誕生日に最高の一日を——
五來 小真
誕生日に最高の一日を——
「——今日一日、あなたのナイトとなりましょう」
そう言って、男は女に少し震える手でバラを一輪渡した。
「まあ、頼もしい。どこに連れて行ってくれるの?」
女は震える手に気付いていながら、気付かないふりをして微笑んだ。
男が連れて行ったのは、女が行きたかったテーマパークだった。
テーマパークにつくなり、女の目は輝きに溢れた。
「ああ、カメラ、カメラ——! ええ? あっちも——」
女は会いたかったマスコットキャラが同時に複数現れたことに取り乱した。
男はその様子に目を細めた。
「君はあっちで写真を撮ってくると良い。僕はこっちを抑えておく」
ちゃんと抑えられるかどうか……。
男は言いながらも、不安を抱えて行動に移った。
「これ、おいしい。今までの中でも一番ね——!」
その言葉通り、女は奢られた昼食に最高の笑顔を見せた。
男は予想通りの反応を得られて、肩の荷が降りた。
事前に食べ比べたものの、女の趣味に合うかどうかはわからなかったのだ。
夕方になる頃には、テーマパークですっかり遊び尽くしていた。
女の手には、おみやげとなるテーマパークのグッズがあった。
グッズの値札を見た時、男は表情が変わらぬよう取り繕う必要があった。
「少し早いけど、ディナーと洒落込もうか」
「ええ、喜んで」
「これ、お昼とは違った良さがある——! 甲乙つけがたいわね」
ディナーも女を満足させるに十分なものだった。
「満足頂けたようで」
男は一日を振り返り、彼女の笑顔ばかりが思い浮かんだ。
しかし同時に、マスコットキャラが抑えられなかった可能性や、食事が彼女の趣味に合わない可能性にも思い至った。
体が重くなりだしているし、ここらで解散するのが良いだろう。
男はそう考えた。
「ところで——」
女がもじもじしだした。
男は女が何を言おうとしているのか、ピンときた。
お礼の言葉には、どう返したものだろうか?
「今日、私の誕生日なんだ。この近くに狙ってた宝石店があってね——」
「……ああ、そうなんだ」
そう言いながら、男の心は女からカード残高に移っていた。
彼女の笑顔を守り切るだけの力は残っているのか?
いざという時は、カードのもう一つの力を使う必要があるだろう。
最初にはっきり『誕生日としての一日を贈る』と言っていたなら……。
今更ながら、そんな考えが浮かんだ。
<了>
誕生日に最高の一日を—— 五來 小真 @doug-bobson
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