらはお前のこと、たぶんまだ友達だと認識してると思うぞ?」
『うるさい! あなたは関係ないって言ってるでしょ!? 黙ってろって言ってるの!』
「ひどい言い方だな。俺に向けてくれてた好意みたいなものは、嘘偽りだったのかよ」
ふふ、と笑って、皮肉っぽく言ってやる。
瑠香に本当の好意を向けられているとは思ってなかった。
知ってる。俺は、ただの当て馬だ。
「まあいい。とにかく、遊星。お前は、お前の意思を尊重しろ。それだけだ」
言うと、奴は確かな思いをもってして、強く頷いた。
そろそろインターフォン越しの会話も飽きた頃だろう。
遊星は、瑠香に頼み込む。
「瑠香、部屋に入れてくれ。ゆっくり話そう。何ならこの問題、二人で解決しよう」
これはあくまでも俺たちのことだから、と。
遊星は言いきる。
だが、瑠香は自暴自棄になったような笑みの含まれた声音で、
『ヤダ』
と一言。
それから続けた。
『話は簡単だもん。私のことを一番に考えて、それ以外を捨て去る。これに対して遊星からイエスの答えが無い限り、私はあなたを部屋に入れるつもりなんてない』
一貫してる。
こいつのどうしようもない頑なな意思は、岩よりも固そうだ。
「瑠香……だからそれは……!」
『それが聞けないのなら、私は今ここで死ぬね? 遊星が悪いんだよ? 私のことを一番に考えてくれないから。全部遊星が悪いの」
悪役みたいに笑う瑠香に対して、黙り込んでいた陽花がボソッと呟く。
「そもそもまだ付き合ってもないくせに」と。
ただ、瑠香はそれに対して何も答えない。
遊星も、ただ陽花の方を見やるだけで、応えなかった。
「……なら、瑠香……お前を一番に考えるって言ったら……全部許してくれるのか?」
観念したように遊星が呟く。
瑠香は『ううん』と返してきた。
『もっと、念願叶ったみたいに、必死に私へ縋り付くようにして言ってくれたら、全部許してあげる』
……は?
『部屋の中にも入れてあげる。そこでいっぱい話も聞いてあげる。遊星は私だけ見てればいいの。私だけ』
自分の中で、何かが切れた気がした。
呆れを隠すことなく、深々と、インターフォン越しにも聞こえるほどわざとらしくため息をついてみせる俺。
「……キレた。もう関係ねーや」
ついて来てくれ、と。
陽花と遊星に言う。
俺は、全てを壊すつもりで、ズカズカと瑠香の家の庭に入り、ちょうど置いてあった鉄製の棒で思い切りガラス窓を叩き割ってやった。
「と、とら君!? 何やって……!?」
動揺する陽花と遊星だが、関係ない。
俺は二人に対して再び言った。
ついてこい、と。
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