虫蟲B部門参考作品『人柱』
大学が夏休みに入る前、研究室の整理を手伝っていると古い資料が積まれた棚から「人柱」というラベルの貼られた古い8ミリフィルムが見つかった。民俗学専攻の教授は「前に在籍していた人のものかもしれない」というので、さっそくゼミの皆を集めて上映会が始まった。映像は古く画質も悪かったが、カラーで撮影されたそれは様々な物を鮮明に収めていた。
***
『人柱』
※テロップ
■■■鉱山は数百年の長きにわたって繁栄を遂げました。その裏には■■■鉱山を開発した■■■一族を中心とした神事が存在することがわかり、この度学術調査ということで幻の神事を映像に収めることに成功しました。どうぞご覧ください。
『神事前のインタビュー』
※テロップ
数人の神事関係者に話を聞きました。
≪インタビュー映像≫
――確かに私たちはオヤマに生け贄をくれてやってますが、それがないと生きていけないんですよ。オヤマは生け贄をもらって、私たちは安全に仕事ができる。それの何がいけないっていうんですか?
※テロップ
彼らは■■■鉱山をオヤマと呼び、御神体のように崇めています。
――オヤマの一部となってオヤマに奉仕できるんだ。それの何が悪いことがあるってんだ。俺だってオヤマになれるってならなんぼでも埋められて構わんわ。
『生け贄の部屋』
≪映像内容≫
とある土蔵の全体映像。その後土蔵の持ち主の手招きによりカメラが中に入ると、土蔵の中に地下へ続く階段がある。階段を降りると、その先に古い扉がある。扉の中に入ると座敷牢があり、中に十四、五の少女が幽閉されている。髪は整えられることなく長いまま、服は幼い子供用の垢じみた着物を着ている。土蔵の持ち主が牢の中に投げ入れた握り飯を食らい、ニタニタと笑っている様子が撮影されている。
※テロップ
土蔵の持ち主の証言
――オヤマに捧げるものだから、死なねえようにするだけだ。このガキのカカアは下働きの分際で■■■興業の跡継ぎが出来たなんて触れ回ったから、ここでこのガキを生んで、前回の生け贄になってもらった。そんでちょうどいいから、ここで次の生け贄までこれを生かしておくことになった。もうすぐ世話しなくてよくなるから楽になる。
――生け贄になるのはとても光栄なことだ。俺たちは山の仕事があるからそっちにはいけない。オヤマになるために神の酒を飲んで、神に近づいていくんだ。痛くはねえはずだ。神の酒は飲んだら最後、オヤマに入るしかなくなるんだから。
映像の最後には「こんなもん撮ってどうする」という土蔵の持ち主の声が記録されていた。
『実際の神事の映像』
※テロップ
第一鉱はオヤマの採掘の際に神を見た神聖な場所とされている。
≪映像内容≫
第一鉱と呼ばれる穴の前に備え付けられている祭壇に、注連縄が張り巡らされ酒や供物が並んでいる。時刻は夜で、掘削用と思われる照明が祭壇に設置されている。やがて神主と祭の出席者が祭壇の前に集合し、出席者全員で祝詞が読み上げられる。その間に祭壇の中央に棺のような木製の箱が置かれ、数人に手を引かれて生け贄が登場する。
生け贄は土蔵の地下に監禁されていた少女で、死に装束を纏い狂ったように笑っている。少女は棺の前で供えられている酒を与えられ、棺に安置された。少女のくぐもった笑い声だけが祭場に響く。
――オヤマに
神主の声を合図に、第一鉱の奥から数十匹の巨大な
百足は棺の中へ一直線に入り、少女の身体に群がった。少女の笑い声が一層高くなり、そして棺がガタガタと揺れ始める。百足が少女の身体を食い破り始めた。だらしなく空いた口から、しどけなく開かれた瞼の隙間から、鼻の穴から尻の穴から、百足は少女の身体に潜り、その身体を食らっていく。
そのおぞましい光景の中で、少女はひたすら笑い続けていた。「神の酒」の効果なのか、少女は百足の毒すら快楽物質としているのか恍惚とした様であった。まるで激しい性交をしているような少女の声が祭場にしばらく響き、やがて途切れた。
カメラは一度棺の中を覗き込む。驚くべきことに、少女はまだ生きていた。百足を口や目から生やしてもなお、少女はうっすら笑みを浮かべていた。
――これからオヤマに入る。オヤマとひとつになるときは、もっと幸福な気分になるそうだ。どいてくれ。
神主の合図で神事の出席者が祭壇に上がり、棺に蓋をする。それから棺は出席者たちの手によって第一鉱の奥へ運ばれ、穴の奥にある祭壇に安置された。そこで再度神主の祝詞が読み上げられ、その後出席者たちは第一鉱を後にする。全員が外へ出て、第一鉱の入り口は厳重に閉ざされた。
――ありがとうございました。今回の神事も無事に終わりました。今ひとたびの
神主の言葉で、神事は終了した。映像はそこで途切れている。
***
この8ミリフィルムを見て、生け贄や百足が怖かったことも事実であったが、僕らが震えあがったのは■■■鉱山などというものを誰も知らないということだった。存在しない地域の存在しない会社、存在しない神事の様子を見せられて教授も首を捻りながら、「民族資料に見せかけたタチの悪いイタズラ」と断言した。そしてフィルムの主を探して返却すると言い出し、その日はそれでお開きとなった。
後日、教授が事故で瀕死の重傷を負い、しばらく復帰が難しいということで僕らのゼミは解体されてそれぞれ他の教授の世話になることになった。僕らはあの「人柱」の8ミリフィルムの行方を探ったが、事故で記憶が混乱した教授を含め誰も行方を知らないという。その後教授が亡くなり、ついにあの8ミリを再度発見することはできなかった。
〈了〉
虫ムシ小説シンフォニー参考作品 秋犬 @Anoni
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます